そのひ、どううごく

サカモト

そのひ、どううごく

「あのね、キヨちゃん」

 おさげ髪の少女が隣に歩いていた少女に声をかける。

「キヨちゃんよ」

「なにさ、アス」

 と、キヨと呼ばれた少女が見返す。

 声をかけられたのは髪の短い少女だった。耳にかるく毛先がひっかかる程度のばしている。目は切れ長だった。

 ともに、近隣の中学校の制服を着ている。そして、ふたりとも、似たような黒いリュックサックを背負っていた。その制服の左心臓部のやや上あたりに、つけたバッチの色は緑であり、その色は、ふたりの通う中学校では一年生を意味する。

 空には夕陽はのぼっていた。下校時間開始から、やや、ズレた時間だった。そのため、他に道を行く同校の生徒の姿はない。ふたりは、ありふれた住宅地を歩み、帰りゆく最中だった。

「あのさ」アスと呼ばれたおさげ髪の少女がいう。「これから、わたしの秘密を教えてあげるから、せめて人類最高峰の驚きをしてほしい」

「負担がでかい」アスが言い返す。「巨額の負担を急に背負わすな。あと、せめて、って、言葉が、せめて、って領域じゃないのも気になる」

「いやいや、うわべだけでいいからさ」おさげ髪を揺らし、アスはキヨへうったえる。「形式だけでいいの、カタチだけでいいから、偽りでもいいから。そういう、他人に影響をあたえんだぁ、わたし、って感じがほしいんだ、ああ、じぶんがこの世界にいていいー、って思いたい気分なの」

 キヨは淡々とした口調で「がまんでなんとかしろ」と、告げた。

「まあまあ」と、アスはなだめるように言う。「興奮しなさんな、キヨちゃん」

 そっちがなだめるのはおかしい。と、キヨは、ひややかな視線で返すのみだった。

 不毛な会話が長引くことを考慮しての沈黙だった。

 と、アスが立ち止まる。

 キヨはすかさず「どうした、心停止か」と、いった。

「さあ、あの窓を見てよ、キヨちゃん」

 と、アスが指さす先を見る。すると、そこには一軒家がある。アスが指さしたその先は、その家の二階だった。

 そこに出窓がある。その出窓には、オレンジ色の小さな物体が鎮座していた。

「あそこにいるでしょ、あの家の出窓の出たところに」

「なに、オレンジ色のやつのこと」

「有隣堂しか知らない世界」

「いやその、有隣堂しか知らない世界、っていうのが、まず、わたしの知らない世界だ」

「で、ブッコローがいるでしょ。あのオレンジ色がブッコロー」

「有隣堂しか知らない世界を、知らない世界だ、って伝えたわたしへ、さらに新規情報を追加してくるのね、手加減ゼロなのね」

 注意でも、指摘でもなく、その発言は、あきらめの領域に属するものだった。

「ブッコローなんだよねえー」と、アスは気にせず、その快活さ保ったまま続ける。「あの、家の窓に飾ってるの、ブッコローのぬいぐるみ」

「ブッコロー、というのは、ぬいぐるみなのね、すなわち」

「動くんだよ」

「それ、目の錯覚だったらいいね」キヨは淡々とした口調でいい、続けた。「さあ、帰ろう。わたし、家に帰って、してない片思いのイメージトレーニングとかしたいし」

「あ、わたしも、それやろう」アスは目をひらいて食いつき、しかし、すぐおさげを左右に振った。「おっと、わすれてた、ひみつの話をまだしてない」

「いいよ、わたし急いでないから。二十年後とか、同窓会の時とかでいいよ、その秘密の話とか」

「あのね、毎朝、わたしはここを通るんだけどね」キヨは話を慣行してゆく。「あのブッコローは毎日、出窓にいるんだけど、毎日、位置が微妙に変わってるの」

「そうか、鳥なのね、ブッコロー」と、キヨはスマホで検索し、画面を眺めながらいった。「ぬいるぐみ、売ってるのね」

 きらいじゃない。スマホの画面を見る表情は、そういう表情だった。

「でね、聞いてる、キヨちゃん」

「きいてるきいてる」と、キヨはスマホに視線を固定したまま、ブッコロー、および有隣堂しか知らない世界を検索しながら答える。「きいてる、こころできいている、タマシイできいている」

「でね、毎日、あの出窓にいるブッコローの位置が少しずつちがうの。しして、その日のブッコローの位置によって、その日のわたしの運勢がわかるの」

「気のせいだ」

 冷静に見解を述べる友人に対し、アスは「さあ、いまだ!」と、叫んだ。「ここが、この秘密の驚きどころです!」

 キヨは低音声で「わーお」といった。あとは堂々と「大サービスした。わたしというブランド怪我を負うほどの、出血したと思えるほどの、サービスを」と伝えた。

「でね、たとえばなんだけど」

「まだ話すの」キヨはスマホを操作しながら聞き返す。「ガラスペン、なるほど」

「この前、あの出窓のブッコローが上を向いてたの。そしたら、その日の席替えで、トクシバくんと席が少しだけ近くになったんだよ! 斜め前まで席が近づいたの、ううう、なんたる幸運!」

「あなたにとって、それぐらいはすでに幸運のカテゴライズなのね」

「でね、この前は、ブッコローはうつむいてたの、そしたら、雨だった!」

「どんどん、わかりにくい話に仕上がってるけど、だいじょうぶ。きっと、ゴールないのよね、この話」

 キヨが心配を口にするも、アスはきいていない。

 すると、キヨが「まあ、つまり、あの出窓のブッコローの動きで、その日の運勢がわかるのね」と、まとめを含めて訊ねた。

「そうさ」と、アスはうなずく。

「なら、あれはどういう運勢なの」

 と、アスが出窓の方をその視線の先で示す。

 出窓には、ブッコローがあり、そのブッコローを、いまトリがそのクチバシでゆらしている。

「あれはどういう運勢と見るのさ」

 ぐっ、キヨは回答を迫る。

「なるほど」と、アスはいった。「だから、毎日動いてたのか!」

 ここに、会心の回答を得たとばかりに、声をあげる。それからキヨへ顔を向けた。

「よし、ひみつは話し、かつ、ひみつもわかったし、じゃ、帰ろう! もう、今日は帰るぐらいしかやること残ってないし、キヨちゃん!」

 そして、そう提案する。

 キヨは会話を長引かせるよりいいと判断したのか、ただ「そうね」といった。「家に帰って、有隣堂しか知らない世界を、知ってる世界にする。が、ここでスマホのまま動画再生すると、喰うしね、通信、だから、家だ、家で見る」

 そう言って、先に歩き出す。

 アスは出窓へ向かって、小さく手をふり、小さく駆けてキヨを追った。

 すると、ブッコローは翼を振り返した。

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