第97話 四人で新たな門出
馬車が王都内に入って大通りを進んでいく中、俺たちは窓から街並みを見回していた。活気があって人がたくさんいて、崩れている建物もない。
「なんだか懐かしい気がするね」
「分かる。そこまで長期間、離れてたわけじゃないんだけどな。それに……こんなに活気がある街だったかなって感動してる」
俺のその言葉に、皆は苦笑を浮かべつつ頷いた。
「確かにな。改めて思い返すと、帝都は酷かった」
「あれはもう街ではないわ」
「そうだよね……街全体がスラムだったよね」
あそこからどこまで回復できるのか、それにどれほどの時間が掛かるのか、先が長い道のりだろうな。でもエルネストなら、なんとかやってくれる気がする。
「あっ、あの屋台の串焼き美味しそうだな」
「本当だね。あっちのパン屋さんとか久しぶりに見たよ。食べたいな」
「自由を手に入れたら皆で好きなだけ食べましょう」
「そうだな。……ところで、これから先って俺たちはどうなるのか分かる?」
王宮に向かっていることは明白だけど、俺たちはどんな待遇で迎えられるのか分からず少し不安なのだ。
「一緒に王宮に入れるのかな?」
「大丈夫よ。二人は私を救出した功労者なのだから。もちろんユベールもね」
「はい。王宮内には四人で入ることができるはずです。ただその先は私も予想できないので、どうなるのか……」
「そこは私の交渉次第よね。――ユベール、最後にもう一度だけ大切な確認するから、あなたの心のままに答えなさい」
アンが真剣な表情で告げた言葉にユベールが唇を僅かに引き結びながら頷くと、アンはゆっくりと口を開いた。
「もし騎士に戻れることになっても、私たちと共に来るので良いの? 戻れるのなら騎士に戻りたい?」
「いえ、私はアンリエット様のお近くで、御身を守らせていただきたいです」
その答えを聞いてまっすぐユベールの瞳を見つめたアンは、しばらくしてから表情を緩めて頷いた。
「分かったわ。では王宮があなたを欲しがっても、私がもらうことにしましょう」
「よろしくお願いいたします」
ユベールが綺麗な礼をして、二人は静かに笑みを向けあった。その二人の雰囲気がなんだか神聖なもののように感じて、俺とレベッカは息を殺してじっと二人の様子を見つめることしかできない。
この二人の間には友愛や恋愛とは違う、特別な深い絆があるように見える。これから先、二人がどうなっていくのかも楽しみだな。
それからも馬車は順調に進んでいき、問題なく王宮の入り口に辿り着くことができた。アンが無事に帰ってきたということで、馬車が止まった場所には多くの人々が集まっているようだ。
しかし集まっているのは騎士や使用人ばかりで、アンの家族である王族の方々は姿が見えない。この場所に王族が姿を現すのはダメなのかもしれないけど、死んだと思ってた家族が無事に戻ってきたとしても、迎えに出てくることもないのか。
やっぱり王族となると、普通の家族の絆のようなものはあまりないのかもしれない。
ちらっと横目でアンを見てみると、家族が来てないことには悲しんでいないどころか、それを当然だとして受け入れているようだ。
「皆、出迎えありがとう。心配をかけたわね。私は隣にいるリュカ、アン、ユベールによって無事に帰還することができたわ」
「アンリエット王女殿下、ご無事のご帰還、大変嬉しく思います」
集まっていた人たちが声を揃えると、アンは皆のことを見回してからもう一度口を開いた。
「ありがとう。では三人を客室に案内してもらえるかしら。私は私室がまだあればそちらに」
「もちろんございます。では皆様こちらへどうぞ」
それからはアンと別れて、俺たちには豪華な客室が割り当てられた。食事は部屋に運ばれ、着替えなども準備してもらうことができ、至れり尽くせりの状況だ。
そんな快適すぎる暮らしが三日目に突入した頃、今まで全く姿を現さなかったアンが、俺たちが集まる応接室にやってきた。
昼間は暇だったので、この応接室に三人で集まり話をしていたのだ。
「皆、三日も掛かってしまってごめんなさい」
「いや、大丈夫だ。何か問題があったのか?」
「違うわ。お父様がとても重要な仕事があるからと、私と昨日まで会ってくださらなかったのよ」
死んだと思った娘が無事に帰ってきたことよりも大事な仕事……うん、でもそういう人だよな。だってあの帝国にアンを嫁がせるような人だ。
「そうだったのですね。それで、陛下はなんと」
「――無事に、王籍を抜けられることになったわ!」
「おおっ、おめでとう。良かったな」
「すんなり認められたの?」
「ええ、私は一度嫁いだ身で、しかもその嫁ぎ先がクーデターによりなくなり本人は死亡。その情報を並べて私の価値が下がったこと、それどころか不吉だと烙印を押されているだろうと伝えたら、王籍を抜けることにすぐ賛成してくれたわ。渋るどころか、ありがたがってたわね」
ありがたがる……確かにアンが王籍を抜ければ、アンに掛かるはずだった費用が全て必要なくなるんだもんな。
陛下に対する話を聞けば聞くほどに、印象がひたすら下がっていく。そしてアンやユベールの反応を見ている限り、この対応がそこまで非情で珍しいものでもないっていうのが悲しい。
王族や貴族って煌びやかでなんとなく憧れるけど、普通に平民の方が幸せなのかもしれないな。
「一応体裁を整えるために、今後の生活への支度金ということでお金をもらえたから、それを使って皆の装備でも新調しましょう。そうだ、それからリュカとレベッカ、ユベールには私の命を助けたことへの褒美が贈られるそうよ。またユベールは突然辞めたことへのお咎めはなしで、退職金も出ることになったわ。――決まったのはこのぐらいかしら」
「アンリエット様、諸々の交渉をしてくださりありがとうございます。ではここからは、自由に四人で冒険者として活動できるということですね」
ユベールのその言葉に、アンは満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。
「ええ、そうよ。これからが楽しみね!」
「はい。とても楽しみです」
それからの俺たちは褒美や退職金、そして支度金などもらえるものは全て受領手続きをして速やかに受け取り、アンと陛下の話し合いが終わって数日後には王宮を後にした。
次はどこに行こうか、どんな依頼を受けようか。とても楽しみだ。
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