第10話 私には見えるから

 手紙という物証を手に入れた事で、私の想像は現実のものと重なる。

 考えられた可能性は沢山あるけれど、アーバイン様を探すまでもなく取っ掛かりがつかめた。とはいえ、それでどうする? と言われると一介の学生でしかない私にはできる事はない。でも、ここにいる近衛騎士様たちならば、きっとなんとかできるはず。

 

 なので、騎士様たちを巻き込もうと思う。

 後は私が上手く彼らを誘導できるか? なのだけれど……。


 その機会はわりとすぐに訪れた。

 捜査そうさ会議をするというので同席を許された。その際に、ベルクント様に協力してもらい「シィル嬢からも何かないか?」と意見を述べる機会を作ってもらう事にした。

 

 私は手短にベルクント様に作戦を伝える。彼はびっくりしていたが、時間が無いからと伝えると黙ってうなづいてくれた。


 そして、


「ミスリア様とアーバイン様は、今でもまだ愛し合っているのですよ」


 満を持して私がそう言うと、居並ぶ騎士様がたが「おお……」と驚く方が半分「はぁ?」とあからさまに顔をしかめる方が半分だった。


 ここの騎士様たちは、皆勇ましく聡明そうめいそうであるのだけれど女性蔑視の思想でも根付いているのか、『何を言っているんだ、この女は?』みたいな顔をする。


 わかるわよ。この男の職場に何を愛だの恋だの持ち込むのだ。と思ったのでしょう。私だって恋愛は苦手。だけれど、この事件を解決するためには、外せない要素なの。


「アーバイン様はなぜ失踪したのか? という話をしようとしているのです。不要であれば、黙りますが?」


 少しの不機嫌を装いながら言うと。騎士様がたは、むぅと黙った。

 私は、ベルクント様に目くばせをする。事前に打ち合わせをしておいた合図だ。


 目くばせが届いたのが、ベルクント様が手を上げる。


「す、すまない。その話は興味深い。続けてもらっても構わないだろうか?」


 声が裏返ってるじゃない。どうやら彼は演技はヘタそうだ。

 私が顔をしかめると、彼は焦って咳払いをした。


「――ごほん。失礼。それよりもシィル嬢。姉上はアーバインに捨てられた後、怒り、嘆き苦しんでいたのだ。あれを嘘だというのか?」


 よしよし。それなら自然に見えるわね。

 気を取り直し、私は答える。


「ベルクント様。アーバイン様に彼女が捨てられたという話。ミスリア様は、具体的に話されていましたか? アーバインが憎い。私を捨てたと訴えていたのですか?」


「いや、そんな言葉は――ないな。あの頃の姉上は、ただ泣くばかりだった」

「でしょう? 彼女はただ、悲しみ嘆いていたなのですよ」


 女の涙に、殿方はすぐに早とちりをするのです。


「ミスリア様が、公衆の面前で手ひどく罵倒され捨てられた事件。それが念頭にあっての誤解だと思います。彼女の嘆きは、。そう考えてみましょう」


 彼女と話している時、黄色の百合偽りが咲いた時が一度だけあった。

 それは、『違う。恨んでる』と彼女が書きつけた時。

 逆にそれ以外の時は咲かなかった。その時言っている事は全て


 嘘を見抜く時、嘘そのものを明確に言っている時でないと、黄色の百合は咲かない。花知らせフラワー・ビジョンを使って嘘を見抜くときはそういう融通の利かなさがある。だからこそ、私は会話でしっかりと誘導をするのだけれど。


 ミスリア様はまだアーバイン様を愛している。

 これは


 手紙がアーバイン様からのものであるとするならば、彼もまた彼女を愛している。

 ふたりはお互いに愛し合っていて、したがって、衆人の目の前で起こった罵倒と、捨てられたという破局は


『私の姫。美しき白狼。今しばらくお待ちください。雪解けの頃迎えに行きます』

 私は、手紙に書いてあった言葉を暗唱あんしょうする。


「手紙には、とはっきりと書かれています。差出人のアーバイン様は、ミスリア様に再び会うつもりなのです」


 そしてその時期は、


「『この雪解けの頃』というのがいつを指すのかはわかりません。文字通り雪解け――つまり春先を表しているのか、何かの比喩ひゆか、もしくは二人だけの暗号か」


 アーバインはいずれ、彼女の目の前に現れるつもりなのだろう。だったら、失踪は自分の意思で行ったはずだ。


「騎士様がたが心配している『アーバインが何者かにさらわれた』という線はまず消していいと思いますわ。こうしてアーバイン様の手紙が出てきたのですから」


 もっとも、誰かがアーバイン様が無事であると工作しているなら別だけれど。そうであるならば、私の出る幕は無い。ベルクント様たちに任せたらいい。


「――ならば、何のためにあの青年貴族は姿を消したのだ?」


 重々しい声で問いかけたのは、騎士様たちの奥に座る、初老のおじ様だった。たしか、五大侯爵家の一つ、ブランドー家に連なる方で近衛騎士団の団長様。ティオ・エメラス・ブランドー様。


 私は内心ほくそ笑む。

 ベルクント様と安劇場の芝居じみたやり取りをしたのは、かの団長様を動かすため。彼が乗り気にならなければ、騎士団は動かないから。


「愛のためですわ」


 私がそう言うと、騎士様たちの間で「チッ」とあからさまな舌打ちが聞こえた。幾人かの方の背中にハナズオウ不信が見える。ニゲラ戸惑いを背負ってる方も。


「何を言い出すかと思えば、これだから女は……」

 なんて声も聞こえる。そんなにあからさまにしなくても良いじゃない。気持ちは分かるけれど。


「愛のためです。いいですか? ちゃんと聞いてください。馬鹿にされる方もいらっしゃいますが、愛のために我が身を投げうつのはよくある事では? 皆さまはお好きでは無いのですか。愛の為に戦う騎士道物語を。それに憧れて近衛騎士団に入られた方はいらっしゃらないのですか?」


 私がそう言うと、不満そうな顔は見えるが、場は一応静まった。


「アーバイン様が『北方の蛮族あがりのオオカミ女が』とまで言った破局劇もまた嘘。ではなぜそのような狂言きょうげんをしなければならなかったでしょうか? 公衆の面前で、大々的に」


 ここからは私の想像。だけれど多分あってる。

 もし間違ってても、責任はとれないけれど。


 半年前の破局劇。それは、私とベルクント様が出会った発端だ。ミスリア様が大勢の前で名誉を傷つけられた。ベルクント様がアーバイン様を恨み、凶行に及ぼうか迷っていて私に止められるほどに。


「ベルクント。お前の姉上が辱められた事件は私も知っている。あれが起こったのはいつだったか? そしてそれを見ていたのは誰だったか」


 騎士団長ブランドー様が、ベルクント様に声をかけると

「半年ほど前、定期的に開かれるハルペルシュ城の夜会の席です。父上や、五大侯爵家の方々もいらっしゃったはずです」


 と彼が答える。


『奴はあろうことか、『北方の蛮族あがりのオオカミ女が何を勘違いしているのか』と衆人の眼前で、罵倒したのだ。我々は、誇りを第一とする気高き民だ。誇りを汚されたままではいられぬ』


 私と出会った日、彼はそう言っていた。


「ベルクント様。なぜアーバイン様はそんな事を、公衆の面前で行ったのでしょう?  五大侯爵も居る公式な場所で。これって明らかに自分の評判を落としますよね?」


「むぅ、確かにな」


「それに、あの方のプレイボーイぶりが酷くなったのは、その頃からではありませんか? 空気を吸うように気軽に女性を褒めたりするのは、前からのようでしたが、ミスリア様と破局してから、アーバイン様の評判が地に墜ちていったように思うのですが」


 結果、彼は元々の婚約者であった炎髪の皇女殿下に婚約を破棄される事になった。


 そもそも、婚約者がいる男がミスリア様と恋仲になる事自体がおかしいと思うのだけど、そのあたりはどういう事なのだろうか? 恋したらしょうがないのかもしれないが。私には共感できないので保留とする。


 アーバイン様とミスリア様は愛し合っている。これは真。

 アーバイン様がミスリア様を罵倒し捨てたのは偽。

 なら、なぜ捨てた? 捨てたように見せかけた?

 捨てた結果、彼はどうなった?

 

 まわりの評判を落として、

 つまり、だったとしたら?


「私が思うに、彼は自ら地位を捨てようとしているのではないですか? 五大侯爵家の跡取りとしての自分。帝国皇女の婚約者であるという自分。それを捨て去るためにわざと愚行を重ね、皇女殿下との婚約破棄に至った。目的を達した彼は、最後の仕上げとして失踪する。すべては、真に愛しているミスリア様と結ばれるために。きっと彼は『雪解けの頃』ほとぼりが冷めたあと、こっそりとミスリア様を迎えに来るつもりなのではないか? と思うのですけれど」


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