第2話 少女を呼んだ者達

 暗い空の下、神殿には無数のかがり火がかれ、幻想的な景色が広がっている。

 神殿の最奥部さいおうぶにある祭壇さいだんに、青い肌をした二人の男がいた。一人は若く、タキシードのような正装姿をしており、もう一人はローブをまとった年老いた男である。


「ブシュワスカよ、まだ、来ぬのか……?」


 若い男が焦れた風にブシュワスカと呼ばれたローブをまとった男に問いかける。


「反応からすると、既に来ているはずなのですが……」


「しかし、どこにもいないではないか。もしやおまえが呼んだ救世主というのは不可視の幽霊なのか、それとも目を皿のようにして調べなければ分からないような小人なのか?」


「殿下、嫌味はおやめください……」


「嫌味の一言くらい言いたくもなるわ。これが失敗に終われば、我々悪魔族は……うん?」


「どうかなさいましたか?」


「今、遠くの方から悲鳴のような声が聞こえなかったか?」


「私には何も……」


 ブシュワスカが否定したので、若い男は目を閉じて耳をすませる。


 カッと目を見開いた。


「間違いない。『誰か助けてください』という声が聞こえた。こちらだ」


「あっ、フォルクレオン殿下、お待ちください」


 ブシュワスカの制止を聞くことなく、フォルクレオンは声の方向を定め、空へと舞い上がった。




 澄んだ「誰か助けてください」という声は次第に大きくなってくる。


「あそこか?」


 フォルクレオンの視界の先に緑色の沼のようなものが見えてきた。そのほとりに、水色のローブに黒い髪の少女が立っている。少女が上を向いた。フォルクレオンと視線が合う。


「あっ! 助けてください!」


 少女が沼を指さした。そこに大きな巨人が右手をバタバタさせて溺れそうになっている。


「サイクロプスが沼で溺れているのか?」


「そのようですな」


 後ろから飛んでついてきているブシュワスカが答える。


 訳が分からないが、とにかく沼の方に向かう。




 沼の中で溺れているサイクロプスは左手にロープを掴んでいた。そのロープが少女の方に伸び、少女の背後にある木にくくりつけられている。


 フォルクレオンは地面に降りると、ロープを掴んだ。


「おい、ブシュワスカ。手伝え」


「ははっ」


 二人はロープを掴んだ。


「ふんっ!」


 互いの気合の声とともに二人の腕や太腿が倍になろうかというくらい太くなった。その増加された力のままに、二人は一気にロープを引っ張る。サイクロプスが瞬く間に岸へと向かってきて、そのまま引っ張り出された。


「わぁ、すごい! ありがとうございました。おかげで助かりました」


 少女が拍手しながらフォルクレオンに頭を下げる。


「……一体何があったのだ?」


 問いかけると、少し困ったような笑みを浮かべた。


「いや~、ここに来たら、あの巨人がいまして、いきなり掴まれそうだったので思わず……」


「吹っ飛ばしたのか?」


 フォルクレオンは首を傾げた。


 目の前の1.6メートル程度の少女が8メートルはあろうかというサイクロプスを底なし沼に落とすという情景は想像しづらいが、説明を聞く限りそうとしか思えない。


「あ、いえ、近くにいた羽虫に信号を送って、一つ目を塞いだんですよ。その間に逃げようと思ったのですが、巨人が足を滑らせてそのまま沼に落ちてしまいまして……」


「羽虫に信号?」


「はい。ああいう羽虫とか魚っていうのは大群で、先頭の行動に従って動いていますよね。ですので、先頭が出すだろう信号を代わりに送ったら、みんながそれについてくれるということです」


 一つしかない目を多くの羽虫に覆われて、視界を失った巨人はそのまま底なし沼へと落ちてしまった、ということらしい。


「もちろん大きな魔力で吹き飛ばすことも不可能ではないのでしょうけれど、見知らぬ土地に来た以上、あまり魔力を使いたくないですからね」


 少女の言葉に、フォルクレオンは目を見開く。


「そうか、君が、私達が呼んだ救世主、なのか……」


 救世主という言葉に少女も反応する。


「ということは、あなた方が私をここに呼んだのですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る