第12話 皇女の想い

 エルドレーダ・ルイン・テンペラートはこの国の皇女さまの名前だ。

 

 彼女のことを語る場合、“炎髪の”なんて枕詞をつける事が多い。

 炎髪えんぱつ。皇族の血筋にあらわれる、特徴的なクセのある赤毛。

 

 歴代の皇帝家の肖像画を眺めれば、それが代々受け継がれている事が分る。

 その中でも、第一皇女エルドレーダ様の赤毛は、最もゆたかで、ふさふさとしていて美しいと評判だ。


 彼女が歩けば、ゆらめくほのおのような赤髪が揺れる。

 瞳もまた、ルビーのような真紅。

 紅玉の眼差しは、彼女のもの逃さない。彼女はとても苛烈な性格を持つ事でも知られていた。


「顔を上げなさい。シィル・アムンゼン」


 連休も終わって通常の毎日が始まった、帝立貴族院学院ブランデン・ガーデン

 貴族のおじ様たちにはよく勘違いされるのだけれど、私はまだ学生の身だ。父の手伝いはお休みの間だけ。普段はちゃんと貴族の子弟が通う学院に通っている。


 休みの間に色々あり過ぎて、久しぶりに戻ってきた日常に呆けていた所、声をかけてきたのが、エルドレーダ皇女殿下だった。


「アーバインの企みを暴いたと聞いたのだけど」


 企み。

 そんな仰々しいものだったかしら……。


「いいえ。私は近衛騎士団の方々の前で、推論を述べただけで……」


 急に何事よ……。と思いながら、臣下しんかの礼を取り答える。幸いな事に、今のところ彼女の背に剣呑けんのんな花は咲いていない。

 声をかけられた時、逆鱗に触れたのかと、冷や汗をかいてしまった。


「事の顛末てんまつ、何があったか、わたしにも教えてくれない? 興味があるのよね」


 彼女は紅玉の瞳で私の目を覗き込みながら言った。

 違う。これは私を試しに来たのだ、と直感的に思った。


 ◆◆◆


 アーバイン様の失踪事件。その後がどうなったか。

 私の進言を元に、近衛騎士団からオクチュアード侯爵と、オラトリオ辺境伯にそれぞれ新たに事情聴取がくわえられた。内容はアーバイン様とミスリア様の交際に関連した、両家の見解。

 

 結果分ったこと。

 そもそもの発端が、政治争いだったということ。

 

 ミスリア様の父親、バサルマーク・オラトリオ辺境伯は、帝国貴族の中でも五大侯爵家に及ばないまでも、大きな力を持ちつつあった。北方諸国との貿易が好調で財政が潤っている。それは帝国の国庫を多いに満たすほどらしい。そして彼は、その勢いで中央での力を強めたいと考えていた。


 彼は考えた。

 昨今の、貴族子弟同士の自由恋愛の風潮を利用し、五大侯爵家に取り入れないか? 


 彼は、娘ミスリアに命じてアーバインを誘惑させた。

 上手くいけば、皇帝家とオクチュアード家の分断を図れるかもしれないし、五大侯爵家に取り入るのは悪くないと考えたのだ。


 驚く事に、これはミスリア様も納得ずくだったらしい。

 あの純情可憐じゅんじょうかれんに見えた白狼の姫は、自らアーバイン様に近づいたのだった。


 事情が変わったのは、二人が交流を始め、目論見通り恋仲になった頃。

 アーバインの父、ドノバン・ラシータ・オクチュアード侯爵が強硬に反対を始めた。


 権力を使い、オラトリオ家に圧力をかけ、ミスリアを遠ざけさせるように命じたらしい。結果、辺境伯はあわてて娘にアーバインから離れるように言った。


 だが、もう遅かった。

 ミスリア様とアーバイン様はいつのまにやら両想い。打算にまみれた出会いから、真に相手を想い会う恋人同士になっていたのだ。


 オクチュアード家とオラトリオ家。両方から別れる事を命じられた二人は、絶望した。どうにか結ばれる方法はないかと頭を捻り、実行に移したのが、一連の出来事だった。


 表向きは、アーバイン様とミスリア様は破局する。


 その後、アーバイン様は駆け落ちの為、自分の地位を捨てるための暴挙を繰り返す。

 ミスリア様は、父への当てつけで嘆き暮らす。彼女が弟のベルクント様に何も話さなかったのは、父の後継者たる弟は、あくまで父の側だからだ。


 声が出なくなったのも狂言なのかもしれない。

 ここは駆け落ちがなされてから、最終的に父親に認めさせるための当てつけだろう。罪悪感を煽るための行動だ。


 アーバインは、目論見通りエルドレーダ様に婚約破棄をされる。

 これで父からの彼への利用価値はなくなったはずだ。これですべてを捨ててミスリアの元に行ける。そう考えていたはずだ。


 元乳母のマリアは、ミスリア様が協力者として呼んだのだろう。父であるオラトリオ伯は敵だ。だから彼女も、ベルクント様には冷たかった。


『雪解けの頃』すなわちほとぼりが冷めたころ、アーバイン様はミスリア様を迎えに来る予定だったのだ。



 両家の父親からの裏が取れた私たちは、再びミスリア様に面会した。

 すべてを伝えたところ、ミスリア様はうっすらと笑ってそのまま黙り込んでしまった。


 感情の花は、ムスカリ失意オリーブやすらぎとマリーゴー悲しみルドとヒガンバ諦観ナ。


 複雑な感情が入り混じった場合、花知らせフラワー・ビジョンはあまり意味をなさない。


 あれから2週間ほどが経っている。

 実はアーバイン様はまだ現れていない。

 ミスリア様が連絡をしたと思うのだけれど、彼は帰ってこない。


 彼女はそれもあってか、ますます部屋に閉じこもってしまったらしい。ベルクント様に頼んで何度か屋敷には行ったが、会えずじまいだった。


 『雪解けの頃』はいつ? それは本当に訪れるのだろうか。

 アーバイン様は本当の意味で失踪してしまったのだ。


 ◆◆◆


「なるほどね」


 私は、学院の庭園にある東屋ガゼボに座り、炎髪の皇女殿下に望まれた説明をしていた。


 彼女は興味深そうにそれを聞いていた。

 口元に含み笑いが現れる。隠す手は優雅だが、視線は鋭い。皇女の猛禽の様な鋭い視線が肌に刺さる。


 意図が読めない。

 なぜこんな事を聞いてくるのだろう……。

 私の予想通りなら、



「あの……」

「なにか? アムンゼン侯爵令嬢」


 おずおずと声を上げた私に、ウォールフ好奇心ラワーをいっぱいに背負って彼女が聞き返す。


 口元には満面の笑みだ。

 この人は、なんで笑っているのだろう。

 花知らせフラワー・ビジョンも万能じゃない。楽しくて笑っているのは分かっても、なぜ楽しいのかは分からない。


「いったい、いつまでアーバイン様を監禁しておくおつもりなのですか? そろそろ帰してあげてもいいのでは? と思うのですが……」



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る