朝ごはんは未知との遭遇
朝が来た。
吸血鬼にだって朝が来る。
世間一般で言われているお話の吸血鬼と私は違い、日光がダメだったり、銀の弾丸で撃たれたら死ぬとかそういう弱点はない。招かれた部屋にしか入れないような制限もない。
大体人間だって日差しが強かったら暑いなあと思うだろうし。吸血鬼だって生き物なのだから心臓打ち抜かれたりひどく滅多打ちにされたら普通に死ぬ。
なんであんな伝説みたいなのが独り歩きしているか、吸血鬼視点から苦情を申し立てたい気分だ。吸血鬼をアメーバかなんかと勘違いしてるんじゃないかしらん。
もっとも扱いとしては、病気にならない偏食の人間と変わらないだろう。
だから睡眠はとるが、でもその時間は人間より少なくても平気ではある。
というわけで、鈴川家で一番早く起きてしまった。
目が覚めても心地よい布団の中で思う存分ゴロゴロするというのは魅力的だったが、計画があったから私はしぶしぶそこから抜け出した。
鈴川は私をペットのように見ているようだから、ここはひとつ私の存在価値なるものを示して「さすが深山さん!」と言われて一目を置かれるようにならなくてはならないだろう。
土手の橋の下に捨てられていたマンガから得た知識だが、一夜を共にした男女は、次の日の朝、女の子は早起きして彼シャツなる恰好で朝ご飯を作るのが定番らしい。そして相手はそれで感動していた。
それを実践してみようと思っていたのだが、それには問題がある。
まず私は人間のご飯を作ったことがない。だって作る必要が今までなかったわけだし。だから恩義は感じてはいるのだが、果たして食べられるものを作れるかわからない。
第二に彼シャツ……いわゆる男性の服を女性が着るだけなのだが、なぜかズボンなどは穿かないらしい。それが男の夢だとかなんだとか。
私は鈴川さんの服を手に入れてないので、物理的にできない。
第三に、私が人間の食事を仮に作れたとしても、勝手によそんちの冷蔵庫とかあさっていいの? と思ってしまう。
私は人間の経済活動というものを知っている。お金を得るということはものすごーく大変なのだ!
それなのに「これは大事に食べよう」と鈴川がとっておいたものを知らず勝手に使ってしまったら叱られないだろうか。
私だって高くて滅多に買えない濃厚牛乳を勝手に料理などに使われてしまったら……逆上するかもしれない。
大事なものがなにでどれを使っていいかとかはまだ把握不足だ。
結論:下手なことはしないでおこう。
仕方がないので私は掃除をすることにした。掃除だったら結構得意だ。
掃除用具は消耗品ではないので使っても叱られたりしないだろうけれど、やはり気を使うので、着替えにしていたTシャツを一つ犠牲にして、そのあたりの拭き掃除を始めた。
埃はある程度払われてはいるようだけれど、拭き掃除が行き届いてないらしく、Tシャツは即座に手の跡に汚れが黒く残っていく。
これはやりがいがありそうだ。
拭いていくと空気までが綺麗になっていくようで心地よい。しばし無心になって目に見えるところを手当たり次第に拭いていたら。
「あ、おはよう、早いね」
いつの間にやら鈴川が起きて来た。今日のところは掃除は後にしよう。
寝起きの彼は髪がぼさぼさで、髭が顎のあたりにうっすらと生えているのが朝の光の中だとわかりやすい。
おお、生きてる。新陳代謝してる、と変なことを思ってしまった。
そのまま彼に続くようにしてキッチンに入ったら、彼は慣れた手つきで食事の支度をしているようだった。
卵を割り、それを丸い底の器のようなものに入れ、箸でかき混ぜてそれをフライパンに流し入れている。
脇からその作業を面白く見ていたのだが、白い煙がもくもくと上がっているあたりから、様子がおかしいことに気が付いた。
「鈴川さん、それ、焦げてるんじゃ……」
「ん? なに?」
「火、強くない?」
「気にしない気にしない」
なぜだろう。鈴川は消し炭みたいなものを作っている。何か目的があるのだろうか。でもそんな料理は初めて見た。私だってそんなに詳しいわけではないけれど、果たしてこれを人間は食べられるのだろうか。いや、そもそもこれは料理ではなかったのだろうか。
見た限り、材料はまともなものだった。しかしなぜそのような真っ黒な料理をあえて作る必要があるのだろう。
私が作った方がはるかにマシなもんができる気がする。
「鈴川さん、料理のつくり方って調べればできるんでしょ? ほら、ググるとかいうやつすれば……。卵の料理とかも、やり方載ってると思うんだけど?」
「調べなくても大丈夫だよ、それくらい」
ちゃんと作れてるじゃん、と鈴川は目の前のダークマターを指さしてニコニコしている。
やっぱりこれは料理だったらしい。そして彼は食べる気でいるらしい。
……なんで調べなくて大丈夫だと、この腕で言えるんだろうか。この人、味音痴なんだろうか……。
自分が吸血鬼でよかったと激しく思った瞬間だった。
そして、ふと不安になった。
私が母乳がもらえないかと忍び込んだ産院で、助産師さんとかいう職業の人が話しているのを立ち聞いたことがある。
母乳にはお母さんが食べたものが出るから、食事のバランスには気を付けて母乳の質を高めなければいけないと。
それなら私の栄養補給は鈴川が元になる予定なので、彼の食事の質を高めなければ、いい質の血液は供給されないんではないだろうか。
つまり、鈴川の血液の質を上げるためには今後、自分が食事を作り、ダークマターを摂取させないよう努力するしかないのだ。
「えと、私も料理ってやってみたいなあ」
我ながら見事な棒読みっぷりである。そう言って、やらせてもらっていい?と上目遣いで見たら、綺麗な心の鈴川は私の下心に気づいてないらしくて「いいよ」と快諾してくれた。
そして、私のためにわざわざ料理の手順の書かれたものを“ググり”見せてくれた。
人間の文字が読めてよかった、と思いながらもそれを見たが……鈴川の手順は激しく間違っていると判明した。
スクランブルエッグを作る時、フライパンなるものは油を少量入れて温めてから、中に卵を入れなければいけないし、中に入れている調味料なるものも、先にいれるか後に入れるかで全然違うらしい。
そもそも火の強さを途中で変えるよう書かれているではないが。
どうしてこの人、書かれている通りにしないんだろう……。
あきれて鈴川を見てしまったが、彼は「なに?」とニコニコ笑うだけだ。
「わあ、深山さん上手だね!」
「私、これ食べられないので、鈴川さん食べてほしいな」
「これも食べちゃうとちょっと卵の割合多くなるかな。じゃあこっちは昼にいただこうかな」
「それなら交換しようよ。私、鈴川さんの作った卵食べたいな。たまには人間の食べ物も食べてみたくて」
大嘘であるが、食わせないために必死だ。鈴川は喜んで皿を交換してくれたが食パンも焼こうとしていたので笑顔でやめさせ、トースターに書かれていた表示通りに私が設定をしなおした。
そう、案の定、彼はトーストを焼く時間も適当に設定していたのだ。
2人で食事をしながら(私は食べているふりをしているだけだが)ペットの食餌のことを聞いたら、どうやら最近はペット専用の餌が売っていて、それを彼らには与えているらしかった。
生き物に適した食事が与えられる時代、か。いい時代だ。ペットが人間の残飯を食べてた時代は遠くになりにけり。
餌代は結構かかるらしいが、鈴川は笑顔で「家族のためなら当たり前だよ」と言い切り、その考え方がなんか羨ましかった。
こんな広い部屋で一人で住んでる鈴川にとって、レオンやナオ、亀たちは大事な家族なのだろう。
もっとも、鈴川が作った料理を食べたらそれだけで寿命に関わりが出そうな気がするので、この方がいいに決まっているのだが。
……吸血鬼にも適した栄養バランスのいい血液が販売される時代になればいいのに。私がそう願うのは当たり前だろう。
女吸血鬼、ペットとして飼われます。 すだもみぢ @sudamomizi
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