きみはペット



「お話の世界では吸血鬼って首筋にがぶってしてるけど、君はあの程度で足りるの? 大丈夫なの?」


 鼻血程度で、と思っているのがありありな表情だ。


「私の場合は量より質、というか、拒絶反応出ないってことの方が大きくて。飲んでも吐いちゃうんだ……」

「なんだそれ。アレルギー?」

「あ、なるほどね。これ、アレルギーなのね」


 納得してしまって、うんうんと頷いたが、何かが間違っている気がしてならない。そんな人間的な解釈でいいんだろうか。

 しかし、これ以上しっくりする言葉も見当たらなくて、それでいいことにしよう。


「吸血鬼が血液アレルギーというのは珍しいんじゃないの?」

「これでもだいぶましになりました。昔は血に弱くて見る度に貧血を起こしてて……」

「血を見て昏倒する吸血鬼なんて世の中にいるの!?」


 目を剥かれてしまった。

 実際ここにいるのだから困っているのだけれど。


「本当は人間の血の方がいいんだけど、動物や人間の体液で代用はできることはできるのよね。ただ、栄養価が低くて……」

「あくまでも代用品は代用品ということか」


 はっと何かに気づいたようでもぞもぞと左右を見渡して、そして上目遣いでこちらをちらちら見ている。白い頬がうっすら染まっているかもしれない。


「えと、体液というと……せ、精液とかも……?」

「試したことないよ!」

「確かにそれだとサキュバスだもんね」


 そういう話でもないし、そんなプレイは嫌だ。二人でなんとなく顔を赤くして見合わせてしまう。私はあくまでも吸血鬼だ。そんなエロ漫画みたいなことしてたまるものか。別にそういうのに縁がないからってわけじゃないけどね! 実際縁ないけど! 見栄はったけど!


「あ、じゃあ、もう行くから」


 気まずくなったからか、退散しようとした彼が犬を連れて歩いて行こうとするが。


「お兄さん、ちょっと待って! 連絡先教えて!」


 拒絶反応が起きないレアな人間を逃してなるものか。私は必死になってその腕を掴もうとしたら、男は唐突にしかめっ面をして自分の膝に手を突いて下を向き動かなくなってしまった。

 慌てて近寄り、顔を覗き込むと顔が真っ青だった。


「だ、大丈夫? 貧血起こしたんじゃない?」

「そうなのかな……なんか気持ち悪くて……」

「とりあえず犬のリードちょうだい。ほら、休も? あっちのバス停にベンチあるからさ……」


 すぐそばに自分の家があるのだけれど、相手だって吸血鬼とはいえ女の一人暮らしの家に入り込むのは嫌だろう。貞操の危機を心配する人だし。

 ちなみに私は持ち主が海外出張している部屋に勝手に住み着いているので家賃を払っていない。


「ん……ありがとな」


 肩を貸すほどではなかったようで、二人でゆっくりと目の前のベンチまで歩いていく。もう遅い時間なので車も滅多に通らないから、彼が回復しなかったらどうしよう、とちょっと怖い気持ちになってしまった。

 私は悪いことはしてないつもりだけれど、行政に見つかりたくないのであまり救急車とか呼びたくないんだよね。

 とりあえず相手の意識をしっかりさせようと話しかけることにした。


「犬、可愛いねー、この子のお名前は?」

「レオンだよ」


 レオンははっはっと息を切らしながらぐいぐいと私を元気よく引っ張っていく。血を飲ませてもらって元気になった私は調子にのって走っていきたくなるけれど、飼い主を放置して駆けていくわけにもいかない。

 犬の名前を復唱していて、そういえば、と自分たちの自己紹介をしていなかったことに気づく。相手も同じことに気づいたらしく、二人でベンチに並んで座りながら向かい合った。

 レオンは飼い主の様子がおかしいのに気づいたのか、先ほどまでと違って大人しくなると私たちの足元で伏せて寝てしまっている。


「俺、鈴川聡介といいます」

「私は深山なつきって名乗ってます」

「え? 吸血鬼なのに名前あんの?」

「人間社会に擬態するために、一応ね」


 人間に配慮して生きる新しいスタイルの吸血鬼だと自負している。こんなに気を使って生きているのだから、自分の存在を認めてほしいと思う。

 人間に故意に怪我なんてさせてないのだし。

 二人でお互いのことをぽつぽつ話していたら、不意に鈴川が難しい顔をしてこちらを向いた。


「深山さんさ、俺の血を舐める程度でどれくらい生きていけるの?」

「んー……その量にもよるけど、にじんでる血程度なら1、2週間? さっきみたいなのだったら一か月くらいかな。他の血液の代用を飲まない場合ならね」

「それならさ、俺んとこにこない?」

「え?」

「俺、一人暮らしで猫や亀も飼ってるんだよね。俺に何かあったらどうしようっていつも思ってた。君は一応人間の見た目をしているし、動物の世話もできそうだし、人として外に出る能力もある。君の口ぶりからしたら、口にしてアレルギー起こさない血の持ち主もそんなにいないんでしょう? それならうちにきて僕の血に養われたら?」


 ペットが一人くらい増えてもいまさらだし、と鈴川はニコニコしている。 

 吸血鬼のこの私をペットと同格にするつもり!?


 そう反駁したかったが、彼は動物の世話を押しつけてくる気がまんまんに思えた。

 いや、それどころか、ここで頷こうものなら、ものすっごくこき使われるんじゃない!? 私!!

 彼からしたら自分は血液少々で縛れる無料の労働力だ。美味しい存在でしかないだろう。

 しかし、飢えたばかりで、その辛さをひしひしと感じていた私が言うことは1つだった。



「……お世話になります」

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