【邂逅編】産まれ落ちる、鳥。

山下若菜

産まれ落ちる、鳥。

細く高い塔の上、神様は白い煉瓦をひとつ積みました。

朝がきたらひとつ、寒くなったらひとつ、寂しくなったらひとつ、煉瓦を積んで。


塔はまた少し高くなりました。


煉瓦がなくなることはありません。

だって彼は神様だから。

「煉瓦が欲しい」と思ったら、もう手元に煉瓦があるのです。


「誰も届かないような、高い高い塔を作ろう」


神様はそう思って煉瓦を積みます。

心の奥底にある本当の願いを、思っても願ってもいけません。


だって彼は神様だから、思えばなんでも叶ってしまいます。


だからこそ、神様の本当の願いは叶わないのです。





「いやぁもう、神様ったら」


ある朝、煉瓦を積む神様の前に一人の少女が立っていました。


「どんだけ高い塔作れば気が済むんですか。登るのにうんと時間がかかりましたよ」


額に滲んだ汗を拭く少女は、煉瓦を抱えたまま固まる神様を見てにこっと笑います。


「ねぇ神様、これで「一生に一度のお願い」叶えてくれるんですよね」


笑う少女に、神様はため息をつきました。


「たしかに俺は「一生に一度の願い」を叶えてあげられるし、この塔を登れば願いを聞くとも宣言している。だけどさ」


ハツラツとした笑顔を向ける少女に、神様はじっとりとした視線を送ります。


「君は【一生に一度の願い】の意味が、本当にわかっているのかい?」

「命がいるって話ですか?」

「えっ」


少女はニコニコと笑います。


「神様に願いを叶えてもらうには、私の命を捧げる必要がある。命と引き換えにしか、神様は願いを叶えられない」

「…知っててよく登ってきたね」

「そりゃそうですよ。神様にしか叶えられないお願いをするために、せっせと登ってきたんですから」


少女は肩から下げている黄色の鞄を開くと、中から画用紙の束を取り出して、思うままペンを走らせます。


「ねぇ神様、神様は世界の全部を創ったんですよね」

「そうだよ」

「海も山も空気さえも、ぜーんぶ神様が創った」

「そうだね」

「海の神様も、山の神様も、空気の神様も、神様が創った」

「そうなるね」

「私ね、文具の神様なんですよ」


少女が画用紙をぽんっと叩くと、描かれた鳥が飛び出し、空高く舞いました。


「たくさん神様を創った神様は、私のことなんか忘れちゃったかもしれないですけど」

「君は文具の神様?」

「そうです」


少女は空を舞う鳥を追いかけて笑います。


「私はディエス・ザ・テューレッス・ザ・パぺトリー」

「…なんて?」

「でぃえ〜す・ざ・とぅ〜〜〜れ〜っす・ざ・ぱぺ〜とり〜〜〜」

「いや、ゆっくり言われても余計わからん」

「え、創世の神様でも無理ですか?」

「何語なの?」

「おそらくフランス語かと思うんですが」

「そうなの?」

「はい。でも発音に自信はありません。フランス行ったことないので」

「何で?フランス語の名前なのに?」

「産まれは日本なんです」

「じゃ日本語の名前にすればいいのに」

「なんかフランス語ってかっこいいじゃんって」

「確かにかっこいいけど、自分で発音できない名前にする?」

「創世神様が名付けてくれました」

「あ、俺?俺が名付けてたの?」

「はい」

「そっかー。一時期ハマってたんだよなー、フランス語。そん時産まれた神様かー」

「ええ。本名は長いので、みんな私の事ザキって呼びます」

「ザキ?ザ、は何回か出てくるからわかるとしても、キはどこから出てきたんだよ」

「さぁ」

「さぁってあんた…」


ニコニコと笑っている少女に、神様はポリポリ頭を掻きます。


「…それで、文具の神様ザキはどんな願いを叶えにきたの」

「そのことなんですけど、私の願いを叶えてもらう前に」


少女はぽんと手のひらを合わせます。


「神様の願いを叶えてあげます!」

「はぁ?」

「私だって神様ですから!素敵な夢を叶えられる文具の神様なんですからね」


少女は鞄から色紙いろがみを取り出して花の形に折りました。すると真っ白な煉瓦の塔の上に、色とりどりの花が咲きます。


「いくら創世の神様とはいえ、願いを叶えてもらうだけなんてフェアじゃないですから」


少女は鞄から鋏を取り出して色紙を細く切り、輪っかにしてテープで止めていきます。

その輪っかに輪っかを通していくと、真っ白だった塔の上に、あっという間に虹が掛かりました。


「神様は世界を創って、たくさんの神様を創って、そうして今はひとり塔の上」


少女は鞄から麻紐を取り出して虹の端に結びつけると、画用紙束にペンを走らせ、ぽんっと画用紙の背を叩きます。

すると画用紙から文字が飛び出して、麻の紐に順番にぴょんぴょんと飛びつきました。


「神様、お誕生日おめでとう」


そう言って少女は笑いました。

塔を飾る色とりどりな花や虹、麻紐にぶら下がる文字たちも口を揃えて「神様お誕生日おめでとう」と言いました。


「…俺、今日誕生日じゃないけど」

「知ってますよ」

「じゃあなんだって」

「だって知らないんですもの」

「は?」

「神様に創られた私たちは、神様が教えてくれない限り、誰もその誕生日を知ることができません」


少女はぷくっと頬を膨らませます。


「そのくせ神様はひとり塔の上、これじゃあ誰も神様の誕生日を知ることができない」


少女は頬から息を吐き出して、色紙の花束を神様に差し出しました。


「だから、出会えた今日が神様の誕生日ってことで」

「神様おめでとー!」


花も虹も文字たちも、一斉に声を揃えます。


「…なんだそれ」

「ねぇ神様」

「ん?」

「神様はお誕生日だから、なんでもお願いを言っていいんですよ」


花束を持ったままほほ笑む少女に、神様は小さく息をつきました。


「悪いけど俺、願いなんてないよ」

「本当ですか?」

「あぁ、思えば何でも⋯手に入るんだから」


俯く神様に、少女は柔らかにほほ笑みます。


「大丈夫ですよ」

「何が?」

「本当の願いを言っても、もう大丈夫」


少女が花束を放り投げると、

あたり一面に色とりどりの紙吹雪が舞いました。


「だって私が、この塔に登ってきたから!」

「はぁあ?!」

「だからもう大丈夫なんです」


少女は、目を丸くしている神様を見つめます。


「神様にはこの塔が必要だった。「誰も届かないような高い塔」が。そうじゃなきゃ神様の心は壊れてしまうところだったから」


舞い落ちる紙吹雪の中で、少女はきゅっと唇を引きます。


「私が産まれた頃、神様はまだ地上にいて「神様お願い」って言ったら、何でも願いを叶えてくれました。だから私が大きくなる頃には、世界はずいぶんと我儘になってしまった」


煉瓦の上に落ちる紙吹雪を神様はじっと見つめていました。

俯く神様に少女は続けます。


「願いは叶って当たり前、願いを叶えるのは神の義務。だからもっと願いを叶えてもっともっともっと。いくら叶ってもまだ足りないまだまだ足りないもっともっともっと!」


紙吹雪の最後の一枚が煉瓦に落ち、静まり返る塔の上で少女はそっと顔を上げました。


「我儘になった世界に神様は心を痛め続けた。だから心が壊れる前に塔へと登り、一つのルールを創った。【願いを叶えてほしければ、高い高い塔の上に登り、その命を捧げよ】って」

「あぁそうだよ」


神様は儚く笑いました。


「そのルールを創ったら、願いの言葉はピタリと止んだ。あれだけ欲しい欲しいと渦巻いていた願いごとは、自分の命を捧げられるほどのものじゃなかったんだよ」

「ねぇ神様」


少女は鞄からクレヨンを取り出しました。


「絵、描いてあげますね」

「はぁ?」

「私も一応神様だから、神様の気持ち、ちょっとだけわかる気がするんです」


少女はオレンジ色のクレヨンを握り、画用紙の束に向かいます。


「神様はどうして今も煉瓦を積むのか。我儘になってしまった世界の上に、ひとつひとつ煉瓦を積んで、たったひとり塔の上にいるのか」


少女はふと顔を上げました。


「神様、鳥は好き?」

「何の話?」

「私は好き。世界を自由に飛び回れるから」

「飛び回れたって楽しいものはそう見つからないよ」

「そうですか。じゃあ羽はちょっと短くしときますね」

「え?」


少女はガシガシとクレヨンを塗ります。


「それでいて、綺麗なものがたくさん映るように、お目々は丸く大きく外向きに」

「なにしてんの?」

「ひとりの時間ができても寂しくないよう、読んでも読んでも物語が湧き出る本を持たせてあげますね」

「ねぇだから何の話?」

「それから…そうだな。また会えたときにお喋りができないと悲しいから、大きな三角の嘴をつけて…」


ガシガシとクレヨンを塗りたくる音が響いた後、少女はにこっと笑って顔を上げました。

くるりと返してみせた画用紙には暖かなオレンジ色をした「何か」が描かれていました。


「じゃーん!」

「いや、じゃーんて何よ」

「じゃじゃーん、こちら私から神様への誕生日プレゼントでーす」


少女の無垢な笑顔に、神様は小さく息を吐きます。


「いや、なんか、ありがとうとは思うんだけど…この絵がプレゼント?」

「はい。ただの絵じゃありませんよ、私一応、文具の神様ですから」

「ただの絵じゃなかったら何なのさ」

「この絵を体に巻きつけたら、神様はミミズクの姿になれちゃいます!」

「…は?」

「羽は短いですけど空飛べますし、世界のいろんなことが見える目がついてますし、おしゃべりだってできるんですよこのミミズクは!」

「いや、ちょっと待って」

「なんですか?」

「色々言いたいことはあるけど、まずその絵、それミミズクなの?」

「そうですよ。それ以外なんに見えるんですか」

「いやいやいや」


神様はプーと吹き出して笑いました。


「下手くそすぎんだろ!」


少女が描いた絵は、まるっとしたオレンジ色の体に茶色の短い羽。ぎょろっとした目と目の間に三角嘴がついた、鳥のような「何か」でした。


「絶対ミミズクじゃないじゃん。ミミズク知らない人が想像で描いたやつじゃん」

「ぺ、ペンで描いたらもう少しマシに描けたとは思うんですけど。でも神様にはあったかみを感じて欲しくて、そう思ったらやっぱりクレヨンで描くのがいいかなぁと思ったんです」


小さく言い訳をしながら背を丸めていく少女に、神様はくっくと肩を揺らします。


「にしたって、下手くそすぎるだろうよ…」

「そ、そんなに笑うんだったら描き直しますっ!」

「あぁいや、これでいい。なんかめちゃくちゃ気に入った」

「ほんとですか?」

「ほんとほんと」


頷く神様に、少女は画用紙の束からミミズクを描いた一枚をちぎって渡します。

神様は受け取った画用紙を見つめて笑いました。


「それでこのミミズク、名前はなんていうの?」

「決めてませんでした。神様つけてくださいよ」

「えぇ?俺?」

「得意じゃないですか、フランス語」

「お前ちょっと恨んでるだろ、自分の名前が発音しづらいこと」

「いえ全然」

「そうだなぁ、ミミズクだろ…オウルだな」

「フランス語ですか?」

「いや英語。俺の中のフランス語ブームは終わってんのよ」

「そうなんですか」

「本を持ったミミズク…ブッコローだな」


胸を張る神様の横で、少女はぱちぱちとまばたきをします。


「ブッコロー…?」

「ああ、ブックとオウルでブッコロー。正式名称はR.B.ブッコローな」

「あーるびー…?」

「そ、リアルブックの略。真の知みたいな意味な」

「はぁ、やっぱり神様のネーミングセンスって、神ですよね」

「馬鹿にしてる?」

「してませんよ」


くすくすと笑っている少女に、神様は頬を膨らませましたが、すぐに息を吐き出して笑いました。

笑った神様を見て、少女はそっと頷きます。


「ねぇ神様」

「ん?」

「神様だって願い事してもいいんですよ」

「願いごと、俺が?」

「そうです」


神様の持つ画用紙を指差して、少女は穏やかに笑います。


「オレンジ色の鳥になって、神様だってことも少し忘れて。綺麗なものを見に行ったり、美味しいものをお腹いっぱい食べたり、お湯につかった後お腹をだして眠ったっていい」

「俺が、鳥になって腹出して寝るの?」

「塔の上からじゃ見えないものを見に、塔の上じゃ出来ないことをしに行きましょうよ。⋯友達と一緒に」

「⋯友達?」

「そうです」


少女は両手で自分の頬を指差しました。


「神様の本当の願い事は「友達が欲しい」じゃないですか?」

「…どうしてそう思うのさ」

「だって神様は創世の神様なんですよ?」


少女は煉瓦の上でぴょんと跳ねます。


「高い塔が欲しいだけなら煉瓦を一個づつ積む必要なんてないし、「誰も登れない塔」を本当に願っていたのなら、私が登ってくることもできなかったはずです」


塔の縁をぴょんぴょんと跳ねて回りながら、少女は神様を見つめます。


「だから神様の本当の願い事は「高い高い塔の上でも、登ってきてくれる友達が欲しい」だったはずです」


口をぽっかりと開ける神様に、

少女は白い歯を見せて、意地悪そうに笑います。


「その上、神様はちょっぴり我儘」

「我儘?俺が!?」

「そうですよ。だって神様が「友達が欲しい」と願えば、その瞬間手元に「友達」が産まれてきます。でも神様は我儘だから、それじゃあ嫌だったんでしょ?」

「…うっ」

「手元に産み出した友達では、なんだか対等な関係ではいられないような、本当の友達ではないような気がした。だからチマチマ煉瓦を積んで、誰かが塔に登ってきてくれるのを待っていた」


塔の縁からぴょんと降りて、少女は神様に駆け寄りました。


「我儘だし、面倒だし、かまってちゃんです」

「うぐぅっ!」


神様は胸を掴んで膝を折りました。

少女はくすくす笑います。


「まぁ元はと言えば、私も神様から創っていただいた存在ではあるんですがね、この塔へは自分の意思で登ってきましたよ」


膝を折る神様に、少女は手を差し伸べました。


「これまでたくさんの願いを叶えてきたあなたの、本当の願いを叶えてあげたい。そう思って登ってきたんです」


少女は歯を見せてにっかりと笑います。


「私は神様のお友達になれますか?」

「君は…」


神様の美しい瞳に、少女の笑顔が映ります。


「君は俺の友達になるためだけに、この塔を登ってきてくれたのかい」

「あ、いいえ」


少女はブンブンと手を振り、少女の手を取ろうとしていた神様はずっこけました。


「おい今感動のいいシーンだっただろう!?」

「いやでも嘘はつけないじゃないですか」

「はぁ?」

「私にも願い事はあるっていうか、神様の友達になるのはそのついでっていうか」

「ついでかいっ!」

「いいですか神様、友達なんて気づいたらなってるもんなんですから「友達になろ〜」とか「私たち友達だよね〜」なんて言ってくる人は大体壺買わせてきますよ」

「なんか根深い過去がありそうだなぁ」

「聞きたいですか?」

「いいや、遠慮しとく」


ため息をつく神様の横顔に、少女はじっと視線を送りました。


「ねぇ神様、私ね、未来がわかるんですよ」

「え、急に何、怖。壺は買わないよ」

「あぁ神の特殊能力とかそういう話じゃなくて。文具の未来、というか将来というか」

「あぁザキは文具の神なんだもんね」

「はい」


少女は空の果てを見つめました。


「文具は近い将来…あと千年もすれば、剣より強い武器になってしまうんです」

「えっ?」

「鋼を両断できる剣より、文字を書き広めていくことで世界を操れるようになっていく。ペンは剣よりも強し、と言われる未来がきてしまうんです」


瞼を伏せる少女に、神様は首をかしげます。


「悪いことではないだろう?剣で斬りつけ合う時代が終わって、文具を使った表現での戦いに変わっていくってことだ」

「わかっています。争いで血を流す必要がなくなることが素晴らしいことであるということも、史実を正確に記すためにも、文具は世界の役に立たなくてはならないということも…でも」


少女は強く首を振り、神様を見上げました。


「文具は争いのための道具じゃなく、夢を作るための道具でありたい」


瞳を揺らす少女に、神様は首を傾けました。


「それが、君の願いかい?」

「ええ。ただ一つの願いです」


少女のまっすぐな言葉に、神様は深く頷きました。


「わかった。叶えるよ、その願い」

「えっ?」

「なにさその顔」

「いや、私の願いって本当に叶うのかなって不安だったんです」

「どして?」

「だって争いと文明って切っても切れない関係性っていうか、戦争から新たな文明が生まれるとさえ言われているから…」


拳を握りしめる少女に、神様はふと息を吐き出します。


「出来るよ、俺、神様だから」


ますます目を丸くする少女の顔に、神様は柔らかに笑いました。


「君の願いを叶えるため、文具を「文具」と「文房具」に分けてあげる」

「え?」

「君は文具の神。「文房具」を含む全ての文具の神様だよ。そして君とは別に「文房具の神様」を創ってあげる」

「文房具の神様?」

「そう、最低限史実を残せるだけの、紙と墨、筆と硯もいるか。その四つを文房具とし、文房具の神様を創る。そうすれば「文具」の楽しさは守れるだろう?」

「でもそれじゃ、文房具に争いの皺寄せが…」


首を振る少女に、神様はピッと指を突きつけます。


「文房具の神様の仕事は「史実を正しく記す事」、文具の神様である君の仕事は「文具が作る楽しい夢を守ること」さ」

「そんなこと…願ってもいいんでしょうか」

「いいのいいの。文房具の神様はきっちりしたことが好きなやつにするから。ぴっちりしたことをやり遂げるのが好きな神様もいりゃ、君みたいにふわふわの神様もいる。それが世界ってもんでしょ」


神様はにこっと笑って、白い煉瓦の上を歩きました。

塔の下に、空は青く広がっています。


「それにさ、遠い遠い未来にでも世界が平和になりゃ、文具と文房具の違いを知っている人も少なくなって、いつかまた一つに戻れるよ」

「…ありがとう。神様」


少女の声に、神様は振り返りました。


「ありがとうか、初めて言われたな…」


振り返った神様の目に、ほほ笑む少女が映りました。


ほほ笑む少女の体は、白く溶け始めていました。


「え、ちょっと!?」

「あぁ、私の願いは叶うんですね…」

「何何何何!?」

「私の願いは叶う。だから私の命は終わる。神様が願いを叶えるためには、私の命が必要ですから」


神様は少女に駆け寄りました。


「待ってよ!そりゃ君の願いを叶えるとは言ったよ?!叶えたいと思ったよ!?でもそれは君が俺の想いを超えて、友達になりに来てくれたからで…」

「友達ですよ。私は神様の友達」


白く溶けながら、少女は穏やかに笑います。


「ずっと、友達です」

「じゃあ消えないで!俺は君の命なんて欲しくない!」

「神様がルールを破るのはズルいですよ」


少女は頬を膨らませます。


「神様のこと誰も咎められないんだから、決めたルールは絶対に曲げちゃダメです」

「でも!」

「ねぇ神様」


少女は白く溶けながら、白い煉瓦の先へと歩いて行きます。


「神様がもしも私のことを惜しく思ってくれるのなら、この塔を降りてみるのはどうですか?」

「え…?」

「地上には私が創った国もあります」

「嫌だ!君が創った国に行っても…」


神様は少女を追いかけました。


「君は…いないじゃないか」

「何言ってるんですか神様」

「⋯えっ?」

「いるに決まってますよ。私は世界の何処かに必ずいます」


少女は溶けて薄くなった手で、神様の胸を指差しました。


「だって神様がいるから」


少女は穏やかに笑います。


「世界を創るあなたがいれば、私の命は次へと巡る。年月も空間も何もかもを超えて、私はまた、あなたの友達になる」

「また、友達になる?」

「はい。次の私がどんな姿をしているかはわかりません。だけどきっと…文具を好きでいると思うから、ちゃんと私を見つけてくださいね?」


少女は両手で自分の頬を指差しました。


「私はどんな時でも、神様の友達ですから」


少女の言葉に、神様の瞳から一粒の雫がこぼれました。


「わかった。必ず見つける」

「そうですか。それじゃ少し先に行って待ってますね」


少女は神様を見つめると、

ほんの少しだけ意地悪そうに笑いました。


「優しいから傷ついて、臆病になりながらも意外と我儘で面倒くさくて、その上泣き虫な友達を、私はいつまでも待ってますよ」


少女はそういうと、最後の力を振り絞るようにして白い煉瓦の塔から飛び降り、青い空の中へと消えていきました。






少女が去った塔の上には、色とりどりの花や虹、麻紐にぶら下がって踊る文字がありましたが、神様はその一つ一つに涙をこぼしました。

そんな神様の足元に、一枚の画用紙がひらりとやってきました。

まるっとしたオレンジ色のミミズクが描かれたその画用紙を、神様はそっと拾い上げます。


「…変な鳥」


少女の残した画用紙をその身にそっと巻き付けると、神様はオレンジ色のミミズクになりました。


ミミズクは塔から身を乗り出してみました。

青く澄み渡っている空の中、ささやかな雨が降っています。


「…変な空」


高く高い空の中、聳える塔の上からでは、少女の行方はわかりません。


「…変な奴。こんなところを登ってきたのか」


オレンジ色のミミズクは短い羽を広げて、空の中へと飛び込みました。


「まったく。変な奴と友達になっちまったもんだぜ」


高い塔から落ちるように飛ぶミミズクは、少しだけ笑っているように見えました。






神様の居なくなった煉瓦の塔は

ささやかな雨に打たれ、たくさんの白い鳥になりました。

白い鳥の群れの中を飛ぶ、オレンジ色のミミズクの行先は、世界を行き交う風さえも知ることはできませんでした。

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【邂逅編】産まれ落ちる、鳥。 山下若菜 @sonnawakana

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