ことばあつめ

「それじゃ、行ってくる。しばらく戻らない。探さないで」


 あたしの本体であるミカさんがにこっと──いやニンマリと言ったほうが正しいかもしれない──笑って、眠りについた。



 それを見届けてからあたし、旅に出た。


 旅の目的は、ことばさがし。


 


 なにやら本体のミカさんは「短歌」をつくってみるのだと言って、指をおりおりしていた。



 それから、あたしにむかってこう言った。



 ──ねえ、こういう短歌つくりたいの。





『一緒にお風呂に入ります。あなたの53の誕生日に、私』(野寺夕子さん)


『銀杏を食べて鼻血が出ましたか ああ出たわと智恵子さんは言う』(野寺夕子さん)



「えっ、無理じゃない?」あたしは言ったの。


 ──無理かなぁ。やってみたいなぁ。探しにいってほしいなぁ。


「上目遣いにしたって、ダメ。あたし、無理だと思う。だってさ、キミはいつも長々と言葉を書くのが好きじゃん」


 ──そーだけどさぁ。


「少ない言葉で表現するって言葉のセンスがいると思う。キミにはないじゃん。他の作家さんを見てみ! センスの塊!」


 ──あうあうあう。


「一万二千字でおさめなきゃいけないのに、一万字オーバーして泣いていたの誰?」



 ──ワシじゃあ……。



 あたしは、ため息を吐く。出来ないことをすぐノリとテンションでなんとかしようとする、この本体の軽々しさ。

 


「で、鼻血を探してくればいいわけ?」


 ──行ってくれるの?


「あたしもキミの一部だからね、考えてることはわかるよ」


 それに、とあたしはそっぽを向く。

 だって、なんだか悔しいじゃない。



「それに、短編とか短歌をやっておくって大事だと思うし……」






 そんなわけで、あたしはことばさがしに出た。

 結局、ノリとテンションで甘甘なあたしたちなのは、変えられない。




「けど、なにを探せばいいんだろう」



 あたしは周りを見渡す。

 月が見えていた。



「月、なんてみんな詠んでいるか……」



 いや、待てよ。


 あたしは目を凝らす。



 月の周りにたくさんの言葉が見えた気がした。



 何年も、何百年も、いや何千年も昔から。

 日本人が詠んできたことば。



 一つじゃない。

 同じ言葉でも、たくさんある。

 あるんだ。




 あたしは手を伸ばして、本体が好きそうなことばをポイポイ手に取る。




 あの子にきちんとした短歌が作れると思わない。でも、きっとこのことば集めは無駄じゃない。




 それは創作だけじゃなくて、世界をみる視点が、広がるんじゃないかな。







「そうしたら、少しはあたしたち。生きやすくなるのかしら」

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