第3話 空の首塚<完>


 季節はゆっくりと移り変わり、じりじりと肌を焦がした太陽の日差しも柔らかくなり、巨大な建造物のようにも見えた入道雲も涼やかな筋を残す雲になった。

 空の天井が少し高くなった気がする。

 朝晩は初秋の爽やかな風が吹き、猛暑で体力をそがれている私は、眠気を抑えることができず大きな欠伸あくびをしながらの通勤となる。

 明日からは、連休となる彼岸ひがんだ。

 お墓参りなどしてゆっくり休もうと考えながら帰路を進むと、いつもと違う風景に出くわした。

 首塚を囲うさくの一部が開いているのだ!

 私は心臓が止まるほどに驚き、次に聞こえそうなほど動悸がしてきた。

 本当に首塚なのか、ここに眠る人はどんな人なのか確かめることができる。

 子どもたちのように、柵を越えて中の塚を確かめることなどできないが門扉もんぴいていれば話は別だ。

 抑えられない興味に動かされ自転車を脇に止めて、一歩踏み出す。 


 門扉もんぴが開いているのだから、誰が入ってもとがめられることはないと自分に言い聞かせながらも、首塚という恐ろしいものに近寄る恐怖とそんなものに憧れに似た気持ちを寄せてしまった自分を反省し、悪事あくじがばれそうな子供のようにドキドキしていた。

 こけむした敷石しきいしみながら静かに歩み寄る。

 本当に確かめてしまっていいのだろうか? 

 確かめることで何か失われてしまうものがあるような気もする。

 ただ、それを避けて通るのはずるいような気もしていた。

 どちらにせよ、私はいつでも目の前にある道を進むしかない。

 たとえ立ち止まったとしてもいつかは行くしかないのだ。

 それは、経験的に分かっている。


 首塚は、見なれたお墓と同様に名が刻んであった。


 ――― 河田亮蔵霊神碑 


 

 墓ではないのだろうか? 

 首を傾げながらのぞきこんでいると、背後から突然声をかけられた。

「お嬢さん、線香をどうぞ」

 飛び上り振り返るとメガネをかけた見知らぬおじさんが立っていた。

 親くらいの年齢だろうか? 

 どこか、高校時代の歴史の先生を思い出すような雰囲気がある。

 私は、いたずらをとがめられた子供のように所在しょざいない気持ちになり小さくなりながら、渡された線香を言われるがままに受け取り、の前で手を合わせていた。

(子供みたいに入りこんで、ごめんなさい)

 深緑と線香の混ざり合ったどこか懐かしい香りが、気持ちを落ち着かせた。

「若い方がここを訪れているのは珍しい。故人も喜ぶでしょう」

 二十代も後半戦で、『若い』といってもらえると少しうれしい気もする。

 気が軽くなり、素直な気持ちでおじさんに尋ねた。

「毎日、ここを通るので気になっていたのです。

 線香をあげてから聞くものおかしな話ですが、これはどなたのお墓なのでしょうか?

 その、戦国武将の首塚なんですか?」

 戦国武将のというところで、おじさんが可笑おかしくてたまらないとばかりに声を出して笑った。

「どこでそんな話を聞いたのですか?」

 涙すら浮かべて笑っている。

 どうやら的外まとはれなことを聞いてしまったようだ。

 私も照れてひたいく。

 では、この碑はどんな人のものだというのだろう。

「ここで眠っている方は、維新の世においてこの地に赴任した河田亮蔵という方なのですが、赴任した矢先に尊王攘夷そんのうじょういの志士に打たれてしまったのです。

 お気の毒に首はさらされ、胴は川へ流されたとか」

 戦国ではなく、もう少し新しい明治維新時代だった。

 しかも、思っていたよりも恐ろしい死にざまに背筋が寒くなり顔色を変えてしまったのか、おじさんはあわてて付け足す。

「この塚は、その首を収めるはずだったのですが、馴染なじみの薄い来たばかりの任地にんちより生まれ故郷の方が御霊みたまも眠れるだろうというので、首はここには安置あんちされてはいないのです。

 この場所は御霊をしずめる慰霊碑いれいひで、

 中はからなのですよ」

 安心してくださいと、にこりと笑う。

(空なんだ……)

 私は、ホッと心をなでおろした。


 勝手に怖がり、

 勝手に憧れ、

 今、真実を知った。


 首塚がからという、拍子抜ひょうしぬけの事実に一瞬落胆するかと思ったが、むしろ安堵あんどが広がっていた。

 本当のことを知り、線香を上げたことでなにか胸がすっとし、吹っ切れたような気がする。

 どうして私は本当のことを知ろうとせず、逃げまどったり、理想像を作ってしまったのだろう。

 思い返せば、それも楽しくもあったがなんと滑稽こっけいなことか。

 歩み寄って、事実を知れば見ればなんということない。

 塚のあるじも、同じ普通の人間だった。



 なにか、胸が透くような気がした。



 この先、無知であるがゆえに恐ろしいと思うことや失敗することはたくさんあるのかもしれない。

 そんなことがあったら、ここで手を合わせよう。

 知ればなにも怖くないと思い出させてくれはずだ。


 

 もうすぐ、さわやかな秋が来る。

 微かに金木犀のやさしい香りがするような気がした。


  お わ り 


*****

※ 内容は実話の私小説ですが、昔書いたものなので現在の実年齢とは異なります💦 

作中の史跡は実際にある場所ですが、居住地に近いため仮名といたしました。


☆3以外も歓迎です、気軽に評価をお願いします。   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【私小説】空の首塚《カラノクビヅカ》 天城らん @amagi_ran

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ