新しい町・後

 チーン

 ――やっと付いたか……。

 僕は心臓の音が異常なのをしっかりと感じていた。ガタガタガラガタとドアが開いても、それは収まることを知らない。


 降りてすぐに市長室はある。僕は三回ノックをして、「失礼します」の人声を掛けて入室する。続いて和花も入ってきた。

「おぉ。ああ、うん、あー、ええと、その、アレね、うん、分かってるんでね、はい、あの、ほら、その、えーっと、確か、その、アレですよね」

 どれやねん、おい。やっぱり濱田町長は現実でもこんな感じだったのか。

 チラッと隣を見てみると、彼女も少し眉をひそめて苦笑いしていた。

「あ、そうだ、その、アレですよ、あの、ね、あれ、その、あぁ、はい、あの、本屋さんですよね?」

「ええっと、あの僕たちが移動書店・BOOK MARKの大森雄星と青木和花です」

「あぁあぁ、そうそう、BOOK MARKだ。しおりですね、しおり」

「そうです」

「……あの、そろそろ本題に」

 え?

 と、よく見ると濱田町長の長い耳にヒソヒソ話しかけているオバサンがいる。

「あぁ、あぁ、はい、この人見てますよね? すぐ分かりますよ。うん、はいはいはい、まあ気になる気持ちはね、うん、確かにまあね、ほら、分かりますよ。これね、うちのね、秘書のね、津間つまと言うんですよ。まあ、分かるようにね、まあ、ほら、あの、まあうちの妻じゃないんですけどね、まあはい、秘書やってもらってます」

「初めまして、津間と申します。よろしくお願いします。早速ですが、この無駄な言葉が多い老人町長に代わって、私が話し合いをさせて頂こうかと思いますが……」

 これはだいぶ時間短縮になるだろう。

 というか、この人いつからいたんだろう。背景のように全く見えていなかった。

「ええっと、私共中濱口町は何をさせて頂ければよろしいのでしょうか?」

「それは……」

「ええっと、これまでの市町村では金銭支援を頂いていましたが、うちも色々とあってまあまあの稼ぎが出るようになっているので、恐らく金銭支援は不要です。町の皆様に提供していただくのは、敷地と本を読みたいという熱を持ったお客様の二つだけです」

 僕が言おうとしたところをスラスラッと和花が被せて言いやがった。まるで、雄星さんは黙ってみておいてください、とでもいうかのように。

「まあ、ええっと必要な時になったらその時は相談させて頂きますが、基本的にはどこで販売したらオッケーって言う許可を頂くだけで大丈夫です」

 イラっと来ていた僕は話を奪い返すように継いだ。

「あ、そんな簡単な……」

「そんな簡単なんですよ」

「ごめんなさい、もっと大掛かりに色々お金を掛けなきゃいけないのかと思ってまして」

「いえいえ、全然そんなことは無いんですよ」

「じゃ、敷地はひとまず考えてもらう、と言うことで次ですね。ええっと中濱口町で販売させて頂くスケジュールになります。ええっとこれなんですけど……」

 和花は再び話を始めた。

 ――また僕の話を奪う気かよ。


「おい、そこはコチラなのですがとかって正しい敬語を使え」


「あ、すみませぇん。気をつけまぁす」

 ――思ってないだろうが!

 完全に舐められているようだった。

「あくまで今は予定なんですけど、中濱口町では来月の五月の二十日からになります。そこから毎月二十日に行かせて頂くことになってます。帰ったら他の市町村と調整するので絶対は言い切れないんですけど、たぶんこうなると思います」

 敬語がなってないところがいくつかあるな、と思ったが口をつぐんでいた。

「あ、はい、うん、分かりました、はいはいはい、うん、ええっとね、じゃあ、そうだねぇ、うん、あーっとね、ふぅ、ッと……」

白蛇尾温泉はくだおおんせんです」

 白蛇尾温泉は中濱口町のそこそこ有名な温泉だ。

 水が湧いていたところに白蛇が現れ、その白蛇の尻尾に何らかのはずみで火が付き、そこから温泉になったという、かなり無理がある伝説がある。

「あ、そ、そ、それね、うん、それそれ。白蛇のしっぽ温泉。ん、そこのね、うん、駐車場にね、うん、ほら、まあ、さ、別にはい、まあ普通にね、停めて売ってもらえれば……じゃあ、そういうことでね、お願いしますね。オワァァァ、もう眠いんでね、ここらでお願いします。では」

 と言うと、本当に関心を失くしたかのように、バタッと机に頭から倒れて、濱田町長はグガァーグガァーと寝息を立て始めた。




「もしもし、あ、あの、移動書店・BOOK MARKの大森と言います。市長さんお願いできますか?」

「あぁ、はい、そうなんです。新しい町が加わって、日程変更になるんです。市民のみなさんの混乱を招くことが無いように一応伝えておきまして。村民のみなさんにも伝えておいてくださいますか?」

 ひたすら電話、電話、電話である。

 なんとかスケジュール調整を飲んでもらわなければならない。一年半ほどこの作業は無かったので、なかなか疲れる。

 固定電話とそれぞれのスマホを駆使してもしもし連呼。

 これを十四の市町村にやるわけで、それを二人で分担すると一人で七回。

 おじいちゃんの長が多いわけで、長話も多くなる。

 ――だが。

 人の繋がりと言うものはすごいもので、皆が快くオッケーしてくれる。

 これは本当に救いで、終わった時には爽快感すら感じていた。

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