第2話 主へのあこがれ


 週末の暑さしのぎに、友だちを誘い喫茶店へ涼みに行く。

 仕事の愚痴から美容のことまで、話は尽きない。

 その中で、ふと塚のことを思い出し親友に話をする。

 すると『神社に墓というのはどうなのかしら?』と言われた。

 言われてみれば、墓というのはお寺にあるものだ。

 少し気が楽になり、安心して珈琲フロートを底まで飲んだところで、『やはり、神社でひんやりするところなら何かいるんじゃない?』と、話はまた 怪談に元に戻ってしまった。

 怖い話が苦手な私をからかって楽しんでいるとしか思えない。

 私のことを散々もて遊んだ後に、美白の談義に花が咲く。

 キュウリだのレモンの美白の美容効果よりも、高い化粧品に勝るものはないとかなんとか。

 女友達というのは現実的なことには頼りになるが、こと夢物語のような首塚のことについては結論は出なかった。


 *


 結局、私は一ヶ月たってもその『首塚』の脇を通勤路としている。

 怖いと思いながらも、そこを通り続けるのは、見栄のようなものかもしれない。

 大人は、怪談などでびくびくするものじゃない。

 そうでなければいけないと、思っているからだ。

 しかしながら、塚を直視できない、かといって完全に無視もできず、必ずちらっと見てしまう。

 これは、無念の戦国武将に呼ばれているのだろうか……?

 そんな想像をする時点で、負けているような気もしてくる。

 毎日毎日、ただの繰り返し。同じ通勤路に、同じデスクワーク。

 お客様の苦情電話も毎回同じ。

 変わってゆくのは、季節と自分の年齢だけ。



 この塚に眠る人の人生は、どんなものだったのだろう? 

 ふと、そんな取り留めのないことを想像する。

 少なくとも、退屈な私の人生とはあまりにも違う激動のものだったのではないか。

 斬首という激しい死を遂げたものは、その生も熱く眩しいものだったのではないかと思わずにはいられない。

 私のように自転車でてろてろと進むのではなく、甲冑を着て馬で原野を駆ける。

 白刃にひるむことなくにらみながら死すのは、こころざし半ばであっても誇りを持って死んだのではないか。

 空想が募りいつしか恐怖が憧れに代わってきた頃には、心の中で塚に話しかけるのが日課となっていた。


 首塚のあるじさん。戦国でもどこでもいいけど、私はあなたが生きたような時代に生まれたかったわ。

 命がけで何かを成し遂げるような……。

 怠惰な日常の繰り返しなんていらない。


 怖いと思いながらも、この木蔭の道を選んでしまうのは刺激を求めていたからなのだろうか?

 見えない幽霊も、緩慢な日常も同じように恐ろしいと私は思う。

 世の中は、恐ろしいことだらけだ。

 目を背けたり、憧れでごまかしてはいけないと分かっているが、ではどうすればいい? 

 と、答えを探すが見つからず、濃い木陰の下、私は深くため息を吐いた。


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