第4話 《妖精王》と《妖精薬師》のキラキラ誕生劇

 あたしの小さな胸がバクバクと高鳴った。


「《妖精薬師》は今、どのくらいいるんですか?」


 時代の表舞台から姿と名前が訊かなくなって、どれくらい経っているのか、あたしは知らないけど、《妖精薬師》にあたしは成ることを選んだ。


《妖精魔属》と隔世遺伝で《妖》に産まれて、妖精の姿と声が視えるあたしにしか出来ないことがあることが分かったからだ。


「《妖》出で《妖精魔属》の血筋からの《妖精薬師》の生業者は両手足くらいしかいない。セシアのような隔世遺伝からの人間であり、《妖》でもある《妖精薬師》は、それこそ――存在しない。俺が許可をしていないからだ。俺以前の《妖精王》が許可をしたのであれば話しは別だが。聞いたことはない」


 髭のロロさん以外の、それ以前の《妖精王》がいたのね。

「貴様以外に《妖精王》を名乗れるヤツがいたってのか、初耳だな」


 腕を組んだジョイさんが「教えろよ、そーゆー面白そうなことは」なんて笑顔を浮かべた。とびきり悪巧みの含んだ表情だ。


「《妖精霊》たちがあまり教えてくれないんだ。強くいえば教えてはくれるだろうが必要はない。《妖精王》は俺だからな」


 ふん! と鼻先で一蹴をする。


「さて。じゃあ、セシア――《妖精薬師》の許可の儀式を執り行おう」

「え!」

「何だ」

「……っこ、ここで??」

「ああ」


 ジャミンの森の薬局内の一室。

 大きな白いクッションの上の髭のロロさんが腰をかけていて、室内の周りには大きな本や積み上がったり、何かの人形や脱ぎ散らかった服なんかがある、この場所で?? 清潔感や威厳なんかも感じさせない一室で????


「っこ、……ここ、で……」


 絶句するあたしを見かねたのかジョイさんが何か、ぼそっと口にすると、あら不思議!


 一瞬で室内が、たちまちとキレイに早変わる。


「これでいいな?」

「はぃ」

 ジョイさんは頭を掻いて舌打ちをする。

「おい! ロロっ、服を着替えてシャキッと王らしく振舞えっ!」


 声を荒げて髭のロロさんに激高をしてくれる。


「めんっどくっせぇええっ」


 パチン! と指を鳴らすと髭のロロさんの身だしなみは様変わりをする。清潔感の溢れる好青年だ。頭の上の王冠もギラギラと輝く。


「これでいいか?」

「! っは、はい!」

「じゃあ。王冠も重いし肩も凝るし、ちゃっちゃとやっちまおう」


 あたしは生唾を飲み込んだ。

 いよいよ、だと。


「セシア。前に」

「はい!」

 ぎこちない動きであたしは髭のロロさんの前に立った。

「跪け」

 あたしは妖精王のロロさんに、いわれるがままに床に膝をついた。


「汝。《妖精霊》の声を訊き、人々に寄り添い、人々のために尽くし、我が《妖精王》に忠義を誓うか」


 難しいことはさっぱりわからない。でも、誰かの為に、誰かに必要されて、あたしなんかが役に立てるのであれば――


「はい」


 面を上げて《妖精王》の顔を真っ直ぐに見据えた。

 凛々しく神々しい笑顔とかち合う。


「汝を我が《妖精王》の直属妖精薬師であることを《妖精魔属》と《妖精霊》に告ぎ、任命の許可を与えようぞっ!」


 宝石が施された剣があたしの右肩と左肩に置かれ、額に添えられた。

 瞬間。

 一室に《妖精霊》が大勢といたことが視えた。

 にこやかに拍手をしてくれていた。

 そして、一斉に飛び散った。


「私には第3は見えないが、すごいんだろうな」


 ジョイさんが苦笑して吐き捨てた。

「沢山の《妖精霊》さんたちがいました!」

「うわぁ。視えなくていいや」

 ジョイさんは赤い舌を出して、本当に嫌そうな顔を、あたしに正直に晒す。


「っこ、これであたしは――」と妖精王のロロさんへと浮かれた気持ちで目を向けると、ぼさっとどこにでもいるような、冴えない青年が、クッションの上で仰向けで寝ている。充電切れかのようでした。


「あんたはーもー~~《妖精薬師》のセシアちゃんだよー頑張ってしたいようにやりたいように、誰かの為に薬を調合しちゃいなよ」


 緩みまくった言葉が、あたしの喜びを半減させるかのように言い捨てる。祝福をしてくれているんだろうけど。態度が、態度が、態度が。もうどこにでもいる無職のだらしない青年の姿で、さっきまでの儀式での凛々しさも、神々しさすらもあった青年の容姿すら嘘のよう。


「は、……はぃ」


 ドン引きをしているあたしに察したのか「ロロ。きちんと、状況の説明まではしっかりとしろ――《妖精王》」と髭のロロさんにいってくれる。


 小さなため息を吐くと、むくりとクッションから上半身を持ち上げた。


「都合のいいときに《妖精王》っていえば、その気になって、俺もきちんとするって思ってるよな? ジョにぃ」


 ぶすっと、さらに眉間のしわを深くして髭のロロのさんも言い返したけど、すぐにあたしへと向けた。


「今日のたった今の許可――《祝福》は全世界の《妖精霊》に《妖精魔属》へと伝達をさせた。それによってあンたは今後はもちろん《妖精薬師》を名乗ることが可能であり、薬草なんかの調達の雑用なんかを《妖精魔属》に依頼が可能となる。対価交換と、見合った対価を求めた《妖精魔属》には与えなければならないから気をつけろよ。第3のあいつ等はからかい、楽しむことが生き甲斐だから、いい顔しまくったら後悔をするから気を抜かずに、しっかりと――仕事を成せ」


 ぷっしゅうぅうう~~とクッションに崩れ落ちる髭のロロさん。


「ま。そういうこったから」


 ジョイさんが苦笑を浮かべて、頭を掻いた。

「はぃ」

「じゃあ。ここの経営者である魔女に挨拶に行こうか」

「え」

「薬師となったんなら挨拶は当たり前だろう。今後、ここで薬の調合をするってんなら。借りる身か雇用される方になるってんだ、しといて損はねぇよ」


 でも。それはアララギさんの奥様で、今、大変忙しいって、さっきいってたし、静かにするようにって話しだったし。怖いっ、怖いぃいい!


「じ、実はお城の傍に小さいですが寂れた小屋がありまして。そこで薬を調合しょうかと思っているんですっ。前にお城に住まわせていた旅の薬師の方の為に用意した小屋でして、周りも調合に使えそうな薬草なんかも生えたりなんかしててあるんですよ」


 真っ赤な嘘。そんな小屋なんかない。

 今、アララギさんの奥様に挨拶なんかいけないもの。

 薬の調合する場所は、あとでどうとでもなる、……はずだ。


「あるのか」

「ぁ、りますっ」

「ふぅん?」

「本当ですよ!」

「別に、嘘だとかいってねぇんだけど?」

「ぁ、りますからっ」

 もう必死だ。本当だと嘘を誤魔化して、信じて貰えるようにがんばるしかない。

「本当にっ、本当にっ、本当にあるんです!」

「もう少し。静かに、して……もらえる、かな?」

「!?」突然と聞こえた言葉に、あたしはひゅ、ってなった。

「えぇと。あンたは、……サンドロさんと仲のいい、人間の王太子妃。でしたよね?」


 魔女アヌ。アララギさんの奥様。

 こちらの薬局を経営されている凄腕の魔女様だ。


「は、ひぃ」


 涙目のあたしに「薬局ここでなら新しい薬草もあるし、好きなだけ調合は行っていいのよ? 同じ薬師同士だもの。気兼ねもないでしょう。人間たちのいる雑音まみれた場所なんかで調合するよりは」アヌさんは寛大だった。目の下のクマも真っ黒になるくらい、根を詰めて仕事をしているんだ。とても優しい言葉だ。全てを、あたしを受け入れてくれる。


 でも、甘えては――ダメだ。

 まだ、自分で何も頑張ってなんかいないのに。


「困ったときは、その、調合に使わせていただいてもいいでしょうか?」

「ええ。どうぞ」


「ありがとうございます」


 深々とお辞儀をしてあたしは帰った。


 その後の2人の話しをキラキラと《精霊》たちが教えてくれた。


「久しぶりだな、魔女アヌ。薬の調合とか納期とかどうなんだ?」

「旦那様が納期の調整や経理をしてくれているので。大分と、あたしの肩の荷も下りました」

「あいつはほんと手先なんか器用だよな。……貴様が、こうして顔を見せたのは、たまたまなんではないんだろう? ディーニの奴のあの鬼の形相具合だ。割と、ヤバいんだろう? 調合の方」

 ジョイさんがアヌさんに状況を確認をした。

「そう、ですよ。そこそこの窮地ですね」

「たとえるなら。そうさなぁー~~……同じ、《薬師》が欲しいとかかな? もちろん。ディーニの奴はなしとして」

 アヌさんも「隠し事、出来ませんね。義兄さんには」唇を噛み締めて小さく呟いた。指先も重ねてくるんくるんと回している。


「ディーニは有能だ。それは兄である私も保障をするところだが。やはりというか。薬の調合はやはり魔力のある魔女こそが、もっとも調合するには適した存在だ。《妖精薬師》の許可の得た隔世遺伝の《妖》でもある人間の女。世界から引く手数多よ。涎ものの上質な存在を放っておく馬鹿なんかいねぇ、最初にお手つきした方が交渉権があるってもんさ。なぁ? 魔女アヌよ」


 ジョイさんの顔からアヌさんも目を反らし「そぅ、ですね」と口元が吊り上がった。意を決したアヌさんの目が、ジョイさんを真っ直ぐと見据えた。


 この話は結果として後々に聞かされたときは、早く教えてよ! ってなったのだけど、それはまた別のお話しになるの。


 バタンとドアを閉めて大きく息を吐くあたしに、

「どうだった? 許可は得られたんだろう?」

 執務机の上に両足を乗せて組んだ女装のドルドゼが聞いた。


「うん。あたしは《妖精薬師》に成ったよ」


 長い脚を下ろしてドルドゼはあたしへと駆け寄った。あまりの速さにあたしは身構える間もなく、抱き締められて顔もドルドゼのお腹にあった。視界がドルドゼの服だ。キレイなドレスが視界でキラキラと輝いている。


「ドルドゼ?」


「よかったな。少し、心配はこれでもしていたんだよ。ロロの奴は妖精みたいなもんだから。人間なんか興味がなくて、セシアに関心もなければ許可なんか出さないだろうなって。変に何かされて傷でも負って帰って着たらどうしたものかと、全面戦争かってね。五体満足で安心したよ。お帰りなさい、我が妃よ」


 嬉しい。嬉しい。嬉しい! ドルドゼがあたしを心配して、全身が震えていて、心臓なんかもバクバクって鳴っている。顔は見えないのが残念な気もするけど、見えない方がいいのかもしれないとかも思うあたしは、心の余裕が出来たんだろう。全てはドルドゼのおかげ。


 あたしも短い両腕を必死にドルドゼの背中へと回した。

 ぎゅうと強く抱き締めた。


「あたし。国王様と王妃様のために薬を調合します」


 決めていたことをあたしは口にした。

 すると。


「止めておいた方がいいんじゃないのか? それは」

「? どうして? 病気なんですよ? 治ればドルドゼも公務も減るかもしれないし、もっとこうして一緒に抱き合えるかもしれないんですよ?」

「治れば碌なことが起きない。そんな気が俺はするんだ」


 ドルドゼはあたしを離して、腰を屈めてあたしを見つめた。


「でも君は薬を調合したいんだね?」

「はい!」

 がくりとドルドゼの顔が下を向く。

「悪いことなんか起きませんよ。きっと、いい方向に風向きも変わります」


 王様たちが治れば。国の為に今まで以上に外交を行えるようになる。健康になれば王太子の公務も減るだろうし、世継ぎも生まれればドルドゼは市民に戻れるはずだわ。


 女装で食事を運べる生活に戻れる!


「君には覚悟があるかい?」

「え」

「俺と添い遂げ、未来を捧げると」

 いまさらなことを改めて聞いてくるドルドゼに「貴方と結婚をした日からあたしは貴方と添え遂げて死ぬことを覚悟しています」恥ずかしい言葉を、彼の想いを伝えた。


 顔が上に向き直った。少し涙目の困った表情を浮かべているのはどうしてなのか、あたしにはわからない。


「よし。君の覚悟はわかった」

 ドルドゼが立ち上がって、あたしの両手を握った。

「王太子妃セシア、いや《妖精薬師》セシア」

「はい」

「ドソル国王とミファ王妃の治療薬を調合をしてくれ」

「はい。おおせのままに」


 あたしたちは見つめ合って。

 爆笑をした。


「「あっはっはっはっは!」」


 笑うだけ笑ってからの触れるだけの優しい口づけ。

「無理だけはしてくれるなよ」

「もちろんです」

「美容にはいいものを取り揃えてあるからな」

「でしょうね」

 さらに優しい触れるだけの口づけを交わす。

「あの。それで、……薬の調合する場所の件でお願いがあるんです」


「? 場所だって?」

 ドルドゼが首を傾げた。

「ええ。どこか廃屋でもいいんですが、静かで出来れば広い場所なんかがあれば、そこで薬を調合をしたいんです」

 お城の周りなんかに詳しいはずのドルドゼに聞く。それが一番、いま、頼れる情報確認だ。もしも、ないとなれば。魔女のアヌさんにお願いをするしかないのかもしれない。


「廃屋か建物で、静かで、薬の調合が可能な場所ねぇ」


 ドルドゼが首を傾げてぶつぶつと、呟く様子をあたしは見つめていた。

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