第24話 少女は新たな旅へと

 ――あの後。

 いつの間にか逃げ出した貴族に苛立ったり、街に戻り怪我人の治療なんかをしていたらあっと言う間に時は流れていった。


 そして、


「行くのかニィナ」

「うん。カヴェル、お世話になりました」


 自分がまだあの貴族に狙われていると知ってしまったニィナは、街を出ていくことを決めた。

 俺はそれを止めることも説得もしない。

 ニィナが決めたことなら、どこへ行こうと俺は俺なりにこの子を守るし、なんだってすると決めている。


 ちなみに、死にかけていたアレクくんだけど、あれこれと手を尽くして今は絶対安静中。

 なんとか生きている状態だ。

 《権能》の力で強引にニィナの神官の力を高めて、高位の回復術を施すことで命を取り留めることができた。


 ……そのおかげで、俺はペナルティを食らってるけど。

 無茶ってするもんじゃないね。身の丈に合わないことをしようとすれば反動はつきものって学んだよ。


 今、俺はニィナのことを見守り、声をかけることしかできない。

 もちろん、心を見透かすことも、体に“憑依”することもできなかった。


 ……それでも、ニィナはきちんと現実の存在だと思えるのは幸いか。


「それじゃ、行くね」

「ああ。元気でな」


 あっさりとした挨拶をかわし、ニィナは街を出ていく。

 次はどこに行こうかと、カヴェルたちからおすすめしてもらった街の一覧を眺めながら、ニィナは考えている。


「……神様」

『ん? なんだ?』

「わたし、がんばって強くなるから。神様に頼らないくらい強く」

『それはそれで寂しいけど……』

「そうしたら、もう誰も傷つけなくて済むよね?」

『…………』


 あの戦いで受けた心の傷は根深い。

 ニィナは過剰に自分のせいで誰かが傷つくことを恐れるようになり、他人を遠ざけるようになってしまった。


 もう心は分からないけど……きっとニィナの心は、恐怖でいっぱいなのだろう。


 表面上で取り繕ってはいるけど、いつまた襲われて巻き込んでしまうのか怖かったに違いない。


『そうだな。じゃあそのためにも、次の目的地を決めないとな』


 とりあえず、俺は話題を変えることにした。

 こういうのは時間をかけて癒していくしかない。


「……うん、なるべく人のいないところがいい」

『いっそ山籠もりとかしてみるか? 強くなる定番だし』

「あ、でも、人がいないと神様が封印されてる場所が分からない……どうしよう」

『それは……まあ、そのうちでいいよ』


 そういえば、そんなこともあったね。

 最近は、どうでもよくなっていたよ。

 おかげで、返事があいまいなものになってしまった。


「そうなの?」

『ああ。今はまだいいよ』

「じゃあ、いつ? いつになったら、わたしは神様に恩返しできるの?」

『さあなー……とりあえず今は、ニィナが元気に笑ってくれるほうが嬉しいよ』

「? そんなことでいいなら、いくらでもするよ?」


 ニィナは俺の言葉を聞いて、ニィーと笑ってみせる。

 心を見透かせたときからそうだけど、ニィナは俺にものすごく感謝している……それは、心が分からなくても伝わってくるほどに。


 そのニィナの感謝の念を俺は素直に受け取れずにいる。

 確かに俺がいなければあのまま奴隷商で一生を過ごしていたかもしれないけれど、俺が持ち込んだ厄介ごととか、ニィナの体を勝手に使っていることへの罪悪感はぬぐえない。


 ……結局、俺は何なのだろう。

 何がどうなって、こんなことになったのか。

 記憶もなければ、自分の存在すら曖昧で……こんないたいけな少女を利用して、あの白い部屋からの脱出を目指している。

 自分勝手な野郎だ。


「……神様?」

『いや、とても素敵な笑顔だよニィナ。ありがとう』


 でも、俺がしたいことならハッキリとわかる。

 この子が俺のことを『神様』と呼ぶなら、俺はそう振舞いたい。

 この子がつまづけば手を指し伸ばし、悩みがあるなら解決する。


 そうすることが、罪悪感を誤魔化すものだとしても……俺は、この子の神様でありたい。


「……どういたしまして?」


 そして、この無垢で純粋な少女を守ること。

 辛くて苦しい過去を忘れさせるくらい、幸せな未来を創ることが俺の望みだ。


 それを叶えるためなら、俺はどんな悪意にだって立ち向かえる気がする。

 こんないい子が、悲惨な目に遭うところなんて誰も見たくないに決まっているのだから。

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ケモ耳っ子な奴隷少女の神様 ~記憶のない俺が可哀想な女の子から神様扱いされる~ 天兎クロス @crossover

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