第13話 皇女の想い(2)
「私がアーバインを監禁している、ね」
彼女は、私の指摘に動揺する事なく、逆巻く炎髪をかき上げて優雅に笑った。
「なぜ、そう思ったの? 巷では私がアーバインを処刑したなどという噂があるのは知っている。その事を言っているのではないのね?」
「ええ、はい、まぁ」
背筋がゾクゾクするのは、深紅の瞳に見据えられているから。
彼女の背に見える花は、黄色の小さな
どこまでも勝ち気で、自信に満ち溢れた笑顔。
少し顎を上げ、見下ろす瞳で。
彼女は私を試しに来たのだと思う。
「教えてちょうだい。私がアーバインを監禁していると思う理由を」
返答次第では、彼を帰さない気だろう。紅玉の瞳がそう物語っていた。
◆◆◆
オラトリオ家の元乳母。フルネームはマリア・ミゼット。
アーバイン様からの手紙を運んできた彼女。最近、オラトリオ家に出入りをしているのですか? と聞くと、ベルクント様は違うといった。
彼が言うには、マリアさんがオラトリオ家を辞して10年は経っている。久しぶりに会った懐かしい乳母に、いきなり冷たい態度を取られたせいで、可哀そうに彼は気落ちしていた。
彼女が今どこで何をしているのか、ベルクント様は知らないと言った。アーバイン様の手紙を運んできたのだから、今はオクチュアード家に奉公しているのかと思ったけれど、そうでもないらしい。
マリアさんとアーバイン様の接点はどこだろう。
『自宅に見知らぬ男性が現れて、この手紙をもってミスリアお嬢様に会いに行ってほしいと言われた』
彼女はそう言うがそんな訳がない。
「後日なんですけど、マリアさんの主は、アーバイン様の協力者に違いない思ったので、彼女に聞いてみたんです。あなたの主は誰ですか? と。もちろん答えてはくれませんでしたが」
その時、彼女の前で、高位の貴族の名前を一人一人呟いてみた。
エルドレーダ様の名を出した時に、シ
「エルドレーダ様の名前を出した時、少しだけ彼女が動揺したのです。もっともそれは、確認作業と言いますか。『やっぱり』と思いました。他にも理由はありましたから」
そして、こっちが本命。
アーバイン様がミスリア様と結ばれるために取った行動は、どうしようもないプレイボーイを演じて、婚約破棄をされることだった。
親同士が決めた婚約者というしがらみから逃げ出したい。
侯爵家の跡取りと言えど、相手は皇女殿下。アーバイン様から婚約破棄など言い出せるはずが無い。皇女殿下から言い出してもらう必要があったのだけれど――。
「私、思ったのですが、そうそう都合よく婚約破棄ってしてもらえるものでしょうか?」
皇女殿下と、五大伯爵家の跡取りともなれば国が決めた婚約者だ。
たとえ、彼の素行が悪かったとしても、先に本人に注意をし、素行を正すだろうと思った。
「アーバインは政治上の建前とはいえ、皇女殿下の婚約者だ――そうブランドー侯爵様に聞きました。それで思ったのです。エルドレーダ様もグルなんじゃないか? って」
彼女は何も言わず、静かに聞いている。
「彼はエルドレーダ様に直接頼んできたのではないのですか? どうか自分に婚約破棄をしてくれ、と。夜会の席で、大げさに、センセーショナルに。彼の父親が取り繕おうと、もうどうしようもないほど、自分たちの関係を盛大に壊してほしいと頼まれたのではないですか?」
建前上の心が無い形だけの婚約者ならば、アーバイン様がミスリア様を受け入れたのも分からなくもない。彼は真の恋とやらに目覚めてしまったのだろう。
「エルドレーダ様はそれを受け入れたのでしょう? 彼の望むままに。でも――」
だけれど、彼女は怒っていた。
あの夜会の日、私が一目見ただけで危機を感じたほどの、沢山の荒々しい
あの時、彼女は、本当に心の底から怒っていたと思う。
「本当は、手放したくなかった。あなたもアーバイン様が好きだった……」
「いいえ。彼を愛したことなんて無かったわ」
口を開いた彼女の背には、
「アーバインとは同い年だし、小さな頃から宮殿に来て遊んでいた。幼馴染なのよ。だからかしら。いつのまにか、自分のものみたいには思ってたわね。婚約者になっても、そういうものかと思っていたわ」
でも。と彼女は続けた。
「それは恋愛感情とは違うと思う。お互い成長した後でも、彼に抱かれたいとも、キスしたいとも思わなかったし。おしゃべりするのはそれなりに楽しいけれど。彼は軽い人で、会話が上手。よく笑わせてくれたし。婚約破棄をしてくれと言われた時は驚いたけれど」
「ミスリア様の事は聞かされていたのですか?」
「本当に愛している人ができたと言われたわね。聞いた時も何も思わなかった。私と彼は、本当に形だけの婚約者ですから」
彼女の背に
「だから、良いわよって。面白そうだったし」
表情だけを見れば、本当にあっけらかんとして言うのだ。
けれど、彼女の背には、
「拒否しなかったのですか? 怒ったりとか」
「拒否? 怒る……? どうしてかしら。ああ、婚約破棄の時? あの時は怒っている振りをしていたの。上手でしょう。皇女ともあれば表情なんて自由自在ですから。怒る事なんて無いわ。だって、アーバインとは建前上の婚約者なのだから」
にっこりと笑う彼女。
でも、悲しい。言葉を交わせば交わすほどわかってしまう。
彼女の花と、彼女の言葉が一致しない。彼女は嘘をついているのが分ってしまう。
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