書籍発売記念SS「道中での活躍」

※書籍版ではなくweb版基準の物語です。最新話の後のお話です。


―――――


 アルバネル王国の王宮を後にした俺たちは、とりあえずの行き先として隣国を選び、乗合馬車に揺られていた。大きめな乗合馬車の乗客は全部で十人だ。

 俺たち四人の他には商売人らしき人が二人と、母親と娘の親子が一組、それから老夫婦が一組乗っている。


 御者席にも御者の他にガタイのいい男が乗っているが、そちらは乗客ではなく馬車の護衛らしい。


「まだ隣国までは時間があるかしら」

「そうだな。あと数日はかかるんじゃないか?」


 アンは瞳を輝かせながら馬車の外に視線を向けていた。そんなアンのことを優しい表情で見つめているのはユベールだ。


「それだけの時間、この雄大な景色を楽しめるってことね」

 

 そう呟いたアンに、レベッカが口を開いた。


「アン、これからは好きな景色を好きなだけ見られるんだよ。移動が終わったあとだって、いくらでも自由に動けるんだし」


 その言葉を聞いたアンは、パチパチと何度か瞬きをしてから、ふわっと顔を綻ばせた。


「そうだったわ。では到着するのも楽しみね」


 そんな会話をしながら、ガタガタと揺れる馬車に身を任せていると――


「馬車を止めろ!!」


 突然、護衛の男の叫び声が響き渡った。その声に乗客は全員が顔を強張らせ、不安げに視線を外へと向けている。


「魔物か?」


 馬車の外に油断ない瞳を向けていたユベールに問いかけると、頷きが返ってきた。


「ポイズンスネークだ。しかもかなりデカい。街から離れてるとはいえ、街道上に出るなんて珍しいな」


 毒を持った魔物か……デカいなら一人での討伐は厳しいかもしれないな。援護するか。


「あ、あの、大丈夫なんでしょうか……」


 女の子を強く抱きしめながら女性がそう尋ねてきたので、俺は笑顔で頷いた。


「心配いりません。俺たちは冒険者ですから」

「そうですか……良かった」


 俺の言葉に他の乗客たちも安堵を見せるなか、俺は三人に視線を向ける。


「アンとレベッカにはここを任せてもいいか? 他にも魔物が襲ってくるかもしれないからな。ポイズンスネークは俺とユベールで問題なく倒せるはずだ」

「分かった。こっちは任せて」

「私も大丈夫よ」


 二人の頼もしい表情を見て、俺とユベールは馬車を降りた。


「くそっ……っ」


 馬車を降りると護衛の男の焦ったような声が聞こえてきて、俺たちは街道を少し進んだ場所に向かって走る。


 そこでは全長が十メートルを超えるような巨大なポイズンスネークと、護衛の男が一対一で戦っていた。


「援護に来た! 必要か!?」


 まだ少し距離がある段階で声を掛けると、護衛の男は一瞬だけこちらを振り返って、すぐに叫んだ。


「助けてくれ!」

「分かった! ユベール、前衛は任せる。俺は後ろから魔法で攻撃する。護衛には俺の後ろまで下がるように言ってくれ」


 護衛の男も守れるように前衛後衛に分かれることを提案すると、ユベールはすぐに頷いてくれた。

 大剣を抜いて身軽に走っていくユベールを見送り、俺は魔力を一瞬で練る。


「アイススピア」


 相手の防御力を測るために氷の槍を放ってみたが、それはポイズンスネークの体表をつるりと滑って後ろに飛んでいくだけだった。


 結構滑りやすい鱗みたいだな……後は確か、噛まれると猛毒だったはずだ。それから毒液も吐けるんだったな。


 そんなことを考えていると、攻撃を受けたことでポイズンスネークの矛先は俺に移ったようだ。


「ファイヤーボール!」


 近くに馬車があるので万が一を考えて、あまり周囲への影響がない魔法を選んでいく。インフェルノなんて使って、馬車が燃えたら洒落にならないのだ。


「はあぁっ!」


 ユベールが振り下ろした大剣が、ポイズンスネークの体を掠った。あの巨体にしては素早いな……。


「ウォーターボール、アイス!」


 今度は相手の動きを止めるためにポイズンスネークの全身を濡らしてから、それを一瞬にして凍らせた。すると効果覿面だったようで、ポイズンスネークは動けずに地面で固まる。


「ユベール!」

「分かってるっ」


 ユベールがその隙を見逃すはずもなく、大剣を思いっきり振り下ろして、ポイズンスネークの胴体を真っ二つにした。


 あの巨体を真っ二つは凄いな……さすがに俺でもできない。


「ユベール、もう生きてないか?」

「……ああ、完全に息がない」


 しっかりと討伐完了を確認してから、俺たちは戦闘体勢を解いた。


「毒は土に埋めとこう。この巨体は……さすがに埋めるのは面倒だし、街道から少し離れたところに移動させるだけでいいか?」


 神域に移動させるのが一番楽なんだが、たくさんの目があるところではさすがに使えない。


「そうだな。護衛の男にも手伝いを……」


 ユベールがそう言って振り返ったので、俺も護衛の男がいるだろう方向に向けて視線を動かすと……そこには口をぽかんと開いて、信じられないようなものを目撃したような表情で固まっている男がいた。


「……大丈夫か?」


 俺が声を掛けると、男はビクッと体を動かし、俺たちに視線を向ける。


「お、お、お前ら……っ、強すぎるだろ!!」

「そうか?」


 ここまで驚かれるほどのことはやってない気がするんだけどな……いや、一般的にはさっきの戦闘もこうして驚かれるほどなのか。

 最近は強い相手とばっかり戦ってるから、ちょっと認識がおかしくなってたかもしれない。


「俺は護衛なのに情けねぇ!」


 嘆くように額に手を当てながらそう叫んだ護衛の男に、ユベールが声をかけた。


「お前の動きも悪くなかった」

「……ありがとな。でもそれ、喜んでいいのか分かんねぇよ。いや、護衛の役割を果たせそうになかったんだからダメか。やっぱりもっと鍛える必要があるな……」


 護衛の男が反省しながらぶつぶつと呟いてるのを横目に、ユベールは毒の処理を始めたらしい。そこで俺も男にもう一度声を掛けて、ユベールの方に向かう。


「ポイズンスネークの処理を手伝ってくれ」

 

 すると護衛の男は、せめて後処理では役に立とうと思ったのか、誰よりも動いてすぐにポイズンスネークの処理は終わった。


 三人で馬車に戻ると、俺たちの戦いは皆に見えていたようで、感謝の言葉と共に迎えられる。


「おかげで助かった」

「お兄ちゃんたち、ありがと!」

「強い方たちがいて良かったわ〜」


 俺とユベールはそんな歓迎に恥ずかしく思いながらも席に戻ると、笑顔のレベッカとアンに迎えられた。


「こっちは問題なかったわ」

「それなら良かった。じゃあまた、のんびりと馬車に揺られよう」


 俺がそう言うと、アンは楽しそうな瞳で頷き、レベッカは少しだけ嫌そうな表情になる。


「さすがに飽きてきたかな……」


 そう呟いたレベッカに、乗客の中で唯一の子供である女の子がぎゅっと握った手を差し出した。


「じゃあお姉ちゃん、これあげる!」


 女の子が開いた手の中にあったのは、大きめのどんぐりだ。


「これね! こうやって爪で絵が描けるの」


 女の子が真剣に手の中で何かをしてるなと思ってたけど、木の実に絵を描いてたのか。女の子がもう一つのどんぐりに「見せてあげる!」と爪を立てると、確かに比較的軽い力で跡が付くようだ。


「お姉ちゃんも何か描いて!」


 満面の笑みでどんぐりを差し出されたレベッカは、頬を緩めながらそれを受け取った。


「ありがとう。すっごく嬉しいよ」


 目線を合わせてそう言ったレベッカに、女の子は嬉しそうに頬を赤らめる。


「じゃあ、できたら見せてね!」

「もちろん」


 そうして女の子が席に戻っていくのを見送り、俺はレベッカにこそっと告げた。


「レベッカって、絵は苦手じゃなかったか……?」

「……そ、そんなことないよ」


 動揺しながらそう答えたレベッカは、真剣にどんぐりと向き合う。そして数時間かけて完成させたのは――


 レベッカ曰く猫らしいけど、俺には凶悪な魔物にしか見えない絵だった。


 でも女の子は喜んでたから、まあ良かったんだろう。あれが女の子のお世辞じゃなければ。


 そうして俺たちの始まったばかりの旅は、楽しいものになっていた。






〜あとがき〜

1月30日に「女神の代行者となった少年、盤上の王となる」2巻が発売されました!

記念としてSSを書いてみたのですが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


書籍2巻は各書店や通販サイト等でもご購入いただけますので、ぜひお手に取っていただけたらと思います。

この作品の書籍版はWEB版とは大きく内容が異なるため、書籍ではリュカたちの新たな物語を楽しんでいただけます。(2巻はほぼ書き下ろしと言っても過言ではありません)

また帝国編の後のお話も書籍には載っていますので(書籍の半分ほどがwebの先のお話です。新たな仲間も登場します!)ぜひご購入いただき、リュカたちの冒険を楽しんでいただけたら嬉しいです!


書籍の1巻をまだ読まれていない方は、この機会に2巻続けて楽しんでいただけたらと思います。


↓こちらに2巻の表紙イラストを添付してありますので、ぜひご覧ください。

https://kakuyomu.jp/users/aoi_misa/news/16818023212728741237


よろしくお願いいたします!


蒼井美紗

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女神の代行者となった少年、盤上の王となる 蒼井美紗 @aoi_misa

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