第4話 勇者オクシテンタル


 セルウィンとアリーニが王城外の草場から城内の地下にある一室に到着した時点で、その室内にはただ一人が立っているだけだった。


「……カガ一星将、あんただけ?」

 セルウィンが不愛想ぶあいそうに問いかけた。


「私だけです」

 カガが無表情で答えた。


 しんと静まり返った地下室で、それきり会話は途絶えた。


「あのー」

 アリーニがカガに向かって手を上げた。


「なんでしょうか?」


「他のひと……勇者は?」


「私が入室すると、みな退室しました」


「あー……」

 アリーニも何かを察し、再び室内に静寂が訪れた。


 しばらくそのままだったが、廊下を近づいて来る足音がこだまする。

 三本足で歩くようなその足音の主に、三人は気が付いていた。


「ん……おお、ここじゃここじゃ。こんにちはじゃな」

 扉の向こうから顔を覗かせたのは、剣を杖代わりにして歩く一人の老爺ろうやだった。


「はい、こんにちはー。ここですよ、勇者オクシテンタル」

 アリーニが親しみを込めた表情で、その老爺を室内へと迎え入れた。


「ん……ん。お嬢ちゃん、ここは勇者しか出席することが許されない13人委員会の部屋じゃぞ。誰かに尻を叩かれんうちに立ち去りなさい」


「やだなあ、わたしですよ。わたし、勇者、アリーニ、です」


「ん……? おお、そうか、勇者アリーニ。ウムそうじゃった……おや?」


「ん? どうしました?」


「勇者アリーニは壮烈な討ち死にを遂げたのでは?」


「おじいちゃ……勇者オクシテンタル、わたし、生きてますよー。ほらほら」

 アリーニはオクシテンタルの長い白髭に、わさわさと触れてみせた。


「うむ……うむ、ふぉふぉふぉ、やめんかくすぐったい。ところで、ひぃ、ふぅ、みぃ……残りの10人はどうした? みな討ち死にしおったか?」

 

 それまで傍観ぼうかんしていたセルウィンが口を開いた。

「勇者オクシテンタル。委員会が13人体制だったのは、もう5年以上前のことだろ。今は8人。残った勇者も8人だ。俺とアリーニ以外は出ていったそうだ。誰かの顔を見たらな」


 セルウィンにちらりと視線で刺されたカガは、意に介することもなくオクシテンタルにまず着席を勧め、その後話し始めた。

「お二人もどうぞご着席下さい。委員会を始めましょう」


「始める? 全員揃わない状況で、しかも委員長不在、さらに勇者以外の者に委員会を主導する権利などないはずなんだけどな」


「勇者セルウィン。他の勇者たちは、国王の代理者たる私の静止を無視して委員会を退席しました。彼らをおもんぱかる必要性は無いと思われ……いえ、無いのです。どうぞ、まずはお座り下さい」

 そう二人の着席を片方の手でうながしておいて、もう一方の手で古風な羊皮紙ようひしを高く掲げた。

 そこには、国王の直筆サインと、カガに委員会の特別臨時委員長を命ずる旨の文章が記されており、彼はそれを黒板へと貼り付けた。


「なんだアルタイのやつ、委員長を解任されたのか」

 セルウィンはそう言うと、不承不承ふしょうぶしょう椅子に腰を降ろし、足を組んでそっぽを向いた。


 アリーニもセルウィンにならい、静かに椅子へと腰掛ける。


 オクシテンタルは座ったまま、なにやらもごもごつぶやいている。

「そうか……みな討ち死にしたんじゃなあ……壮烈そうれつじゃなあ……」


「では、これより臨時八人委員会を開催致します。五名は欠席ですが、もはや問題ありません」


 問題ない、というカガの言葉にセルウィンは食って掛かろうとしたが、アリーニの視線に気が付き、無益な事を悟って顔を壁の方へと向けて口をつぐんだ。


「今回、私がこの八人委員会の臨時委員長を務めさせていただくことになった理由、それは――」


 「――っ! かああああっー! 敵襲かああっ!!!?」

 突然オクシテンタルが雄叫びを上げて全身を跳ね上げた。


 目を丸くするするアリーニ。

 壁から顔をオクシテンタルに向けるセルウィン。

 顔色も変えずにそれを眺めるカガ。


 オクシテンタルは鞘から剣を抜き放った。


「どこじゃ!? 敵はどこにいる! 斬ったるゾ! オラ! 来いや! こいっ!」


「お、落ち着いて勇者オクシテンタル! 敵なんていませんよ」

 なだめようとするアリーニの言葉が届いていないのか、さらにヒートアップしていくオクシテンタルは、剣を抜いて振り回し始めた。


「魔王め! 今日こそぶった斬ったるゾ! 暗気なぞワシにゃあさわやかな高原の空気みたいなもんじゃ! オラ! 来いやゴラァ!」


 叫び続けながら、一人で大立ち回りを演じるオクシテンタルの振り回す剣の一筋ひとすじが、カガの首へと伸びた――。


 その刹那せつな、セルウィンの剣がオクシテンタルの剣と交わり、激しい火花が散って、その光が室内を一瞬明るく照射した。


「勇者オクシテンタル。こいつは敵じゃあない……魔族に比べたらな」


 火花に心をあぶられてか、オクシテンタルは正気を取り戻したようで、握っていた剣を床へと落としてしまった。


「討ち死に……ようやくワシも討ち死にじゃ……お……おおぅ……どうした? 何があった? ん? 空気が重いのう。おや、剣が落ちとるじゃないか。やれやれ、年を取ると剣もロクに鞘におさまらんか……」

 オクシテンタルは剣を鞘へと納めると、何事もなかったかのように、また椅子に腰かけ目をつむった。


 ひそひそ声でアリーニがセルウィンに話し掛ける。

「勇者オクシテンタルが昔、やんちゃな勇者だったってあれ、ほんとうなんですね」


「かもな。ともかく一線を退いた後、勇者が不足したから戦時徴用せんじちょうようされて、老齢から今は候補生の育成を主に受け持ってるけど、本来は完全に戦場向きの戦闘バカらしい」


「お二人とも、私語はお慎み下さい」

 自らの首元へ勇者の剣に迫られながら、カガの口調は全く乱れず冷静なままだ。


「だったら早く演説してくれ。手早くな」


「分かりました」

 カガは次の言葉を冷徹れいてつに室内へ響かせた。


「八名の勇者には、備蓄びちくしている魔法力を全て搭載して魔王軍へと突入、敵中でこれを開放し敵を撃滅げきめつしていただきます。なお作戦決行は……」


「――10日後に決定しました」




 

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魔力を抱えて魔王軍に特攻する八勇者の物語 涙田もろ @sawayaka_president

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