その結末
結局、私は少年をそのまま育てた。
魔女の呪術の全てを教えることは元より出来ない。『女性性』に依るところの大きい魔女術は、男性には行使出来ないものが多いのだ。だから、私はただ、少年に『自分の生来の呪力を制御する』事だけを教えた。
それは、人の世で言うところの『感情を制御する』こととほぼ同義である。そのために必要だと考えたから、少年には人の世の常識、知識、学識を出来る範囲で教えた。
要するに、何のことはない、私は少年を『人』として育てたのだ。
あれから十八周期目の花咲月。
少年はすっかり成長し、背丈は私をゆうに追い越し、痩せぎすだった肉体はそれなりに筋肉質になり、眼には幾らか鋭さが宿った。私が抵抗しないなら、私を投げ捨てることも余裕で出来るだろう。
「姉さん、綺羅華と紗々草を採ってきたよ」
「おう、丁度良かった。そこに掛けろ」
椅子に腰掛ければまだしも目の高さが近くなる。
「お前が此処に来てから十八周期。拾ったときにもう三歳か四歳にはなってたから、人の歳ではもう二十過ぎのはずだ」
「どうしたの。改まって」
改まって聞こえたか。受け取った綺羅華と紗々草をもみ合わせ、予め持ち合わせていた幻灯石の粉を加える。
「お前は、人の世に帰るべきだ。今から此処と私の記憶を消す」
「いきなり何を言い出すんだ!」
皿にそれらを盛り、火を付ける。
「聞け。此処は魔女の住処だ。魔女に成れない『男』の居場所は無い」
それは『記憶操作』の薬丹。都合の悪い記憶を消し、心地の良い記憶に置き換える。これが利くようになるよう、少年の呪力を自制させ、傍らで削いできたのだ。
「そんな! 俺はただ姉さんが居ればそれで……」
「人と魔女は共存できない。私の師も、私の師の師も結局人に殺された。きっといずれは私もそうなる」
煙が立ちこめ、次第に彼の瞳が閉じ始める。
「それでも私のことを慕うなら、いつか人と魔女が共存できる世を作っておくれ。お前は、人の範疇でなら何者にもなれるだろうから」
私は、彼が眠りに落ちているうちに、人里近くの峠に捨てる。きっと夜が明けたら、彼は『家族とはぐれた流れ者』とでも記憶を書き換えられて、人里に姿を現すだろう。そうして人の世に帰るのだ。
これが、きっと今生の別れ。
それでも彼が私を忘れぬなら、また巡る花咲月の夜に、或いは。
花咲月の夜に 歩弥丸 @hmmr03
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