第14話 嘘つき

 彼女はあくまで微笑みを崩さなかった。


 その時私は分かってしまった。


 彼女は絶対に想いを認めないし、非も認めない。それは帝国皇女という立場がそうさせる。あるいは、想いに関しては本当にわかっていないのかも。


 皇女ともあれば、私には想像もつかないほど沢山のしがらみがあるだろう。彼女は自分の役割を全うするために、幼い頃から仮面をかぶっているとしたら? 


 本心をおおい隠したまま育ったせいで、仮面を外せなくなっていても不思議はない。


 アーバインとは昔馴染みの建前だけの婚約者。

 たとえ自分の心に自覚が無かったとしても、愛していたアーバインが他の女性に想いを寄せて、なおかつ自分との婚約破棄をして欲しいと伝えられたら。


 心はざわついたとしても、彼女は被った仮面に従って『いいわ』と答えたとする。


 アーバインの思惑通り婚約破棄は成った。

 けれども、その後自分でもよくわからない心の奥からの感情に支配されて、彼を留めているとしたら?


 私にわざわざ接触してきた理由は、彼女も困惑しているからではないだろうか。アーバインに未練はないはず。なのに、未だ彼をとどめている自分に。


「アーバイン様は?」


 だから私は、聞き方を変える事にした。

 彼が帰ってくる、ね――と呟くように彼女がいう。


「わからないわね。私は知らないから」


 黄色いユリ偽りの花を咲かせ彼女は言う。

 私は、「そうですか」としか言えない。


 嘘の花が咲いた。それは彼女が本当は事を示す。

 帰ってくる。彼女はその言葉をどういう意味で受け取っただろうか。


 ミスリア様の元に帰ってくる。

 表の世界に帰ってくる。

 


 彼がどう思っているか、彼女は知っているはずだ。


 もう婚約破棄は成立してしまったのに。

 そうなる前に、どれだけでも止めるタイミングはあっただろうに。


「わかりました。エルドレーダ様ならご存じかと思ったのですが。私の思い違いだったようです」


「そうね。アムンゼン侯爵令嬢は少し思い込みが激しいみたい。気を付けると良いわ。婚約破棄の裏を見破ったのは凄いと思うけれどね」


 では、これで終わりね。と彼女はスカートの裾ははたきながら立ち上がった。


「他の者を待たせているの。いつまでも帰ってこないと心配させてしまうわね」


 同じ学院の学生とはいえ、お供もつけずに皇女がいるのはおかしな話だと思ったが、彼女が待たせていたようだった。


 炎髪を揺らし、歩いていこうとする彼女に、私は声をかける。


「私はこういう事はあまりわからないのですけれど……、人の心ってどうにもならないものだと思っています。想っても想っても、どうにもならない時はあるって」


 恋心なんてものは特に。


「でも、秘めるだけじゃ伝わらないものです。言わないと、伝えないと、相手にはわかってもらえないし、諦めもつけられないんじゃないでしょうか」


 少なくとも、ミスリア様は伝えたのだろう。だから彼の心をを射止めた。

 私があった彼女はどこか幼くて、純真で無邪気な少女の様な人だったから。



 ――思い出したのだけれど。とエルドレーダ様は振り向かずに言う。


「今は初夏でしょう? 熱くなる前には帰ってくるのではなくて? 彼は暑いのが苦手だったのよ。夏になると、避暑地に入り浸ってしまうほどに。そうね。ノバスの地は涼しいでしょうし、彼に合ってるのかも」



 もう少ししたら、帰ってくるでしょう。

 それまでそっとしておいて。


 去り際の言葉は、私の印象に残った。

 彼女が背負ったひと際大きな花と一緒にだ。


 花の名前はラベンタリア。

 彼女の属する、リベラント帝国の帝室花。紋章にも採用された六枚の花弁を持つ大輪の深紅の花。


 その花の意味は


あなたの側に、もう少しだけリベラント・ラベンタリア


 ◆◆◆


 アーバイン様がひょっこりとオラトリオ屋敷に現れたのは、それから二週間後の事だ。



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