星座の小瓶をあけて
「ハウルゥー! 起きなさい!」
ミカさんは、大きな声に目を覚ました。
目の前には、白髪のおじいさんがいた。アニメに出てくるような、博士みたいな格好をしている。
「ハウルゥー! もう夜だ! 急いで」
──はうるぅー?
──博士みたいな人はそう言うけれど、私の名前は……。
──あれ?
上半身を起こして、考える。
──私の名前はなんだっけ?
「ハウルゥー!」
再び急かされて、飛び起きる。
──そうだ、ハウルゥーだ。私の名前はハウルゥー。どうして忘れていたのだろう。
「博士。レイ博士! 待って!」
ハウルゥーは、ひたひたと冷たい床の上を走ってレイ博士を追いかける。
筒状の廊下から、外の世界が見えた。
「大変、もう夜だ」
外の世界は、夜に傾いていた。微かに太陽がまだ残っている。それを横目に見て、ハウルゥーはヒヤヒヤした気持ちになる。
「早くしないと、世界が真っ暗になっちゃう」
楕円形にぽっかりくり抜かれた壁の穴を通ると、そこはレイ博士の研究室。
中央には長い望遠鏡。壁には本やガラス瓶がきちんと整理されて並んでいる。ドーム型の天井は、つるりとした宇宙水晶で覆われており、レイ博士が天体観測するのに役立っている。
「ハウルゥー、今日は満月だ。星たちは後でかまわないから、先に月を出そう」
「わかりましたー」
ハウルゥーはうなずくとすぐに、月の部屋へ飛び込んだ。
「お月様、お月様。今日はとびっきり綺麗にしていきましょうね」
ハウルゥーはまだ眠っている、お月様の布団をはぐと、その体を水で浸した布でふいてやる。
「天の川の水ですから、お肌がキラキラ輝きますよ」
みるみるうちに白い肌が、ほんのり黄色くなってくる。ハウルゥーは最後の仕上げにと、乙女座にもらったパウダーをポンポンポンとはたいてやった。
「お月様、いってらっしゃい」
外へ向かう大きなカーテンをひいて、ハウルゥーは手を振る。お月様は夜空の海をゆうゆうと泳いでいった。
真っ暗な世界にお月様の光が満ちていく。
太陽の光よりか弱いのに、お月様は夜の世界で神々しく力強い。
「うん、美しい」
いつの間にか隣にいたレイ博士が大きくうなずいた。
「さあ、次は星たちの番だ。ハウルゥー、星座の小瓶をあけて」
「わかりました!」
「今日は春の星座だぞ」
「わかってまーす」
ハウルゥーは軽いステップを踏みながら、四季の星座が保管されている棚までやって来た。レイ博士にお月様を褒められたことがうれしかったのだ。
「ええっと、春の星座の小瓶は……」
棚に並んだ四つの小瓶をじっとりとハウルゥーは見定める。
小瓶の中をよく見て、どの季節の星座が入っているか慎重に確認する。
小瓶の中には、小さな宇宙。
星たちが浮かんでは消え、こちらに寄ってきては引いてを繰り返している。
「ハウルゥー」
「わっ!」
レイ博士の声に驚いて、ハウルゥーは棚にぶつかった。その拍子に、小瓶同士がぶつかり合って、ダンスを踊るようにクルクル回転する。そして、コロコロと転がって、床に落っこちた。
「大変!」
鋭い音と共に小瓶が割れて、星たちが飛び出した。
「春夏秋冬の瓶、全て割ってしまった!」
ハウルゥーの顔が青ざめていく。
悪戯好きな星たちは、ハウルゥーの制止を無視して、外へと飛び出していってしまった。
「どうしよう!」
お月様の周りで、四季折々の星座たちがやりたい放題に瞬き始めた。全ての季節がごちゃ混ぜになった夜空はピカピカの宝石が散りばめられたよう。
おまけに星たちがかけっこを始めるので、世界のあちこちで流れ星がとおる大騒ぎ。
「ああ、どうしたらいいんだ!」
両手を髪の毛に差し込んで、ハウルゥーは悲鳴をあげた。
「わっはっはっは」
太くておおらかな笑い声が聞こえてきた。
レイ博士だ。
「いいじゃないか!」
レイ博士はハウルゥーの肩をぽんと叩いた。
「たまには、こんな夜もあっていい!」
ハウルゥーは目を見開いた。それから、もう一度夜の世界を見た。
お月様は相変わらず美しく、星座たちはその周りでやんや、やんやの宴会騒ぎ。レイ博士とハウルゥーの目の前をやんちゃな星が駆け抜けていった。
「綺麗です」
「ああ、夢みたいだ」
「……夢?」
「そう、夢だよ」
──これは、夢!!
ミカさんは、目を覚ました。
遮光カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
隣からはユウくんの、小さな寝息が聞こえてくる。
──ハウルゥー。
忘れていく。
スルスルと夢は波がひいていくうに、消えていこうとしている。
ミカさんは慌てて、メモをとった。
『銀河ラボのレイ』
『星座の小瓶をあけて』
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『銀河ラボのレイ』
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