第18話

 この地獄以外の何物でもない空気の中で初めに動いたのは九条だった。


「ちょっ、ちょっと待てよ、加奈。どういうことだ?そんな無能なんかに抱き着いて?お前の彼氏は俺だぞ」

「んー?何のこと?私の彼氏は天くん一人なんだけど。ん~、天くん好き好き~」


 その勢いのまま頬ずりをしてくる。


 発言でも行動でも吐き気をプレゼントされる。僕からは白目をプレゼント。……全く、意に介した様子はないが。


 クラスメイトの頭の中を思考解析で読むが全員の頭にもれなくクエスチョンマークが浮かんでいた。


 それは僕の隣に座っている西野さんも例外ではなかった。


「ええっと、上野くん……?どういうこと?ダンジョン内でのあれは何だったの?」


 記憶を書き換えるというのも申し訳ないので、僕は西野さんの耳元で囁く。


「ごめん。今は話せない。全部終わったら話すから。……今は何も言わないでもらってもいい?」


 顔を真っ赤にして西野さんは首をコクコクと振る。


 その僕と西野さんの様子に天くんは私のものなのに頬を膨らませる加奈。怠いからちょっと黙っててほしい。


「加奈……、昨日のこと忘れたのか……?」

「んー?何のこと?」

「……加奈もなのか……?」

 

 襲い掛かる絶望からか顔を歪ませた。


「ハハハハ」


 そんな九条に僕は思わず笑ってしまった。


 味わってくれ、もっともっと。不幸の味を。

 

 九条は飛ぶように僕のそばに来て怒りを堪えきれなくなったようで僕の服を掴む。そして殴ろうとしたところで、辛うじて残っていたのだろう残りの理性を働かせたらしく思いとどまった。ただし代わりに唾が飛ぶほどの勢いでまくしたててきたが。


「おい、上野……。ふざけるなよ。……俺と戦え。公式戦を要求する」

「……」


 ———公式戦、それは一年に一度生徒が好きな生徒に戦いを挑むことができる制度だ。一応、拒否権も存在する。そのためほとんどこのシステム自体が形骸化してしまっている。


 使われるのは同じ女子を好きになった男子が付き合う権利をかけるときくらいだ。二人で同時に同じ女子に告白して返事ももらってないのに戦っていたやつの記憶しかない。……ちなみに最終的にその戦いの勝者も敗者もその女子とは付き合えなかった。人の気持ちも考えられない人とは付き合いたくないそうで。閑話休題。


「……一応拒否権あるんだけど?」

「そんなもの認めない。仮に行使するなら今この場でお前のことを殺す」

「随分と過激だね」

「はっ?お前のやってることの方が過激だろ。それに俺は何をやっても大丈夫なんだ。親が学園長だからな」


 嘘吐くな。ダンジョン内で人のこと殺そうとしといてよく言うよ。僕のやったことと言えば、お前に悪夢を見せて、ダンジョンに置き去りにした後に浮気相手と破局させた。後は僕から奪った加奈のことを僕が奪ったように見せただけだろ。生かしてあげてるじゃん。


 というかうーん。どっちの方が楽しいかな……、それとより九条にダメージを与えられるかな……。


 まぁ、奴が溜めるに溜めた怒りを不発で終わらせてあげたいから時間を引き伸ばすか。


「……いいよ。公式戦で戦ってあげても」

「言ったからな。男に二言はないぞ。……後悔させてやるよ」


 怒りを精一杯押し付けるようにニヤリと笑ってくる。


「それはそっくりそのままお返ししようかな」


「よく分からないけど天くん頑張れー」

「……」


 加奈の僕への援護射撃で九条は歯ぎしりをした。


「時間は明日の放課後だ。精々それまで首を洗ってろ。クソッ、加奈……」


 捨てゼリフのようにそう言い残すとまだ授業を受けていないというのに教室を出て行った。


 分身を飛ばして、九条の様子を見る。


 やつは自分の部屋に戻るとうわああああと泣き叫びながら壁を叩き、落ちていたプリントをびりびりに破り、物に当たっていた。


「あいつのせいだ。全部全部。悠乃の記憶がなくなったのも、加奈の記憶がなくなったのも、そして奪われたのも。そうだ。そうなんだ。無能の癖に……。絶対に奴を殺してやる……うあああああ!」


 見事に全部の責任を僕に押しつけて憎悪の炎に燃えているな……。でもさ、これは復讐なんだから、自分の犯した罪に対して払う代償なんだから現実を目前にして逃げずにしっかりと甘んじて受け入れてくれよな。……そうじゃないなら、いやたとえそうでなくても分からせるけど。




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体調完治したので音速で更新していきたいですが、受験勉強を始めていくのでゆっくりめの更新となると思います。

三日に一度くらいは更新するので……悪しからず……。(詐欺はしない)

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