狐憑き
糊のパリッとした感じをまだ残した制服を見ると、ああ、はじまったのだと思う。
──いよいよ、本格的に春なのだ。
中学生になったばかりのミカさんは、悩みを抱えていた。
電車で通う中学校。
憧れの制服。
すこしかたいローファー。
真新しいノート。
どれをとっても、心がはずむものばかりだった。
けれど。
ミカさんは、後ろを振り返る。
──ついてきてる。
わざとらしく、その男の人は携帯をいじって、首を忙しなく動かしている。道を探している風に。
ミカさんの歩調が速くなると、その人も歩調を速める。
──怖い!
これが初めてではなかった。
毎回ちがう、別の人が駅から家まであとをつけてくる。
そこの角を曲がったところで待ち伏せして、問い詰めてみようか。
いや、それは危険だ。
携帯で母親に連絡しよう。
けど、もし母が危険な目にあったら?
ミカさんは、いつものように振り返らず猛ダッシュで家まで帰宅した。
後ろ手で玄関扉を閉めると、肺が焼けこげてしまうのではないかと思うくらい痛かった。
「おかえり~」
台所から母親の声がして、ミカさんは呼吸を整えた。親に心配をかけてはいけない。
もしかしたら、後をつけられているとミカさんが勝手に思い込んでいるだけかもしれない。
もう少し、様子を見よう。
けれども次は、ちがった。
本屋さんで目があった男の人。目が血走っている。
「どこの学校? 制服かわいいね」
本棚越しに声をかけられた。
怖いと思うより、胸の奥深くでくすぶっていたものが、ブクブクふくれていくのがわかった。
だって、この人は本が好きで本屋に来たわけではなさそうだから。
新しく敷かれた桜色の道に、自分より先に足跡をつけ、踏みにじられたような気分になった。
ミカさんは、なにも答えず本屋から出てタクシーに乗った。
ワンメーターを越えないあたりでタクシーをおり、振り返る。
先ほどの男の人の姿は見えなかった。
ほっとしたからか、悔しかったからか、泣きたい気分になった。
読みたかった小説が、タクシー代に変わってしまったことが、なによりつらかった。
「お姉ちゃん」
勇気を出して、ミカさんはお姉さんに相談することにした。
ミカさんの話を聞き終えたお姉さんは、パタンと音をあげて二つ折りの携帯電話を閉じた。
「あるよねぇ~。あとつけてくるヤツ~。チョームカツクよねぇ~」
当時コギャルだったお姉さんは、だるそうな話し方をする。
ジャラジャラとたくさんつけられた携帯のストラップを、人差し指でいじくり回してから、お姉さんは顔を上げて言った。
「お稲荷さんあるじゃん?」
ミカさんは帰り道にある、古びたお稲荷さんの祠を頭に思い浮かべる。
裏道にひっそりと、忘れ去られたようにある祠。鳥居の柱は朽ちかけていて、ところどころ朱色がはげている。
鬱蒼とした低木とツタに覆われたその場所だけ、不気味なくらい暗くて冷んやりとしている。
「そこの前で止まるの」
「うん?」
話の先がわからず、ミカさんは首をひねる。
「それで、ヘドバンする」
「へどばんする」
ヘドバンとは主にV系バンドのライブで、首を激しく上下に大きく振ることである。
「そんでぇー、キィーーーー!! って奇声あげんの」
「うん」
「百パー逃げてくから、やってみ」
「わかった」
ミカさんは学校からの帰り道、母に迎えに来てもらうことにした。
少年少女たちよ。
悩み事は、頼れる人に相談したほうがいい。迷惑なんてその歳で考えなくていい。
決して、お稲荷さんの前でヘドバンして奇声をあげたりしてはならない──。
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