第22話 旅立ちへのカウントダウン(6)

「なるほど、やはりあなたは先ほどと様子が違うようだ」

「おい! 下がってろ! ――くっ」

「おやおやぁ、余所見とは寂しいですな!」


 カヴェルがこちらに意識を向けたところを魔術士の攻撃が襲う。

 さっと手をかざすと、魔術士の手に氷のつぶてが生まれカヴェルのほうへ放たれる。

 間一髪で避けるけれど、右腕にかすってしまい手傷を負ってしまっていた。


「《回復術ヒール》」


 すぐさまニィナの力でカヴェルを癒す。


 そのまま《念力》で魔術士の足をつかもうと伸ばし、俺は棍棒を振りかざして近づいた。


 どうせバレているのだから、《隠匿》は使わずに速度重視で差し向ける。

 俺もそれに追従する形で魔術士に向かっていく。


 あと少しで足をつかめる――けれど、魔術士はあっさりとかわしてしまう。


「厄介な力です……しかし来るとわかっていれば!」


 けれど、これは想定内。

 本命は神官の力で強化した身体能力で一気に距離を詰めて放つ棍棒。

 急に加速した俺を見て魔術士は慌てふためいた。


「なっ!?」

「くらえ!」


 《念力》を警戒し、足元に注意を向けて俺への警戒が薄くなっている。

 そこを狙い、魔術士の頭に渾身の一撃をお見舞いしてやった。

 見えない力ばかりに意識をさいていたため、完全に決まったと思っていたのだが……


「ッ……! 《盾》!」

「ん?」


 魔術士は短く何かを唱え、薄水色の盾を頭上に展開。俺の攻撃を防ぐ。

 その魔術の盾に塞がれて棍棒を叩きこむことはできず、硬直した隙を突かれ、腹に蹴りを入れられてしまった。


「がっ――」


 みぞおちに入ったのか、ほんの少し呼吸が苦しい。

 攻撃が決まったと油断していたため、かなりダメージを負ってしまう。


「……やはり、何か嫌なものを感じますねえ。仕方ない、本気といきましょう」


 そうして先ほどまでの余裕そうな態度は薄れ、少し後ろに下がり魔術士は手をかざした。

 俺らから距離を取り、魔術士は何かをしようとしている。


 ――魔術の詠唱だ。


 接近戦で、発動までの時間が短いものばかりを使用していたため忘れていたが、魔術士というのは通常、距離を取り、深い集中力と詠唱によって必殺の一撃を放つものだと冒険者講習で教わった。


 今まさに、敵の魔術士がやろうとしていることそのもので、このまま放置すれば何かやばいものが俺たちを襲う。


 だが、逆にそれは好機だ。

 今、魔術士には味方がいない。


 詠唱中の魔術士を仕留めるのは容易いと、先ほどまで魔術士にいいようにかわされていた冒険者たちは一気に距離を詰めようと駆け出す。

 おとずれた機会を逃すまいと駆け寄るが、魔術士から不気味なオーラがただよい足がすくむ。


 何か触れてはいけないものがそこにはあると、冒険者たちの生存本能を刺激した。


「まずいっ」


 しかし、俺だけはその恐怖を感じるものの、足がすくむことはなく突き進む。きっとニィナの体を通してこの現実を感じているせいだろう。

 他の人よりも鈍感なのだ。


 けれど……先ほどの腹蹴りのせいで出遅れた俺が間に合うはずもなく、魔術は完成する。


「――《呪縛カースバインド》!」


 詠唱が完了し、魔術士は魔術を発動。

 真っ黒なオーラが放たれ辺り一帯を包み込む。

 一瞬だけ視界がふさがれ、すぐさまに奇襲を警戒し聴覚に集中する。


 ……けれど、魔術士が動く気配はない。


 そのまま何事もなく真っ黒な視界は晴れ、そしてその違和感に気づく。


「――っ、――っ!」


 声が出せない。

 それだけじゃない。体が動かすことができなかった。


 爪の先まで石になってしまったかと思うほどに、体の自由が利かず……かろうじて呼吸はできるものの瞬きひとつすら許されない。


「はァ……これ、疲れるからあんまり好きじゃないんですよねぇ。ま、それ相応の効果はあるんですが」

「よくやった魔術士よ! ふはは! こんなに強力な魔術ならさっさと使っておればよいではないか!!」

「言ったではありませんか雇い主。疲れるのでいやですよ」


 機嫌がいいのか、大声を不快にまき散らすデッブーカ。

 魔術士は息が少し荒く、かなり消耗しているように見える。

 しかし、勝ちを確信しているのか先ほどよりも余裕そうに笑みを浮かべていた。


 ……実際、こちらは動くこともできずに見ることしかできないから間違ってはいないのだけど。


「ふんっ、まあ良いわ。これであの獣を手に入れることができるのだからな!」


 ニィナに近づき、デッブーカは無遠慮に顔をつかんで目を合わせる。

 腐った性根をよく表しているかのように濁った目が、気持ち悪くてたまらない。


「貴様にはさんざんしてやられたからなぁ……どう可愛がってやろうか……」

「…………」

「ちっ、可愛げのない獣め」


 どんっ、と動けない体を押され地面に倒れこむ。

 そのまま服従させられるように足で腹を踏まれ、少し息苦しくなる。

 デッブーカに見下され、本当に獣のように雑に扱われるその様は本来なら死にたくなるほど屈辱でたまらないのだろう。


 ……だろう、というのは俺がこの状況をあまり正しく現実だと認識できていないからだ。


 ほんと、意識があるのが俺でよかった。

 多少はいやな気持ちになるけれど、きっとニィナ本人よりかはマシだろう。


 ゲーム画面の向こう側の存在のように感じているうちは、きっと本当の意味で不快にはならない。


「その人を舐め腐った態度もいつまで持つのか、今から楽しみで仕方ない。――燃やされて失った利益の補填、貴様の一生で償えるものと思うな。生きてきたことを後悔するほどの苦痛と屈辱を与えてやる」


 ……いやぁ、ニィナを逃がすためとは言え、建物を燃やすのはやりすぎたかな。

 ここまで面倒なことになるとは思わなかった。

 幸いなのは、この不愉快な状況をニィナが味わわずに済んでいることと――


「……では帰ると――ウボァ!?」


 ――体を動かす必要のない行動は邪魔されないことかな。


 ニィナから足をどけ、帰ろうとするデッブーカを《念力》でつかみ転ばせる。

 体は動かせないけれど、それはニィナの体であって俺の意識そのものは何ともないのだから、別に不思議なことではない。


「こ、この獣風情め! 『我に逆らうな』!!」

「……?」


 転ばされ憤慨するデッブーカから変な感覚が飛ばされる。

 逆らってはいけないと、デッブーカの言葉が無意識化に刻まれたような感覚。

 ……でも、別に俺の行動が阻害されるようなものではないので、ほっといてもいいだろう。

 そのまま俺はデッブーカの首を締め上げる。


「ぐぅ――なぜ効かん!」

「雇い主!」


 すっかり油断していた魔術士が慌てて、こちらに氷の礫を放ってくるが《念力》ではじき返す。

 けれど、デッブーカを拘束していたほうは解かれてデッブーカは魔術士の後ろに退避する。


「……雇い主、ご無事で?」

「無事なわけがあるかッ。おい魔術士、さっさとあの獣を捕らえよ!」

「すでに身動きは取れなくしてあります。隷属状態にして無力化するほうがよろしいかと」

「なぜか効かん。くそ、この奴隷契約書を作った奴は締め上げてくれる!」

「作用でございますか。……あの獣には厄介な神の加護が付いているようですね」


 ――《念力》で体を掴み、自分では動けない体を移動させる。

 宙に浮くように固定し、魔術士とデッブーカを見下ろす。


 まだまだ敵は健在でこちらは自由に動くことすらままならない。

 けれど、勝てないとはまったく思わず……笑って挑発してやろうとしたが動かせないことを思い出し、無言で俺は《念力》を魔術士に放つのだった。

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