第22話
マーケットを出て、約30分後。
三人は、九段下に向かっていた。
「どうだ、安原……目星は着いたか」
運転をする東浦が、声を掛ける。
「ああ、さっきの会話から察するに、政府直轄の職員、警備隊、研究師団、医師団のどれかだろう。九段下には、今警備隊と医師団が詰めている事務所がある。……彼の経歴からして、警備隊じゃないか」
「そうだな……同意だ」
「東浦さん、このまま乗り込むんですか」
「ああ、行くよ。俺は猿飛駿と会話がしたいだけだ。向こうにとっても応じない理由もないだろ」
「確かにそうですね……いるといいですが」
東浦はそう言いながら、携帯電話を取り出す。
『……お電話ありがとうございます。警備隊第一事務所の菊田です』
「もしもし、東浦と申します。猿飛さん、いますか?……あ、私は弁護士会の者でして、今度の会合の警備計画のことで相談がしたかったのですが」
『……確認しますので、少々お待ちください』
電話を掛けるなり東浦は口を開いた。少し間が空いて、電話口が変わったようだ。
『代わりました、猿飛です。弁護士会の警備の件は私ではないので、担当の者を確認させていただきます』
「あ、いや。あなたでいいんです。少々大事な会話をしたい。電話だと都合が悪くてね……別場で会えませんか」
『……何の件でしょうか』
猿飛は警戒を顕にしていた。東浦はそれを感じ取り笑みを浮かべる。
「詳しくは話せませんが、あなたのお母さんを知ってます……あと、今携帯から掛けてまして、これ以上会話すると傍受される可能性があるため切ります。田安門の前で10分後、お待ちしてます」
東浦はそう言って一方的に電話を切った。1分を超えるぎりぎりのところだった。
「それで来るか?猿飛駿」
「来る……大丈夫だ」
そう言いながら一向は、既に田安門の近くまで来ていた。車を近くに止めて、歩いて門まで向かう。
「警備隊を連れてくる可能性もあるんじゃないか?」
「……そこは五分だろう。猿飛駿が話の分かる奴かどうかの、判断材料にはなる」
そんな話をしていると、田安門に近づいてくる人影が目に入った。人数は、一人のようだ。東浦たちは、その人影に向き合う。
「……猿飛さん、ですね。先ほどお電話した、東浦です。こちらは、安原、君咲」
安原と君咲も、紹介に合わせて頭を下げる。
「猿飛駿です……東浦さん、どこかで聞き覚えがあると思ったら、以前に弁護を」
「覚えてらっしゃいましたか。正確には、面会で会っただけで、弁護はしていませんけどね」
「それで……用件とはなんでしょうか。あまり長居はできません」
猿飛は周囲を見渡しながらそう言った。相当に警戒している様子が見て取れる。
「はい、単刀直入に言います。舘野卓、という男をご存知ですか」
その言葉を聞いた猿飛駿は、目を見開く。
「舘野……さんがどうされましたか」
「私たち、舘野卓から依頼を受けて、あなたを探しにきています。あなたを見つけないと、殺す、という脅迫まで受けている……ついでに言えば、新宿にあるレストランYAJIMA、他2件の暴行事件の容疑者でもある……暴行の理由は、あなたなんです」
「あの事件……舘野さんが……」
猿飛駿は気を落としたように下を向いた。君咲はその様子を見ながら、思っていた人物と大きくかけ離れていることに違和感を覚えていた。
「東浦さんはご存知でしょうが、私は黄老会の元ヤクザです。こうなる以前の話ですが。当然、この世になって皆死に至って会は消滅したわけですが、私は縁あって警備隊に入ることになりました。そこで……事情は話せませんが、舘野さんの恨みを買うことをしたのは、事実です」
「何をされたんですか」
「それは……言えません。今、挽回を試みているところなんです。舘野さんに、私から直接説明します」
東浦はため息をつき肩を落とす。そして首を振りながら、目線を上げた。
「分かってないですね……舘野はあなたを殺すつもりですよ。そんな悠長なことをしている場合じゃない。正面切って会ったとしても、無駄だ。……私たちは協力すべきです」
猿飛はその言葉に腕を組んだ。無理もない。いきなり現れた三人組に、全てを打ち明けるのはリスクでしかない。ただ、無闇に訪ねてきたわけではないことも現実としてある。それに、東浦が優秀であることは、当時の記憶として残っていた。
「猿飛さん……お気持ちは分かります。会って間もない人間に、裏事情を話したくはない、ということ。ただ、事は非常に複雑です。話をしていただくしか、選択肢はないと思います」
君咲がそう言うと、猿飛は驚くような目をした。
「……そもそも、使えないはずの携帯電話を使っていたり、女子高生を連れていたり、私の母親も知っている……色々と怪しいですよね、あなたたち」
「否定はしません……けど彼女の言ったとおりです。私たちは、協力するしかない。協力するには、打ち明けるしかない」
東浦がそう言うと、君咲が一歩前に出る。
「まずはあたしたちのことを話します……あたしは、縁あってこのお二人と、留守番しているもう一人に救われました。この世界で、あたしは取り残されて死が間近まで迫っていたみたいで。今は真剣に、この世界を再建したいと思ってます。現政府を倒して、正常な世界を取り戻して見せます」
会ってすぐの人間に宣言をした君咲を、猿飛は真剣な表情で見つめる。東浦はその様子を見て、君咲の素性がバレたことを悟った。
「……だから何、と言われそうですね。あなたは、以前は別として、いまは政府側の人間……けど何か問題を抱えているように見えます。舘野さんのような狂犬を生んだことも、それに関係しているはず。きっと、疑問があるんでしょう」
「君は……占い師か何かかい」
「いえ、あなたの目と表情が物語っています……だからここにも一人で来た、仲間を連れてくる選択肢もあったのに、それをしなかった」
猿飛は君咲の饒舌に観念したのか、頭を掻くような仕草をして、口を開いた。
「……一体何なんだ君たちは……いいでしょう。よく分かりませんが、東浦さんの評判だけは、確かなものです。それに賭けます……もう少し奥に行きましょう」
そう言って猿飛は田安門の奥への案内する。それに三人はついていく。
「……私は、警備隊として働いてます。が、その傍ら、政府高官の右腕として、様々なことをしてきました」
猿飛が話し始めると、三人はそれ向き合い、話を聞いていた。君咲にとって、それは少しディープな内容だったかもしれないが、彼女もまた同じように聞き入っていた。内容の濃い話が、5分ほど続いた。
「……いいですか。これはトップシークレットだと思ってください」
「この時代にトップシークレットも何もないですよ……まあ誰かに伝えたりするような真似はしませんけどね。時間もない。ただ、やるべきことは明確になりました」
東浦がそう言うと、猿飛が目線で何かを訴える。
「私もまだ殺されたくはないので……舘野を止めるために、それぞれ役割を全うすることにしませんか。あなたが私たちを信用しているかどうかは別として、利害は一致するはずです……私だって、あなたに全面的な信頼を置いているわけではないですから」
東浦は続けてそう言った。猿飛は目を細める。
「……東浦さん、なぜ私の母を知っているんですか」
「それは少々込み入った事情がありまして、おいおい話すということで……」
東浦は時計を見る。猿飛もその動作に目を移す。
「猿飛さん、それはそうと、そろそろ戻った方がいいのでは」
「ええ、そうですね。これからどうしますか」
「……女性の救出はあなたにしかできません。任せます。私たちはそれを材料に、舘野を説得します。それしかできませんが……何とか狂犬を止められるよう尽力します」
「それは警備隊の一員としても、申し訳ないがお願いしたい」
「その代わり、あなたはあなたの仕事を……これ、私の携帯の番号です。何かあれば連絡を。順調に進むなら、明後日の18時にこの場所に集合で」
東浦はそう言って、猿飛に背を向け安原とともに歩き出した。君咲は猿飛に一礼して、それを追う。
「やるしかないな……」
一人残った猿飛がそう呟く。誰も聞かれないその声には、決意が滲んでいた。
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