第23話 旅立ちへのカウントダウン(7)
魔術士は相変わらず《念力》が見えているかのように避ける。
やっぱりどうあってもこの攻撃じゃ決定打にならない。
それを相手も分かっているのか、冷静に距離を取り魔術で攻撃を仕掛けてくる。
(ちっ……)
内心で舌打ちをしつつ、《念力》でその魔術をはじく。
せめて口が動けばこちらも魔術で対抗できるのだけど、身じろぎ一つも取れないこの状況で詠唱する隙なんてあるわけがない。
……いや、俺が“憑依”を解除すれば魔術は使えるか。
身動きできないこの状況では、憑依してるかしてないかなんて大差ないだろう。
俺はそう思い、“憑依”を解除し――
『くらえ!』
「なっ!?」
火の魔術を放つ。
突然、体に火が付いた魔術士は動揺を見せ、火を消そうと頭上に水を生み出し、頭から被る。
しかし、消されまいと俺も力を込めるも……火は水に勝てずあっさりと消化された。
「……驚きましたねぇ。まさか雰囲気が変わったと思えば、突然発火するとは」
取り繕ったかのように落ち着いた声で状況を話す魔術士はやはり強敵だ。
けれど、この回避不可能な俺の魔術が有効であると、今の魔術士の行動で把握した。
付け入る隙があるのは喜ばしい。
……それにしても、多種多様な魔術を使いこなし、こちらの身動きを封じる切り札を持つこの魔術士。
この世界に詳しくない俺がいうのもなんだけど、めちゃくちゃ優秀じゃね? こいつ。
ある程度溜めが必要とはいえ、問答無用でこちらを拘束してくる魔術なんて、俺みたいな例外がいなければ抜け出せないんじゃ……。
なんで、あんなクソみたいな奴に雇われているんだろう……やっぱり、金払いがいいのだろうか? 世の中、結局金だし。
「突然、名状し難い雰囲気を纏ったかと思えば元の無垢な少女のように振る舞う。それに今の発火魔術……一人の魔術士として興味が尽きませんねぇ」
くくくっ、と怪しげな笑い声をあげる魔術士は手を振りかざし、薄い水の膜で体を覆う。
その程度の防御で俺の魔術を防げるとは思えないけれど……それなら体が燃えてもすぐに消火ができるかもしれない。
試しに魔術を使って、通じるかどうかやってみたいけど、そう何発も気安く使えるものじゃないから無駄打ちはしたくない。
……さて、これで魔術という手も封じられてしまった。
奥の手として温存しておきたい以上、魔術は使えないも同然。
となると、残るのは《念力》くらいなんだけど……これは消耗戦になるなー。
《念力》もたいして通用しないし、接近戦も小出しされる魔術で簡単に対処されてしまう。そもそも動けないし。
なら、あちらの体力か魔力かが尽きるまで抵抗し続けるだけ。
さすがに魔術士だって人間だ。
長い時間、戦っていればいつかは疲れてくるはず。
こっちは“憑依”している間は疲れを感じづらいし、回復もできる。
俺がやろうと思えば、それこそ何日だって寝ずに戦い続けることだってできるはず。
……問題は、それでニィナの体が無事に済むのか……だけど。
ゲームのキャラみたいに、無限に動かせるわけじゃない。
きちんと現実に生きる肉体は必ず消耗する。
それは、ニィナだって例外じゃない。
でも、まあ他に手はないし、やるしか――
「――うぉらあああ!!」
――と、諦めに似た消耗戦を覚悟していた俺の耳にそんな叫び声が聞こえてきた。
声の正体は、火傷を負って動けずにいたアレク。
彼は剣を構え、魔術士の背後から切りかかろうとしていた。
「なぜっ!?」
切り札の動きを封じる魔術を使い、俺以外に敵はいないと油断していた魔術士はその奇襲に対して反応が遅れてしまう。
おそらくアレクはぎりぎり、魔術の範囲外にいたのだろう。
それで動けるようになり、魔術士に奇襲をかけようと身を潜めていた。
完全なる予想外に魔術士はかなり慌てた顔をしており、背後にいたアレクの方を見ている。
アレクはそのまま、上段から剣を振り下ろす。
「――ッ!?」
そのまま声にならない悲鳴が上がる。
……それは、魔術士ではなくアレクの声だった。
奇襲は完全に決まっていた……それでも魔術士は手ごわかったのだ。
とっさに発動した魔術により、アレクは再び火に焼かれる。
奇襲は失敗してしまう。
「ぐっ――!?」
「へっ、一矢……報いてやったぜ……ニィナ」
けれど、俺は魔術士がアレクに気を取られた瞬間に《念力》を伸ばし、魔術士の喉を押さえることに成功した。
魔術士はその細い腕で《念力》をはがそうとするが、俺はもう二度と放さないという勢いで力を強める。
「あっ、がぁ――」
喉が締まり、息ができないのか魔術士の顔色は真っ青に染まっていく。
それでも必死にもがこうと、何かの魔術を俺に放とうとするが……ポキリ、と首の骨を折り、魔術士は力尽きた。
「ふぅ……」
体を拘束していた魔術も解かれ、ようやく動けるようになった。
魔術士は確実に死んだ。
……でも念のため、魔術で体を燃やしておこう。
魔術士の死体を燃やしはじめ、身じろぎひとつしないところまで確認し……俺は、その場を離れ、アレクのところへ向かった。
「……《
奇襲に失敗し、全身を焼かれてしまったアレクに治癒を施す。
気休めにしかならないそれは、アレクの体を癒すことはできなかった。
息もか細く、皮膚はただれ……近くに寄らなければ焼死体と見間違ったことだろう。
「……はぁ」
死に体のアレクを見て、俺はどうにかしようとは思えなかった。
あの白い部屋に戻り、いろいろと探せば助かる手段は見つかるかもしれないけど……そこまでしたいと思うほど、俺は別にアレクのことなんてどうでもいい。
けれど、だ。
アレクがいなければ、このままニィナの体はボロボロになってしまっていただろう。
何より、このままニィナがアレクの死体を見れば、確実に自分のせいだと責める。
それは困ると俺は“憑依”を解除し――。
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