第4話
あー、どうしよ……記憶消しちゃうか?いや、流石に消すほどでもないか。僕がいくら無能とはいえども一応回復術士だぞ?多少疑われたとしてもちょっと回復力が強くなったぐらい適当に誤魔化せる気が……。
「ってことはこれって現実……?私ってひょっとしてまだ生きてたり?」
うん?話が妙な方向に逸れていってるな……と思いながらそうだけどと僕は首を縦に振る。
まさか……と彼女は続ける。
「……上野くん、私の言ったこと覚えてる?」
「?……ああ確か……、最後に聞いてほしいことがあるの。あのね、私、あなたのことが、上野くんのことが好き。その何事にも一生懸命なところも……、優しいところも、笑っているときの顔も、全部全部好」
「キャアア!なんで一語一句違わずに覚えてるの……」
彼女はどうやら自分で言った言葉を僕に言われて照れたらしく、聴覚強化でも使っていたら、ボンっとか音が鳴っていたのが聞こえそうだなと思うほど勢いよく顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「……なんでと言われましても」
あんなセリフ二回も言われれば覚えちゃうし、そうじゃないとしても記録魔法に残ってるからな……。カンニングし放題だ。
「殺して……」
「……いや、多分そんなこと言ってる場合じゃないと思うんですが」
ほらっと僕は指を通路に向けて指す。
その先には僕を殺してくれた、おそらく彼女の悲鳴に反応して寄ってきたのだろうゴブリンの群れがいた。
僕は先程
面倒だな……。とっとと消しておけばよかった。僕は復讐を終えるまでは確実に自分の能力を隠しておきたかった。何故なら、奴らは“探索者養成学園一の無能回復術士”ごときに屈しなければならない。自分たちが下に見ていた人物から逆襲を受けるほど、屈辱的なことはダメージを受けることはないからだ。
そのため、僕はここで力を使えない。更におそらく西野さんだけではこの数は処理しきれない。さぁ、どうするか……。思わず僕は考え込んだ。
彼女は僕の指の先を見て顔を青くすると、僕とゴブリンの群れを交互に見て、そこで覚悟を決めたように僕の手を握った。
「上野くん、逃げて。私が時間を稼ぐか……ってちょっと上野くん!?」
唐突にあの画像が頭の中にフラッシュバックされた。「ここは私が引き受けますから。どうかお逃げに!天さん!」といった直後に魔王軍の幹部の血の槍に刺されて死んでいった彼女の画像が。
その言葉に僕は気付いたら突き動かされていた。
彼女の言葉を無視して手を振り解き前に出た僕に彼女は手を伸ばしてくる。僕はそれを躱す。
さっき、西野さんは自分で「あなたから転移石を奪って全員で脱出する!」って言ったのに、今度は自分を犠牲にしようとするんだな。
そっくりだよ。僕があっちの世界に転移した初期の、力を使いこなせていなかった、まだ人のことを信じられなかった時代の僕を襲った魔王軍幹部とその攻撃を自分の体を盾にして死んでいった彼女に。
僕は奴らへの復讐の願いだけではなくあの事件があったおかげでここまで強くなれた。
その力を出し惜しみしている場合か?記憶なんて今度こそ消してしまえばいいだろ。
「……斬れろ」
目の前にいたゴブリンが悲鳴をあげる暇も、斬られたことに気付く暇もなく僕から飛ばされる斬撃に斬り刻まれて絶命していく。
「えっ?凄い……」
彼女がボソリと漏らした言葉に思わず嘆息を漏らす。やっちゃったな……。
苦笑いを彼女に向ける。彼女は首を傾げた。
「強くなったの?」
異世界に行ってきたなどの突拍子もない話は信じてもらえないだろうから、一番ありえそうなことを言う。
「……僕の中に眠っていたものが覚醒したんだ」
そこで僕は一呼吸を挟み、同時に
「この能力について黙っててくれないか?……なるべく君の記憶を消したりはしたくない」
「うん!いいよ」
俺の少し脅しじみた言葉に対する彼女の言葉に
「そうか……ありがとう」
それがわかった以上今無理をしてまで、変なところまで消えてしまうかもしれない記憶消去魔法を使う必要はない。ただ、それでは不安だったのでもう一つの魔法で一方的で申し訳ないが宣言したことを破れなくする魔法をかけさせてもらった。要は保険だ。
「えっ、それだけでいいの?言うだけで信用しちゃって」
「……ああ」
ゴブリンの落としたドロップ品を適当に回収する。こっちの世界でこれだけ回収できたのは初めてだな……。どれくらいになるんだろう?
「もういいや。面倒くさいし時間の無駄だからとっとと脱出するぞ」
「え?どうやって?水も食料もないのに?出るのには五日かかるんだよ?」
「
「転移石持ってるの?」
駄目だ。ついついあっちの世界を基準に考えてしまうがこっちの世界では適当に魔法が使えるのが普通ではないんだ。
「でも覚醒したんだもんね。それで何か使えるようになったってこと?」
「まぁ、そんな感じだ。じゃあ、いくぞ。ちょっと時間かかるっていうのと酔うかもしれないから目を瞑ってて。——
さぁ、待ってろよ。お前ら。殺せたと油断しているところに俺らが還るぞ。
——そして同刻、探索者養成学園東京支部学園長室。
そこでは二人の男が対面していた。一人は学園長、そしてもう一人はパーティーメンバーを不慮の事故で失ったパーティーリーダーの九条。
ダンジョンから九条が二人で帰還したことにすぐに報告が上がってきたので、対応は早かった。
すぐに証人召喚。そこからの事情聴取。そして、今に至る。
「彗人。上野くんと西野さんがモンスターによって亡くなられたと報告が上がってきた。本当か?」
「ええ、学園長。事実です」
「聞けば、ゴブリンの群れだったとか。彗人のパーティーなら突破できたのではないか?」
「はい、でしたがちょうど夜営の準備を行っていてバラバラだったので各個撃破されてしまい……」
「そうか……。間違いなく亡くなられたのか?」
「ええ」
その言葉に堂々と頷く九条。それに対して——。
「馬鹿野郎!一週間の謹慎処分だ!」
「そんな父さん!?」
「学園内では父さんと呼ぶなと言ったはずだ!それにこれでも軽い処分だ。気が変わる前に早く出ていけ」
その強い言葉に九条は静かに俯いて学園長室を出ていく。
再び静かになった学園長室に溜め息と一つの言葉が響く。
「すまない……。雄志郎、結良さん。……君たちの息子を守ってやれなかった。あの馬鹿息子を信じて任せた私が馬鹿だった……」
椅子に身を任せていた学園長は静かに黙祷をすると後処理に動き出した。秘書を呼び出し簡単にこれからについて伝える。
「西野さんのご両親にご連絡を。それと、上野くんには確かダンジョン病の妹がいたな。——その代金は私が負担すると、病院に」
「……かしこまりました。学園長」
秘書が一礼して出ていったことでまた静まり返った部屋に声が響く。
「私がもうしてやれるのはこれくらいだ……。愚かな私を許してくれ。二人とも」
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