少女の知恵と好奇心は魔界も世界もひっくり返す
川野遥
第1話 少女は救世主として選ばれた
「ねぇねぇ、聞いてくれる?」
エリーティアは中庭にある池のほとりにしゃがみこみ、水面を覗いた。
馴れ馴れしく話しかけているが、それを聞くような人間は一人もいない。
彼女の話し相手は、池の下にいた。人懐こいコイの群れである。
エサを目当てに集まってきているコイを相手にするしかないというのも寂しい話であるが、大勢集まってくるのは嬉しいようで笑顔を浮かべて話を始める。
「みんなね、世界が安定しているし、新しい試みなんてしなくていいって言っているのよ。逆だと思わない? 安定していて失敗ができるからこそ、新しいチャレンジができるのよ。仮に被害が出たとしても、それは世界が前進するために必要なものなのに、みんな、目先の失敗を恐れていて……、はぁ」
深い溜息をついて、エリーティアは手にしていたエサを池に投じる。既に集まってきていたコイの動きが更に激しくなった。我こそはとエサに食らいつき、水面がバシャバシャと派手に揺れる。
「……あれ?」
しばらくコイを見て微笑んでいたエリーティアだが、不意に目を見開いた。下にいるコイの姿が急に薄れてきて、水面に自らの黒い髪、青い瞳が映りこむ。
更に数秒もしないうちに、水中に赤黒いシミのようなものが広がっていく。その奥に神殿のようなものが見えてきた。
思わず後ろを振り向くが、自分の背後には城もないし、空は快晴の青である。水中に映る神殿も赤黒い世界も存在しない。
『救世主よ、助けてください……』
「わっ?」
水面の変化には冷静さを保っていたエリーティアだが、水中からの声には思わずのけぞった。
「気のせい……ではないわよね」
老人のようなかすれる声であった。幻聴とは思えない。
水中に映る世界が依然として変わりがない以上、声だけが幻覚とも思えない。
『我々の声が聞こえるのなら、助けてほしい』
再度聞こえてきた。
エリーティアは周りを見渡すが、そもそも一人寂しくコイを相手に愚痴っていたのである。周囲に誰かがいるわけもない。
「となると、どこか別の次元あるいは別の世界から、私を呼んでいると考えるしかないわね」
右手の袖を引き上げ、水面につけてみた。水面との境では水の感触があるが、その下は全く違う大気と触れているような感覚である。次いで顔をつけてみた。赤い空間しか見えないが、呼吸には問題がない。
「私自身が新しいチャレンジをしない人達に文句を言っていただけに、チャレンジから逃れるわけにもいかないわね……」
エリーティアはそう呟いて、中に飛び込んだ。
「わわっ!? 空気はあるけど、水中みたい?」
完全に水中に入った瞬間、空中にふわふわと浮く自分を実感した。
いつの間にか上下が逆転しており、頭を下に空中にふわふわと浮き上がる。体勢を逆転させて、しばらく浮力に任せて空中に浮き、辺りを見渡す。
「あれ、あそこに歪みがある」
空間の一角にヒビのようなものが入っていることに気づいた。
「行ってみようっと」
平泳ぎの要領で、ヒビ割れの方に向かう。
割れたところから奥を覗こうとした瞬間。
「きゃっ!」
ヒビの向こうからまばゆいばかりの光が差し込み、エリーティアは思わず目を閉じた。
光が消えたのを確認して、エリーティアは目を開いた。
「あら……?」
そこは最初にいた池のほとりのようであった。
「戻ってきた……わけではないみたいね」
周囲の風景は似ているが、上空は赤い。
それに空気がどこかねっとりとしているように思えた。
「一体どこなのかしら……うん?」
その瞬間、ズシンという音とともに地響きが起きた。地震かと思いきや、連続して続く。
何かが近づいてくる気配を感じた。背後が暗くなる。
エリーティアは硬い表情で後ろを向いた。
「あら……、こんにちは」
エリーティアの背後から10メートルほどの距離。
そこに彼女を見下ろす8メートルを超えようかという一つ目の巨人がいた。
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