第11話 私には見えるから(2)

 前々から思っていた。人間というのはあまり賢くない。

 

 もちろん、その中に私自身も含まれる。

 周りは馬鹿ばかりだ、なんて高慢こうまんな事を言うつもりはない。


 私だって合理的じゃない判断をするし、感情に振り回されて、とんでもなくつたない行動をする。やるべきことが分っているのに、どうしてもできない。なんてざらにある。


 心は厄介だ。いつも思考を裏切る。

 心なんてなくなればいいのに――、と思う時がよくある。


 駄目だってわかってるのに、衝動しょうどうに突き動かされてどうしようもなくて、やってしまう。今回アーバイン様がも、その類だろうと思った。


 ◆◆◆


「これはあくまで仮定にすぎません。私の妄想とも言います。ミスリア様の言動と、この手紙からの着想ですが――。あるいはまったく別の事実が隠されているのかもしれませんけど」


 そこまで言って、場が静まり返っている事に気づく。先ほどまでハナズオウ不信を咲かせていた騎士様たちが黙り込み、考え込んでいた。


「……いや。案外そうかもしれん。なるほど、と思わせられる。それならばいくつか辻褄が合う事があるのだ」


 沈黙を破ったのは、近衛騎士団長ティオ・エメラス・ブランドー様だ。あごひげを撫でながら、言葉をつづけた。


「関係者の反応に、いくつか不自然な所があってな。オクチュアード侯爵がだんまりを決め込んでいる」


「だんまり? オクチュアード候という事は、アーバイン様のお父さまですよね?」


「ああ。騎士団にアーバイン捜索の依頼を出したのは彼の母親なのだがな。父親であるドノバン・ラシータ・オクチュアードはこの件に無関心を決め込んでいる。ドノバンとは旧知の中でな。親しくしていたのだが、何か気づいた事はないのか? と直接聞いたところ「わからん。お前に任せる」とそっけない返事であった。あのバカ息子が、と吐き捨てる有様で、ずいぶんと怒っている様子があったな」


「そう言うことならば、私も心当たりがあります」

 次に声を上げたのはベルクント様だった。


「シィル嬢には少し漏らしたが、姉上が声を失った件で、我が父バサルマールの様子もおかしい。ほって置けとまるで興味が無いのです。もしや父たちは、アーバインと姉上の心を知っていたのではないでしょうか? 事情をすべて知っていて、だから放置している、と」


 ふむ――。とブランドー様が頷く。 


「そうなると話は変わってくるな。アーバインがなぜ地位を捨てようとしているのか。シィル嬢の話を元に考えるならば、二人の父親に交際を反対されたという事かな? アーバインは政治上の建前とはいえ、皇女殿下の婚約者だ。それが辺境伯家の娘に入れあげてはドノバンは面白く無かろう。ベルクント。お前の方はどうだ? ミスリア嬢の嫁ぎ先の話などは出ていなかったのか?」


「――私も父と、多少そのような話はしますが……。姉上がアーバインに熱を上げていた時は、父は反対もしていなかったように思います。それどころか喜んでいたような」


「オラトリオ伯としては、娘が五大侯爵家に連なるのは悪くないと考えたか。だが、オクチュアード側が許さなかった。昨今、貴族の若者同士の恋愛も流行りではあるが、基本的には家の力関係がものを言うからな」


 帝国の貴族社会では、最近とみに社交界が活発だ。

 今の皇帝陛下が、皇妃こうひ様とご結婚されたのが、社交界で出会った末の大恋愛だった事が原因らしい。この国では貴族同士の自由恋愛が10年ほど前からちょっとしたブームになっている。


「前は、貴族が恋愛などもっての外だったがな。私も妻との結婚は、家の都合だったよ。どんな人が妻になるのか? と戦々恐々せんせんきょうきょうとしたものだ。まぁそれでも仲良くやってはいるがな」


 ブランドー様はクックックといたずらっぽく笑う。


「あい分かった。本件はその筋で裏を取ってみよう」


 恋愛のもつれからの駆け落ち? 失踪は反発か……。と騎士たちの間で安堵が広がる。一部、ピオニーの花が咲き、憤慨している方もいるようだったが。

 騎士団も貴族の子弟の集まりだ。アーバイン様の行動に思う所がある人もいるのでしょうね。


 そうして、場の空気が一気にゆるむ。


 これで事件解決。みたいな空気が広がる。私の予想。本当にあっているでしょうね。ここまでやって間違いでしたでは済まされない。


「さて、私はドノバンのヤツオクチュアード候に真相を話せと詰め寄ってくるか。ベルクント。お前は撤収準備に入ってくれ」


「わかりました。――シィル嬢、ありがとう。貴女のおかげで糸口がつかめたよ」


 晴れやかな笑顔で手を差し出してくる彼。上手くいったと、彼の背にオリーブ安堵が見える。


「一応、確認ですが」


 我ながら卑怯なものなのだけれど、なにせ私はただの学生だ。責任は追えない。

だからしっかりと予防線は張っておく。


「私の見解はあくまで想像です。責任は持てませんがいいですか? それを根拠に捜査の打ち切りでもいいんですね?」


 個人的な意見ならば、彼の探索は続けていて欲しい。私が語ったのはあくまで動機だけ。事件そのものは何もわかっていないのだから。

 だけれど、ブランドー様は片眉を上げながら私を見る。


「我々は、帝都防衛の任を受けた近衛騎士団でね。時には貴族階級の警察機構に委ねられない案件も引き受ける。だが、警察業務は基本的には専門外だ。他にも仕事は多い。恋愛のもつれにいつまでも振り回されてはいられない。それに裏は取るさ。君に迷惑はかけないよ。これは決定だ。そのような動機の元おこなわれた失踪事件に騎士団をこれ以上使うわけにはいかん」


「――そうですか」


 そこまで言うのならば仕方ないわよね。

 言葉の端々から、近衛騎士団がこの件から早々に手を引きたがっていた様子が見えるし。


「協力ありがとう。シィル嬢。とても有用な助言だった。だが、ここから先は私たちの仕事だ」


 ブランド―侯爵はそう言って、退席を求めたのだ。



 ◆◆◆


(じゃ、本当にアーバイン様はどこにいるのかしら?)


 騎士団に手配してもらった馬車の中で私はひとり考えていた。

 ブランドー様は、オクチュアード侯爵家に行くと言ってた。私は、アーバイン様が自主的に隠れている可能性を示しただけだ。


 実際に彼がどこにいるのかは未だ持って謎に包まれている。

 案外と、どこかの別荘にでも隠れているのかもしれないが、どうも私はに落ちない。何かが気になる。

 

 そもそも、アーバイン様は炎髪の皇女殿下の婚約者だったのよね。

 

『アーバインは政治上の建前とはいえ、皇女殿下の婚約者だ』


 ブランドー様の言葉を思い出す。私も初めて知ったのだけれど、皇女殿下との婚約にお互いの心は無かったという事かしら? ミスリア様が好きなアーバイン様はそれでいいとして、皇女殿下もどうでも良いと思ってたのかしら?


 建前上――、

 親同士が決めた婚約者、

 皇女殿下は、アーバイン様の事をどう思っていた? 建前の婚約者が本気の恋をしたって気にしない?


 では、あの日見た、視界を埋め尽くすほどの紫のピオニー怒りは――


 


 皇女殿下は一体、何に怒っていたのだろうか?

 

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