第16話 浩哉の過去

「痛い!痛い!ごめんなさい!もうやめてぇ!子供も見てるのよ!」


「うるせぇ!誰の金で生活してると思ってんだ?俺がどれだけ酒を飲もうがてめえに関係ねぇだろうがよ!」


子供の目の前で男は、女を何度も殴り、蹴り飛ばす。


子供の名前は佐藤浩哉。男は浩哉の父親、女は浩哉の母親だった。


浩哉の父は酒を飲むと暴力的になる、いわゆる酒乱だ。


外に飲みに行けば、周りの客を殴って警察に捕まり、家では母に暴力を振るう。


母のように殴られたくない....幼い浩哉は殴られる母を震えて見ている事しか出来なかった。


だが、小学校一年生になったばかりのこの日、浩哉は初めて父に反抗した。


「やめて、お母さん痛いって言ってるよ....!」


母を守るようにして浩哉が父の前に立ちはだかる。


「なんだ?浩哉、一丁前に.....カッコいいなあ!お前!」


浩哉の父は大声で笑いながら言ったが、その目は笑っておらず、顔は紅潮し、血管が浮き上がっている。


「そうだ!そういえば浩哉泳げないって言ってたよな?今からお父さんが泳ぎを教えてやるよ!」


浩哉は以前、水泳の授業で上手く泳げない事を父と母に相談していた。


父は浩哉の髪の毛を掴むと、無理矢理風呂場に連れて行った。


「やめて!痛いよ!お父さん!」


「まずは1分な?」


「何言ってるか分かんないよ!怖いよお父さん!」


父は浴槽の蓋を開けると、浩哉を頭から浴槽の中に無理矢理沈めた。


「やめでぇ!おとうさ.....ゴボォ.....!」


「1...2...3...」


「ブク...ゴボボォ...」


「11...12...」


「ゴボ!ゴボゴボォ.....!ゴボボォォォ!」


父が手の力を緩めると

浩哉はパニックになりながら水から顔を上げた。


「苦し....ゴボォ...はぁ!はぁ!」


「たった12秒かよ?はい!もう一回!」


「嫌だぁ!...ゴボォ....ブクブクォ.....」


父は再度、浩哉を無理矢理浴槽に沈める。


「あなた!もうやめてあげて!私の事はいくら殴ってもいいから!」


「うるせえ!黙って見てろよ!プールの練習なんだからよ!」


父は何度も繰り返し、飽きるまで浩哉を浴槽に沈めた。


が終わり、泣きじゃくる浩哉を母は抱きしめた。


「ごめんね.....ごめんね浩哉.....。」


顔を水につける事すら苦手な浩哉にとっては、それは地獄の拷問のようなものだった。


その日を境に、父は浩哉にも暴力を振るうようになり、浩哉が反抗すると浴槽に沈めたり、押し入れに閉じ込めた。


側からみたら酷い父親だろう。


しかし、浩哉の父親は酒さえ飲まなければ、休日には家族をディズニーランドや遊園地にも連れて行ってもらったりもするような、至って普通の父親だった。


どんなに殴られてもお風呂に沈められても、押し入れに閉じ込められても、父との間に楽しい思いでがある限り、幼い浩哉にとってはやはり父親なのだ。


だが.....小学校3年生のある日の出来事をきっかけに、浩哉は父を父と思う事は無くなった。


思い出したくもない、あの日の記憶は。


大切なものを失った、あの出来事は。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕は花を飾らない 八尋 @yahiro816

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ