花咲月の夜に

歩弥丸

その出会い

 魔女というものは、元をただせば人の娘だったはずだ。もう私自身、人だった頃のことは覚えていないが。ただ、魔女に育てられ、魔術を身につけ、人の老若・寿命を越えるようになって、そうして人の側から『魔女』と呼ばれるようになるのだ。

 私の師の師も、私の師も、私自身も、人の世から石もて追われた側だ。師などは『寿命を越えた』と言いつつ、結局只人の軍勢に討伐されて死んだ。

『魔女は人を誑かす』『魔女は人の世を乱す』

 ただ、それだけの理由だった。師が誑かした人間など、人の娘だった頃の私しか居なかっただろうに。


 人は私にとって師の敵でしかなくて、さりとて積極的に人を害する気もありはしなかったが、私に人を助ける義理などなかった。その瞬間までは。


 或る年の、花咲月の宵のこと。

 薬丹の原料になる綺羅の華を採りに谷に降りると、人間の子供が捨てられていた。見窄らしい身なりの、三~四歳ほどの子供だった。

 口減らしのために、人里離れた――つまり自分達が死体を直視しなくて済む場所に子供を捨てる。良くあることだ。

 捨て置けばこのままむくろになって、獣の餌になるだろう。そのようにして骨になったものが、谷にも転がっているはずだ。

 だが、この子供は、私の裾を引いた。

「子供よ。このような時間に此処に居る者が、まさか只人だとは思うておるまいな」

 少し声色を作り、その声に呪力を乗せる。それは耳から、肌から子供の中に染み入り、魔物の幻影を見せるはずだった。

 だが、その子供は平気な顔をしていた。それどころか。

「おかあさん」

「誰が母か」

 思わず真顔で言い返す。幻影が見えてなおそう言うならもしやお前の母は化物か。いや、そうではあるまい。呪力に生来の耐性があると考えた方が自然で、それはつまり魔女の素質でもある。

「お前、化物ではなく私の顔が見えるのだな?」

「きれい。おかあさん」

 その目はあくまでも真っ直ぐで、いっそ黄玉のようでもある。

「お母さんは止めろというのに……」

 魔女の間の言い伝えで、『魔女の素質を持つ者が魔女の手解きを受けずに育つなら、人の世と魔女とに害を為すであろう』というものがある。呪力を御することができないものは、魔女ですらない『何か』に成り果てるのだと。

「お前、私と来るか?」

「いく」

 即答か。まあいい。そろそろ私も後継を育てる頃合いだったのだろう。……その瞬間は本当にそう思ったのだ。


 庵に子供を連れ帰り、服を脱がせて洗った。身綺麗にすると、意外に見栄えは悪くなかった。痩せぎすで血の気が良くないものの、茶というよりは黄金に近い巻き毛、黄玉のような大きな眼、よく通った鼻。服を整えれば生き人形でも通じるだろう。そして股にはそれなりに整った逸物が。――逸物?

「お前……女じゃなかったのか…??」

「おとこのこだよ? おかあさん」

 待て。男をに出来るものか。ふざけるな。しかし放置して『何か』に成り果てさせるわけにも行かない。

「あー……まず『お母さん』は止めろ。せめて『師匠』だ」

「しそう?」

 舌っ足らずで『師匠』と言えないときた。

「……それも無理なら『姉さん』で妥協してやる」

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