パルパル

「パルパルどこー?」

 ミカさんは焦った。

「パルパルー!!」

 ──なぜ。なぜ、今パルパルなの?





「ぼくのこと、チュウって呼んでいいよ」


 保育園から帰宅したユウくんは、そう言った。


「チュウ? ねずみ?」


 ミカさんが尋ねると、ユウくんはうれしそうにする。


「うん。ぼくね、かやネズミになりたいの」


 かやネズミとは、昨日テレビで特集されていたとても小さくて可愛らしいネズミのことだ。


 ユウくんはそれになりたいという。


「わかった。チュウくん、ママにも名前つけてよ」

「うーん。パルパル」

「パル……? なに?」

「パルパルだよ」


 まるで少し前のアイドルみたいな名前だ。いったいどこからパルパルという名前がついたのか、ミカさんは不思議に思いながらも、まあいいかと思った。



 それから数ヶ月が経った。

 相変わらず気まぐれのユウくんは「ガラガラへびになりたい」とか「白血球になりたい」とか言う。

 ほとんどが、図鑑やアニメの影響だ。


 けれども「パルパル」はどこの図鑑にもアニメにも載っていないし、あれからユウは「パルパル」と一度も呼んでくれない。


 きっと忘れてしまったのだとミカさんは思った。


「ねえ、ユウくん」


 話しかけて返事がないので、ミカさんは慌てて振り返った。


 いない。


 買い物途中に、ユウくんがいなくなることなど今までなかった。いつもカゴの横にぴったりくっついている子なのに。


「ユウ!」


 ミカさんは呼んだ。小さな町の小さなスーパー。すぐに見つけられると思ったが、どこにも見当たらない。


 ──もしかして、外に?


 ミカさんの顔から血の気が引いた時。



「パルパルー! パルパルどこー!?」



 ユウくんの大きな声が響き渡った。

 場所からして、レジ前だ。


「パルパルー!」


 ユウくんは必死に叫んでいる。

 大人たちのざわつく声もする。


 ──なぜ? なぜ、今パルパルなの!?




 ミカさんの脳内では、小さなミカさんたちが緊急会議を開いていた。


「諸君、事件だ」

「ああ、とんでもない」

「そんなことより、早くユウくんのところへ行くべきよ」

「君はわかっていないな」

「どういうこと?」

「レジ前には、店員さんだけじゃなく、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、色んな人がいる!」

「そんなところで、パルパルだぞ」

「なぜ、ママと呼ばないのだ」

「このまま『ここよ〜』とひょっこり現れてみろ、周りの大人たちはどう思う?」

「『あらやだこの人、自分の子どもに変な名前で呼ばせているわ』ってきっとそう思われるだろう?」

「だからって迎えに行かないわけにはいかないわ」

「通路の端っこから、ユウを呼ぶのはどうだ?」

「ユウくんもパニックだから、気がつかないかも」

「じゃあ、我々はどうすればいいのだ」




 パチン!


 ミカさんの脳内緊急会議はそこで停止した。考えるより、先に体が動いていたからだ。


「ここ!」


 手を挙げて通路から飛び出すと、心配してくれていた大人たちの目がミカさんへと向いた。


「パルパル〜! 大好き! 会いたかった!」



 ユウくんが抱きついてくる。

 とても可愛い。

 可愛いが、



 なぜ、今、パルパルなんだ!!

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