【私小説】空の首塚《カラノクビヅカ》

天城らん

第1話 木陰にある塚


 私が毎日の通勤路に、塚があることに気がついたのは、真夏の日差しの強い日だった。

 八月に入って、会社までの通勤路を変えた。

 自転車で15分のという僅かな道のりでも、夏の日差しが堪えたからだ。

 女性が『紫外線』という言葉に敏感になるのは、二十代後半からだと聞いたが確かにそのようだ。

 昨年までは、さほど気にしていなかった太陽光線が今年になって急に憎らしく思えてきたのは、歳のせいに他ならないと思う。

『色の白いは七難隠す』とは昔の人はうまいことを言ったものだ。

 隠したいコンプレックスがいくらでもある私は、どうしても色白を守りたく、なるべくなるべく建物の影や木陰を選んでいるうちに自然と通勤路が変わり、そして『その塚』の脇を通るようになっていた。


 *


 塚は、福田市の大きな神社の一角いっかくにある。

 神社の樹齢はわからないがビルの2階ほどの高さはある木の深い陰にひっそりとたたずむその塚は、普段は柵に囲まれていて通行人も気がつかない。

 私も、その神社の脇道を通っていたのにも関わらずしばらく気にも留めなかった。

 しかし、夏のある日、仕事帰りの疲れた体でふらふらと赤い自転車を漕いでいた私の目に、その塚を囲む柵によじ登っている小学生の姿が入った。

 真っ黒に日焼けした子供たちは、蜩の声に負けじと賑やかに騒ぎまわっている。

 連日の暑さに眠れない私とは大違いだと子供のたくましさに感心し、注意する気にもなれず脇道を自転車ですり抜ける。

 すると、子供たちの会話が耳に入ってきた。

「これ、戦国武将の首塚なんだぜ」

 なんでも、子供たちの会話の中ではこの塚の主は、戦国武将で家臣に裏切られて恨みたっぷりで死んでいったので、塚の敷地内に入ったものは呪われるということになっていた。

 子供たちにとって柵に登り中へ入ることは度胸だめしと言ったところらしい。

 首塚だとか、呪われるだの子供はそんな怪談が好きだが、すべて作り話だ。

 子供は平和でいいなぁと、ぼんやりと考えながら、翌日、柵の中を覗き込むと石の塔が立っていることが分かった。

 それは確かに『墓』に見えた。

 子供たちの作り話もまんざら嘘ではないようだ。

 石に刻まれている文字は、うっそうとした木陰のため遠巻きには見て取れず、本当に戦国武将の首塚かどうか確認できない。

 ただ、誰かしらの墓らしいと分かると、今まで涼しいからという理由でその脇を通っていたことを少し不気味に思う。

 誰の眠っている墓なのだろうか?

 確かめたい気持ちもなくはないが、子供たちの言うとおりだったら怪談嫌いの私はもうそこを通れなくなるので、保留にした。

 夏の通勤路を変えるつもりはなかったから。


 神社の脇の道は木陰で涼しく、すでに通勤路として習慣となっていた。

 いまさら怖がっても手遅れというもの、息を潜めて見ないようにすればいいだけだ。

 けれど、翌日も、その次の日も、意識すればするほど目は首塚を追ってしまう。

 木陰に入ると涼しいというより寒くすら感じる。

 その度に、子どもじみた想像が頭をよぎる。


『この墓のあるじは、いくつだったのだろう?』

『こころざし半ばで殺されたのだろうか?』

斬首ざんしゅは痛いのか?』 


 馬鹿馬鹿しい、死ぬほど痛いに決まっている。

 いや、斬首というのは、痛くて死ぬのではないのだから、それもおかしい気もする。

 まあ、この暑さで私の思考回路も焼き切れそうなことだけは確かのようだ。

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