第5話

「ふぅ……」


 無事に転移できたことに僕が安堵の息を吐くと西野さんがここはどこ?と僕に訊いてくる。


「ダンジョンの一階層。正確には出口前」

「なんでそんな場所に?普通にダンジョンの外に転移とかじゃなくて?」

「いや一応そういうこともできるんだが……、どうしてもその前に話しておきたいことと聞いておきたいことがあったから」

「何?」

「大まかに言うとあそこからの脱出方法とあいつらが仕出かしたこと、そしてこれからの対応についてだ——」


 


 その後全てを話し終えると僕らはダンジョンから出た。視界が急に明るくなる。あっちの世界ではまず聞くことのなかった雀の鳴き声が耳に入ってくる。


 遂に、帰ってきたんだな……。僕は五年ぶりの地球の大地を噛みしめる。地球のにおい、地球の空気。……と言ってもあんまりあっちの世界と変わらないなやっぱり。隣から少しほうけたような声が聞こえてくる。


「本当に脱出できてる……」


 彼女は突然僕に頭を下げてきた。


「上野くん、ありがとう。上野くんのおかげであの絶望的な状況から脱出できました。……上野くんは私の命の恩人です」


 命の恩人……か。前回の世界線でも今回の世界線でも僕からしたら彼女が僕の命の恩人なんだけどな。


「いや、こちらこそありがとう。あそこで西野さんが僕のことを庇ってくれてなかったら間違いなく僕は今ここにいないから」


 いやいや、一人で脱出できたでしょと彼女がぼやいていたがそれは違う。あくまでも彼女が僕のことを庇ってくれたから今の僕がいる。まぁ、そこらへんの事情とかをわざわざ言ったりはしないが。


 そんな平和な会話をしているとダンジョンの警備員らしき人が僕と西野さんの下にやってきた。


「ひょっとして、西野さんに上野くんかな……?」


 西野さんがそれに呑気に返す。


「そうですけど?」

「本物か……。おい、大変だ!出てきたぞ二人が。死んだはずの二人が!」


 そして二十分後、学園長室に秘書の慌てたような声が響いた。


「学園長!亡くなられたと報告のあった二人がたった今帰還しました!」

「何だと……今すぐ二人を学園長室に呼んでくれ。それと彗人と橋下さんも」



 ダンジョンから出てきたところを保護された僕たちはその人の車で学園まで送られて、正門前で並んで校舎を見上げていた。この無駄に大きい校門とかも見るのは久しぶりだな……。


 その内に、名前とかはすっかり忘れてしまった教員が来てその教員に誘導されて僕たちは学園長室に入る。


「失礼します」


 僕らが入ったとき学園長は椅子から立ち、腕を背中に組みながら何かを思案するように窓の外を眺めていたが、すぐに穏やかな顔で、いや少し声に険しさが残っていいたが、着席を促した。


「……まずはよく戻ってきた。それは素直に喜ぼう。……だがどういうことだい?私は二人が亡くなったと聞いていたのだが」


 予めダンジョン内でしておいた打ち合わせ通り、ここは西野さんが答えた。


「転移石を使いました」

「転移石?なんでそんなものを君たちが」


 その質問を遮るように学園長室のドアが叩かれる。


「失礼します。何でしょうか、学園長?なっ、なんで、お前らが!」


 僕たちが生きて戻ってくるとは本当に毛頭思ってすらいなかったのだろう九条にニヤリと僕は意趣返しの意も込めて笑ってみせる。


「なんでって普通に脱出したからだよ」

「いや、だからどうy」


 僕と九条がドンパチ始めようとするのを学園長が遮る。


「橋下さんはどうした?」

「……もうすぐ来ると思いますけど」

「それなら先に君に説明を求めよう。どういうことかね?私は上野くんと西野さんが亡くなられたと君から聞いたのだが。パーティーリーダーとしての誠実な説明を求めよう」


 なるほどね……。今までの色々な人の反応から薄々察してはいたが僕らはやっぱり殺されていたわけか。


「そっ、それはその……ゴブリンの群れに囲まれて死んだと思っていて」

「ということは亡くなられた現場を見ていなかったんだな。それなのに勝手に決めつけたと」


 そこで話を区切り、学園長は九条を睨みつけた。


「ふざけるな!どういうつもりだ!」


 ほぉ……。僕は思わず感嘆の息を漏らしてしまった。思いの外、学園長の言葉には怒気が込められていたからだ。


「お前のやったことは虚偽報告かつ救える人を見捨てる行為だぞ。生きて帰ってきてくれたからいいものの、リーダーとしては失格だ!」

「……」


 九条は屈辱からか唇を嚙んでいる。いい気味ではある。ただここら辺で助けておかないと僕のは果たせなくなるので間に入りに行く。


「まぁ、生きて帰ってきたからいいじゃないですか。……これからは気を付けてほしいですけどね」

「!」

「……上野くん。そうじゃないんだ。確かにそうかもしれないが何かがあってからでは遅いんだ」

「そうかもしれませんが、あの状況では仕方ないと思いますよ。僕たちはバラバラでしたし」


 密かに思考解析を試み、頭の中を読んでいたおかげで九条の組み立てていたストーリーを把握できた僕はそれに乗っかる形で学園長を畳みかける。


「そうだったのか……うーん」


 悩み始めた学園長を尻目に九条をチラッと見る。


 状況の進行に頭がついていかないのかすっかり混乱している様子だった。


 そりゃそうだよな。自分が殺そうとした男にフォローされてるんだからな。


 正直、僕自身あまりこういうことはしたくはない。ただ、これには深い事情がある。


 おそらく僕がこの場で九条に彼女を奪われたと話をしても、学園長が他人の交友関係などを把握しているとは思えないし、まだおそらく僕から奪ったとはいえどもあの事件から一時間ほどしか経っていないのでそのことは周知になっていないだろうから、信じてもらえないだろう。


 仮に僕が自白魔法とかを使って、信じてもらえたとしてもそれ自体は𠮟責で済みそうだし、更にそこから僕の心を殺そうとしたことの立証ができて、実際に僕とそれに巻き込まれる形で西野さんを殺そうとしたことも証明できたとしても僕にとっては無意味だ。


 その理由は単純、九条に下される処分だ。学園内での事件について決定を下す総責任者は学園長。つまり実の父親が判断を下すわけだ。それではどう考えても重い罪になりそうもない。精々、退学。


 僕はあくまでも自分の手で奴を苦しめたい。ありえないことだが仮に死刑とかになられてもそれは自分の手で復讐できないので全く意味がない。


 だからここは僕は敢えてダンジョン内で起きたことについて何も言わないし、フォローもしてやる。


 ただもちろん黙ってフォローだけをしてやるわけではない。しっかり自分の行動の責任くらいは取ってもらわなくちゃな。


悪夢ナイトメア


 僕は僕のされたことをそのまま返す。まずは彼にもNTRれてもらいますか、。——精々足掻いて苦しんでくれ。

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