第23話

 田安門での面会から二日後。東浦と君咲の二人は、約束の時間より少し前にこの場所へ到着していた。


「……綾香ちゃん、どう思う?」

「猿飛駿ですか?」


 この二日間、東浦らは情報収集に注力していた。君咲はマーケットでのアルバイトを継続、東浦は独自ルートと安原を活用する中で、権田だけは安静に努めていたのだった。ただ、特別なことをこの二日間でやってきたわけではない。


「いいや、舘野卓だよ」

「……二日後にもう一度来る、そう言ったのだとしたら……今日のいつ来てもおかしくはないですよね。東浦さんだけは、0時ぎりぎりに来ると読んでいますが」

「ああ……俺ならそうするな、と。脅しじゃなくて、本当に探しているのであれば、ぎりぎりまで相手に時間を与えたいだろう」

「今、事務所に来たら権田さんしかいませんからね……本当に殺されちゃうかも……」

「安原に見張らせてるから、その心配はいらない。来たら一之助を連れて逃げるように言ってある」

「そうですか……猿飛さんはどう思いますか」

「……何らかの目処をつけて来るだろう……向こうの事情は詳しく知らないが、相当複雑な様子は見てとれた。この二日で解放まではできないにしても、何らかの糸口を掴んでくるはず。俺らはそれを交渉材料に舘野と対峙するしかない」


 東浦がそう言ったところで、前方に人影を確認した。


「……時間ぴったりだな」


 その言葉に君咲も東浦と同じ方向へ顔を向ける。だんだんと人影が近づいてくる。


「お待たせしました」

「こんばんは、猿飛さん」

「時間がないので手短に……」


 そう言うと、猿飛はスーツのポケットから折り畳まれた紙を取り出す。


「先日お伝えした通り、政府高官と今日会う約束がありました。元々は、舘野卓の妻も含め、三名の女性を解放することを検討してもらうつもりでしたが……」

「拒否された?」

「ええ……検討する、という言葉なんて何の意味もなかった……期待はしてませんでしたが」

「え、それじゃあどうするの?」


 君咲がおもむろに割り込む。猿飛の目線が君咲に移る。


「申し訳ないが、今日中に解放はできません。……ただ今日会った政府高官に、発信機を取り付けました。居場所の特定は近日中にできるでしょう。今日、舘野さんが東浦さんのもとへ来るのですよね。私も行って、直接説明します」


 そう言いながら折り畳まれた紙を広げ、東浦に手渡した。


「これは……」

「今日の午前中に取り付け、その後に対象者が立ち寄った箇所のリストです。医師団の拠点が2つ含まれていました。そこの可能性は高いです」


 東浦は受け取った紙を再び畳んでポケットにしまい込んだ。


「目処が立っていることを直接話して、何とか懐柔しようって算段ですか。たった二日間でここまで進んだことは敬意に値しますが、猿飛さん、下手したら殺されるかもしれませんよ」

「現状これ以上の策はありません……探し者は、私なんですから。連れて行ってください。話すだけではなく、後日必ず女性は解放してみせます……そのことをきちんと伝えるつもりです」


 東浦はそれを聞きながら周囲を見渡す。


「気づきましたか」


 猿飛がそう言うと、目線で合図をする。


「知っていたのか」

「ええ。監視されていますね」


 猿飛が小声でそう言うと、君咲も周囲を見渡す。


「綾香ちゃん、見るな」

「大丈夫です、素性はわかってますし、盗聴器までは仕込まれていないことを確認しています」

「距離も遠い……ずいぶんとライトな監視だな」


 東浦が感じ取っている人の気配は、100m以上先と見える。

 

「行き先のみを確認しているんでしょうね」

「ならこっちの素性もばれるということか……まあいい。そうと決まればすぐに行きましょう」

「一旦戻って、出発の身支度させてください。車ですよね、5分後に庁舎の入口につけてもらえますか」

「了解です……ちなみに、なぜこのリストを私に?」


 東浦は上着のポケットを指差しながら、歩き去ろうとした猿飛を呼び止める。


「……保険、です。何が起きるか、この先は読めませんから」


 そう言うと、猿飛は一礼してその場を去って行った。同時に監視の目が離れたことも確認した。


「東浦さん、どうするんですか」

「どうもこうもないさ、綾香ちゃん……タフな戦いになりそうだ。行くぞ」


 東浦と君咲もその場を離れた。猿飛駿とともに、事務所へ戻ることになったのだ。君咲の心配をよそに、東浦は言葉ほどにこの状況への不安を覚えてはいないようだ。車に乗り込み、警備隊の庁舎へ向かうのだった。


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