第3話

 ん?今日からパーティ追放ね?


 今、僕の目の前ではニヤニヤと九条が笑っている。


 ちょっと待った。これは……僕が九条に全てを奪われる最初のシーン?僕はてっきりゴブリンたちに嬲り殺されるシーン、もしくはその五年後の世界に戻されると思っていたのだが……。


 いや女神さまの厚意だと思い、素直にこれは頂いておこう。女神さま、時を戻してくださりありがとうございます。これで俺を庇ってくれた西野さんの命を救える……。救えるよな……?


 一応、不安になったので女神さまにお願いしたことがしっかりと叶えられているかどうか確かめた。静かに誰にも気付かれないようなそれでいて手頃な魔法を起動する。


「……探知サーチ


 しっかりと魔法は発動してくれた。付近100mにスライムに、ゴブリンの群れと……。あいつら、俺を殺した奴らか……。うん、あとで倒しておこう。


 俺が魔法の発動の成功に内心ガッツポーズをしていて返事を返さなかった間にもいつの間にか話は進んでいた。あまりの衝撃で僕が何も言えずにいたのだとでも思ったのだろうか?


「お前、聞けばまだキスすらしたことなかったんだって?お前のカノジョ、いや元カノの初キスもらったから。ああ、それとも。ってことで俺が加奈貰っていくな」


 一度経験したことのはずなのに、聞けば聞くほど、見れば見るほど僕の心の中で燃える憎悪の炎は勢いを増す。僕から全てを奪おうとしている男にも、僕が何も言わなかっただろうか、何も言わずにただただ甘い蕩けた顔でキスをしながら隣に立っている加奈にも。


 だが、拳を固く握りしめるだけで僕はこの殺意も吐き気も堪えた。


 別にここで九条と加奈を斬り殺しても焼き殺しても、文字通り煮るなり焼くなりしても良かった。勇者としての力が僕の手元にはあるので、間違いなくこの場で一番強いのは僕だったから。ただ、僕が二人のことを殺してしまえば間違いなくそれは問題化する。


 それは僕はあくまでも“探索者養成学園一の落ちこぼれ回復術士”だから。そして、さらに九条自身がこの学園の学園長を務める親を持つのだから。おそらく自分の息子が死に、他のメンバーが生きて帰ってきたとなれば、僕のような無能など腹いせで簡単に退学にさせられてしまっておしまいだろう。それは僕にとってもかなり困る。


 探索者としてダンジョンに潜るには探索者養成学園に在籍中、もしくは卒業したという証が必要という死亡率を下げるために政府によって導入された規則があるからだ。この力があっても世界の規則には縛られる。まぁ、最悪学園長自体を魔法で洗脳してしまえばいいのだが、流石にそれは僕の良心が咎める。その息子に罪があるとはいえども、またそれを育てたといえども、やった本人ではないので親は関係ないしな。


 あくまでも復讐を、制裁を与えるのはダンジョンを脱出した後。それも合理的な方法でだ。


 そのうちに、西野さんが前回と同じようにやってきた。このあと、西野さんが斬られるのを僕は知っていたが、止めもせずに傍観していた。やろうと思えば、西野さんが勝てるように身体強化などをかけるとか、斬撃無効を付与するとかがあった。だがしかし、これらはどれも奴らに訝しがられてしまう。そのため、俺は下手に動けなかった。僕は心の中で静かに西野さんに全裸土下座をする。せめてもと痛覚軽減を静かに唱えて付与しておく。


 彼女が斬られて血しぶきをあげながら倒れた。


 僕は彼女の前に立ち彼女を庇う。


 そんな僕と彼女を九条が殺そうとするが、それを加奈がとめると奴らは恐ろしいまでに前回と同じように転移石で脱出していった。


 僕は急いで彼女のもとに駆け寄る。痛覚は多少軽減されていてもその間に血は彼女の体からどんどん失われていっているからだ。最悪、蘇生という方法があるがこれは自然の理に背くことになり、僕にかなりの負担が、それも普通に僕が死に至るレベルでかかるのでなるべく避けたかった。


完全回復パーフェクトヒール


 彼女に付いていた傷が跡形もなく消えていく。


 ついでに切れてしまっている服も直しておく。前回救えなかったからだろうか?元通りになっていくのを見て少し感慨深いものを感じた。万能型勇者としてあっちの世界でもこの魔法はかなり使ったはずなのだが……。


 そうして一仕事したとばかりに彼女にかざしていた手をどけようとしたとき唐突に手を掴まれた。


 ここからは俺の知らない、経験したことのない世界線だから何を言われるのか分からず僕は思わず身構えた。


「……最後に聞いてほしいことがあるの」

「……」


 ……最後?


「あのね、私、あなたのことが、上野くんのことが好き。その何事にも一生懸命なところも……、優しいところも、笑っているときの顔も、全部全部好き。……ああ、やっと言えた。良かった」


 ああ……はい。知っています。それ全く同じセリフで前回も聞きました。


 彼女はそう微笑みながら言い切ると体を起こし、僕の胸に頭をくっつけた。


「あったかい……じゃあね。生き延びて……」

「……」


 ???


「……ええっとあの、本当に申し訳ないんだけど、恩人をそう簡単には死なせしないと思う。傷治しちゃったし」


 この永遠の別れを惜しむというかなんというか分からないが、とにかくこの空気を壊すのは忍びなかったので付き合っていたが、本当に死なれては困るので茶番を終わらせようと僕が半ば呆れ顔になってそう告げると静かに目を閉じていた西野さんは目を開いた。


「……えっ?」


 彼女は恐る恐るといったふうに自分の体に触れた。それで傷が本当になくなっていることに気付いたらしく首を傾げた。


「私、斬られてなかった?」

「斬られてましたね」

「なんで傷ないの?」

「僕が治したからですね」

「上野くんが?」


 僕はここでようやくなんで彼女が先ほどからこんなに疑問符に溢れているのかを悟った。


 あくまでも無能だったわ、僕。さっき自分で言ったのに忘れてた……。

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