第3話 勇者セルウィン【2】


「お師匠っ! おししょうっ!」


「……ん」


「起きて下さい! 八人委員会が始まりますよー」


「んあ……」


「起きない? まだ起きない? なら……」


「――ッ!?」


 股間の鈍痛どんつうで目を覚ましたセルウィンの眼に映ったのは、夢の中とは真逆の奇麗な青い空と、平時装束へいじしょうぞくで剣を握るアリーニが仁王立ちしている姿だった。


「あっ……くぅ……お前……俺の、俺に何をした……」


「お師匠が目を覚まさないので、お師匠のおししょうに活を入れました」


「バッか……ここは俺のお師匠じゃねえ……」


 アリーニは、半身を起こし自らの股間を押さえながら悶絶もんぜつするセルウィンの服のえりを掴んで、草原の上を引きずって歩き始めた。


「そうなんですか? でもそこを剣の柄で小突くまで、お師匠起きなかったから」


「つか……頭も腹も、体中いたるところが痛いんだが?」


「はい。起きなかったから」

 アリーニは前を向いたまま、歩みを止めずに答えた。


「お前、お前が多少力をめたら剣の柄先でも岩が割れるだろうよ。それを俺の、ここにって、いくら勇者の身体は頑丈だってっても、さすがに……」


「そうですね。でもお師匠のおししょうは、昨日の夜も元気に戦っていたって、酒場のご主人から聞きましたが? 看板娘とのとかで? ずいぶんお強いから大丈夫かと思いまして? 大丈夫ですよね。強いんだもん」


「なに、怒ってんだお前?」


「怒ってはいません。ちゃんとしてください。勇者として」


「それにもうお前は俺の弟子じゃあないんだから、お師匠はやめろと言っているだろ。他の候補生に示しが付かない」


「だって変わりないじゃないですか」


「弟子というのも現状、候補生という名称に変わったし、今のお前はもう立派な勇者のひとりだろ。現存する八人の勇者の内のひとり、八人委員会委員、勇者アリーニだ」


「だけど、変わりません。お師匠はおししょうです」


「ふぅ……まあいいさ。でもみんなの前では、俺の事はちゃんと勇者セルウィンと呼べよ?」


「はい」


「うん。で……俺は夢の国から引っ張り出されてどこに連れていかれるんだ?」


「立派な勇者なんですから、ちゃんとしてください。もう八人委員会が始まる時間です」


「あー……そうなー……でもさ、俺、苦手なんだよね、あそこ」


「好きとか嫌いじゃありません」


「そんな言い方すると、なんか俺がニンジン嫌いなキッズみたいじゃん?」


「キッズは看板娘と夜の対戦なんかしません」


「そこに戻る!?」


「とにかく全員揃わないと始まりません。それに今日はカガ一星将が出席するようですよ?」


「……あいつが?」

 やにわに、セルウィンは飛び上がり、空中で一回転してアリーニの手をほどいて地面に降り立った。


 セルウィンの目の高さにアリーニの頭の先があり、ふんわりと良い香りが彼の鼻腔びこうをくすぐった。


「何を企んでるんだろうな?」


「わかりません。でも、良い話が出てきそうにはありませんね」


「うん……候補生絡み? なんにせよ、用心した方が良さそうだ」


「はい。じゅうぶんに目を覚まして、頭を回転させてくださいね」


「任せろ。もう夢から覚めた」


「ちなみに、なんの夢を見ていたんですか?」


「あー……うん。まあ、な」


 ジトっとした目で、アリーニはかつての師匠の瞳を覗き込んだ。

の夢ですか?」


「お! 良く分かったな!? お前夢見むけんの魔法も使えたのか」


「ーーーッ!」

 うなるや、アリーニはセルウィンの股間を腰に下げた剣の柄で跳ね上げた。


「ぐふっ……ぅ!! ア……リ……ニ……な、ぜ……」

 セルウィンは再び草の上に尻を付き、アリーニに引きずられながら、しばらく進むハメとなった。

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