鈴川家のヒエラルキー最下層に位置されました
「じゃあ、荷物とってくるんで少し付き合ってもらっていい? すぐそこだし」
家を出てすぐに鈴川に出会ったので、本当にすぐそこである。私が指さして教えると、彼はぽかんとしていた。
「家あるんだ……荷物あるんだ」
驚いた顔をしている鈴川に失礼な雰囲気を感じながらも、背を向けてドアを開けた。中に置いてあった私物が入ったバッグを掴む。いつでもなにかあればすぐに出ていけるように荷物はすぐに取り出せる場所に置いてあるのだ。
これが勝手に住み着いていた者の礼儀だと思う。もっとも掃除も忘れない。
家の外に出るとそこで待っててくれた鈴川に荷物を預け、一度ドアを閉める。そして今度は鍵をしめた。中から。
先ほどは緊急事態だったので、そのまま出てきてしまったが、本来のこの家は空き家。鍵が閉められた状態の方が正常である。
それなのに私がどのように鍵がかかっている部屋に入り込んだかというと、そのまま玄関脇側の部屋に入ると、そこの小さな窓から無理やり出た。ここの家主はずぼららしく、ここの窓の施錠を忘れていたのだ。
普通の人なら通り抜けられないようなサイズでも、私くらい細身だったら出来ちゃうね。
「なんで、窓から出てんの!?」
「勝手に住んでたからですが? 吸血鬼に住民票とかあるわけないでしょ。私、人間とあんま変わらない生活送ってるからね」
「そうか……。そのワンピースとかもどうしたの?」
彼は私が着ている白いワンピースを指さした。
「あ、近所のタワマンのごみ置き場に落ちてたのを拾ったの」
「……それ、落ちてるんじゃなくて、捨ててあるんじゃ……ゴミ集積所に住人以外が入るのって犯罪だよ? ゴミの持ち出しも犯罪だし」
「缶と瓶の持ち出しはしてないよ?」
あれはホームレスのおじさんたちが狙ってて競争率が高いのだ。あと生ごみはカラスが狙っているので、私も生ごみを狙っているライバル扱いされて攻撃されて危ないから近寄らないことにしているし。
「古布はそのままウエスになるしかないんでしょ? それなら私が着た方が服も喜ぶよ。リデュース、リユース、リサイクル~」
「よく知ってるね。そういうのってどうやって知ったの? 吸血鬼って学校通えないんでしょ? 住民票ないなら」
「学校は通ってないよ。字は色々見たり聞いたりして覚えたけど古新聞、古雑誌コーナーに春先になると教科書がまとめて捨ててあるから、それを拾って読んでた」
あと、綺麗そうな本はブック〇フにもっていくと売れるしね。岩〇書店の本とかは古本屋は買ってくれるということを言ったら叱られそうだから言わないでおこう。
貧血起こした人にまかせられるか、とレオンのリードをひったくり、自分が持って彼の家へと向かうことにした。
レオンは今度は私たちの速度に合わせてゆっくりめに歩いている。きっと帰るのが分かっているのだろう。
「ふだんは何を食べてたの?」
「基本は牛乳」
借家は電気や水道は通っていた。たまに家主が帰ってきていたのでそれらの解約をしていなかったようだ。しかし電気代や水道代がかさむと暮らしているのがばれるので、夜でも電気をつけずに暮らしていたから、牛乳は買ったらその日のうちに消費が基本だったが。
「あ、そうか、牛乳……というかお乳は血液から出来てるんだもんね」
「よく知ってるねえ。出産経験でもあるの?」
「あるわけないだろ、僕、男だよ!?」
そうなのだ。母乳は血液から出来ていて、しかも私のアレルギーに反応しない優れものだ。しかも血に比べて保管のガードが甘かったりするし。大丈夫、どこぞのエロゲーみたいなことはしていない。
もっとも赤子にはともかく吸血鬼的には栄養価が低いので、血液ほど私の腹は持たないが。
しばらく歩いていたら、彼が「ここ、うちだよ」とのたまった。
「うっわあ……え? ここってお化け屋敷?」
雑草のはびこり方がすごい。広い庭には季節外れのススキやセイタカアワダチソウが枯れたものなども見えていて。明らかに手入れをしていないというのがわかる。
虫とかすごそうで、足を踏み入れるのもためらわれるようなところだ。
「吸血鬼にお化け屋敷って言われるなんて……」
どこにショックを受ける要素があるのかはわからないが鈴川は妙にしょげている。
「それにしても、敷地面積どれくらいあるの? 広い家だなぁ」
日本家屋というのだろうか。だだっ広い和風な家が目の前にあって、家の中で運動会ができそうだ。今時珍しい感じで。
もしかしてこの人、お金持ちってやつ? となぜか敵愾心を抱いてしまった。
確かにこの家の広さだったら吸血鬼といえど人みたいなものを拾って住まわせても平気だろう。
彼の後ろから玄関に入り、そのままどこやら部屋に入る。
「ここが亀の部屋」
亀の水槽でも置いてあるのかな、と簡単に思った私がバカだった。
本当に亀の部屋だった。つまり亀専用部屋。8畳くらいの部屋が全て亀のための施設だなんて。部屋そのものが水槽になっているようなものだ。
最初は目の前の黒いごつごつは岩かと思った。微動だにしないし。すぐに亀の集団が寝ているのだとわかった。
「亀、って多すぎでしょ!? 何匹いるの!?」
「えーと、19匹?」
ペットの亀、多すぎ。予想超えすぎ。しかもこの亀たち、確実に私よりいい扱いされて暮らしている。
「なんでこんなにたくさん飼ってるの?食用?」
「家族だよ! 食べちゃダメだからね!」
いや、私は食べても栄養にできないし。呆れている私に鈴川は1つ1つ指さして説明し始めた。
「紹介するね。これが亀吉、こっちが亀子、こっちが亀太郎で、そこにいるのが亀次郎……」
「ごめん、全部同じに見えるし、一気に名前言われても覚えられる自信がない……」
「こんなに個性豊かなのに!?」
全部同じに見えるけど、たとえ個性豊かだとしても19匹も名前を覚えられないと思う。脳のリソース的に。
「甲羅に油性ペンで名前書いていい?」
「ダメ!!」
折衷案を提案しようとしたら即座に却下された。くそう。後で名前と特徴を一覧作っておこう。
「……だいたいなんでこんなにたくさんいるの?」
「あっちこっちから譲られてきたりしたんだよね……最初の一匹はお祭りで釣ってきたやつだけど」
「あー、ミドリガメであるあるなあれか」
これがスッポンだったら血くらいは私が飲めたのかもなぁ、いけるかなぁとじろじろ亀を見てたら、不穏な気配を察したのか、鈴川は慌てて私を追い出してドアを閉めた。
「そして、あれは猫のナオ。ナオ、おいで~」
鈴川は暗闇に向かって話しかけていた。
よく見たら暗い廊下の向こう側に光るものがあった。ひっと思ったら猫の目だったようだ。
そこからぬっとあらわれたのは黒猫だった。全身どこも真っ黒で。
こんな時間なのにまだ起きてるのか。亀を見習って規則正しい生活を送ってほしい。だいたい犬のレオンもこんな時間に散歩してるし。
「よろしくね~」
近づいてきた猫にガン見されていたけど、小声でナオに挨拶をする。しかしナオはそのまま無視して鈴川の方に行ってしまった。その貫禄といったら……この家の主はこの猫なのだろうか。
腹立つなー、絶対こいつ吸血鬼様である私をなめきってる。一目見た瞬間に私のこの家ヒエラルキー最下層に置いたのだろう。そんな目をしてたわ。
これが血を飲んでも平気だったら猫といえど噛みついて、ちゅーちゅー血を吸ってやったというのに。それができないこの体質が情けない。悔しい。
でもこの家に住む以上、絶対テッペンとってやろう。そう、決めた。今に見ていろや。と猫に対してフーッと威嚇してやろうかと思ったら、猫のナオはもうこちらを向いていない。
「ところで、深山さんはご飯は食べられるの?」
「うん、まぁ一応ね。栄養にはならないけど」
あまり消化されずにそのまま素通りするし、人間の食べ物自体に食欲自体がわくわけではないが、食べられないわけではないし、拒絶反応が起きるわけではないし味もわかる。
「私がお腹すいたら鈴川さんを殴って鼻血ふかせて飲むでいい?」
「なんでそんな暴力的な解決を図ろうとするの!? 平和的解決しようよ!」
私が拳を振り上げたら悲鳴を上げられてしまった。
「吸血鬼の健康状態なんてわからないけど、君、相当、我慢して生きてたんじゃない? 女性にこう言っていいかわからないけど、ものすごい不健康そうだよ?」
じろじろあちこち見られているが、そこに膨らみが足りないのは、極度な欠食生活のせいではなくて、単なる体質だよ、仕様だよ。洗濯板で悪かったな。
私からみたら鈴川の顔色もあまりよくない。ちゃんとした生活を送っていないのではないだろうか。
「鈴川さんの方が具合悪そうだよ? さっき貧血起こしてたし……大丈夫?」
「平気、平気」
吸血鬼というサンプルが私しかない彼に比べて、私の方は見比べられる人間がたくさんいるので、正しく見極められていると思う。
そんな相手から迂闊に血液をもらうのは良心がはばかれるのだけれどね。
「それに私は吸血鬼だからね、病気にはならないよ」
「飢え死にしかけてたよね!?」
餓死にはするけどそこはそれ、それくらいの制限がある存在であるからこそ、命が輝くのだし。でも餓死は病気ではない。
そう言ったらわかったようなわからないような顔をしている。
「そうなんだ……。じゃあ予防接種とかはしなくて平気かな?」
「大丈夫でしょ。だいたい吸血鬼に対応してる病院ってないだろうし」
「ああよかった。動物病院だと苗字あるから、君の名前をどう登録すればすればいいのかなって思ってたんだ。鈴川深山なつき、なんて変だなって」
おい。完璧ペット扱いだな、こいつ。殴ってやろうかと思ったけど、鈴川は真面目な顔をしていて、どうやら真剣にそう心配していたらしい。
そのまま家の中を案内してもらったが、家の外見はお化け屋敷だったが、中身の設備は時代に合わせたものらしい。浴室が五右衛門風呂とかだったらどうしようと思った。一応、ガスでお湯を沸かす普通の風呂だったのにはほっとした。
「これ、客用布団だけど、今日はこれを使って?」
この家には客が来ることが多いのだろうか……。
着替えや歯ブラシなど用意周到に差し出す彼は、かなり手馴れているように見えた。
変な男だなぁ……。
一応自分のご主人様にあたる存在にそう評価を与えつつ、私は遅い一日を終えることにした。
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