潜入

日の入りの鐘を待って、カウティス達は領街の南側門にやって来た。

門は閉められていて、そのまま街に入ることは出来ない。



南側門を守っていた兵士は、聖職者が門の外から声を掛けてきて驚いた。

郊外の領主別邸で病人に祈祷する為に、どうしても急いで神殿の祀り物が必要とのことで、街に入りたいという。


声を掛けた聖職者は、上品な貴婦人という印象の女司祭だ。

共にいるのは、やけに威厳のある神官と、赤毛の聖騎士だった。

オルセールス神聖王国は、フルブレスカ魔法皇国でも手出しのできない神の国だ。

基本的には、その活動を邪魔してはならない。


既に昼間の混乱は表面上は収まっている。

兵士は、共に門番に就いていた兵士と騎士に相談をして、神殿へ行って必要な物を取るだけだと条件を付けて通用口を開け、聖職者達を中に入れた。





「とりあえず、聖職者の白いローブは目立つので、こっちと替えますか?」

気絶させた門番達を手早く縛り、騎士の黒いマントと、兵士が着けていた茶色のケープを取り上げて、ラードが聞いた。


「我々はこのままで良いだろう。……カウティス殿とラードは、この後の事を考えれば替えた方が良いかもしれないな。色粉も随分落ちているようだし」

カッツがカウティスの頭を指した。

昨夜染め直せなかったので、茶色に染めていた髪は黒味を増している。


街の中心近くにある領主邸を目指すなら、ザクバラ国のマントを纏っていた方が、ほぼ黒髪のザクバラ国人に紛れて都合が良いかもしれない。

ザクバラ国人に見えるのは不本意だったが、カウティスは言われた通り、白いローブから黒いマントに替えた。




聖職者の白いローブを脱ぐカウティスをチラと見て、イスタークは聖騎士達に言った。


「カッツ、ダブソン。この後もしもの事があれば、まずカウティスの命を守りなさい」

声を上げそうになったダブソンを制して、カッツが厳しい表情で答える。

「我々が守るべきお方は猊下です」

「分かっている。だが、カウティスの命が危なくなれば、水の精霊がどう反応するのか……。考えることすら恐ろしいよ」


周囲には、精霊が溢れ返っている。

これ程の精霊が集まるのを見るのは、誰にとっても初めてのことだった。


「それ程の絆だとお思いなのですね?」

女司祭の声に、イスタークは頷いた。

過去に魔術士であり、現在聖職者であるイスタークには、精霊が心を持って人と深く交わるなど、すんなりとは受け入れ難いことだった。

精霊は世界の為に消費されるだけの、物言わぬ魔力だ。

しかし、今までの事を改めて思い返せば、カウティスと水の精霊が互いに惹かれ合い、強く想い合いっているのだと考えた方が辻褄が合う。



「……それに、今のカウティスの神聖力は、実は彼のものではないのかもしれない」

女司祭とダブソンは困惑した様子だったが、カッツは納得したように小さく頷く。

「おかしいと思っていました。確かに奥底に神聖力を強く感じるのに、表には殆ど表れていませんし、本人に自覚もない様子で。“慣らし”不足かと思いましたが、神聖力が暴走することもありません」

「……では、あの神聖力は一体……?」

ダブソンが不気味なものを見るように、長身を縮めてカウティスをうかがう。


「おそらく、水の精霊のものなのではないかな」

以前水の精霊から感じた、あの強い神聖力。

カウティスから聞いた水の精霊の今の状態で、あれを維持できるとは思えない。

カウティスの掌にあるいびつな聖紋も、まるで借り物のようだ。

どういう方法か分からないが、水の精霊の神聖力を維持する為に、カウティスが手助けのではないだろうか。



西の空に浮かぶ丸い月を見上げ、イスタークは目を細める。

水の季節の後期月だというのに、雲ひとつない空に煌々と輝く月は、今夜は青白い光の中に、細かな青銀の粒を散らす。

まるで、月光神が今夜を待ち望んでいたかのようだ。


「……だからこそ、カウティスの命も守らなければならないよ」

あの特別な神聖力は、月光神からの大きな役割を担っているはずなのだから。





縛られて猿ぐつわを噛まされた門番達を、通用口近くの詰め所に入れて、ラードは入り口に目眩めくらましの魔術符を貼り、小さな魔石で撫でる。

すぐ側まで近寄って確かめなければ、“異常はない”と感じるはずだ。


ラードは軽く眉を上げた。

「魔術符の便利さは癖になりそうですよ。ネイクーンに戻ったらマルクに……」

思わず言いかけて、先を飲み込む。

聖職者となったからには、ネイクーンに戻って、国境地帯で再びマルク達と過ごすことは出来ないのだ。


トンと肩に手を置かれて振り向けば、カウティスが後ろに立っていた。

互いに同じ思いだったようで、気遣うような瞳と視線がぶつかり、ラードはふと頬を緩める。

「便利な物に慣れ過ぎてはいけませんね」

「そうだな。だが、随分と助けられていることは事実だ。……いつか、マルク達に礼をせねばな」

「はい」

二人は、離れている仲間に思いを馳せて、僅かに笑い合った。





一行は、物陰に隠れながら、神殿へ向かう。


途中で見掛けた兵士達は、どうやら誰かを探しているようだった。

住民が避難して人気のない住居の中に入り、探索している。

暗い室内を照らす魔術ランプの光が、窓からチラチラと溢れていた。

しかし、どこが消極的に見える。

命じられて、仕方なく探索しているという雰囲気で、騎乗した近衛騎士が通り掛かり、『もっとくまなく探せ』と檄を飛ばしていた。


これも、中央で起きた謀反の余波なのだろうか。



神殿へ到着すれば、女司祭とタブソンは神殿で待機し、残りの四人で領主邸へ向かう予定だった。

領主邸で水の精霊セルフィーネを見つけ出すことが出来れば、半実体を持っている彼女を、イスタークが聖女として認定する手筈になっている。

管理官でなくても、本人さえ認めれば聖職者として認定できる。

この世界では、聖職者として認定されれば、どんな者もオルセールス神聖王国神の国の所有になる。

手出しすることは許されない決まりだ。


その後神殿へ移動させることが出来れば、水の精霊を守れる。

神殿は武力行使が許されない、不可侵の場だ。

神殿特有の通信石で本国へ連絡すれば、正式な認定を得られ、三国から出られない水の精霊は、ひとまずネイクーン王国へ連れ帰ることが出来るだろう。





神殿の前庭が見える辺りまで、一行が近付いた時だった。


« - - - - »


カウティスが立ち止まり、耳を澄ます。

「カウティス様?」

「……今、何か……」

声なのか、音なのか分からないが、確かに何かが耳に届いた。


その途端、ふわりふわりと飛んでいた精霊達が、突如として不自然な動きを見せた。

カウティスの周りをぐるりと回っては、神殿に向かって飛ぶ。


「……セルフィーネだ……、セルフィーネは神殿にいるのだ!」

精霊の見える者達は、カウティスの言葉に確信を得た。

精霊達は、カウティスを神殿に導こうとしているのだ。



周囲に注意して、一行は神殿へ近付いた。

前庭は開けていて、今のような月夜では隠れるものがない。

カウティスははやる気持ち抑え、敷地をぐるりと回り、裏庭へ入った。

隣接する孤児院と聖職者の住居棟の間を通り、太陽神殿と月光神殿の間にある大広間の裏口に近付いた。


早く、早くと言うように、精霊達がカウティスを神殿内へ誘う。

切羽詰まったセルフィーネの声が聞こえるような気がして、カウティスは息が詰まりそうだった。

『セルフィーネ』と大声で呼び掛けたいのを、必死に飲み込む。




ラードが先頭に立って、裏口の扉に手を掛ける。

施錠されているのを確認して、手早く取っ手部分をケープの裾で包むと、腰の短剣を抜き、鈍い音を立てて鍵部分だけを破壊した。

その手際の良さに、女司祭は呆気に取られ、イスタークの視線は尖ったが、ラードは気付かないふりをして扉を細く開く。


神殿の造りをよく知るタブソンが、ラードの横を抜けて、中に入った。

続けてカウティスが入る。



視界の端に、僅かな光が揺れた気がして、カウティスは反射的に身を屈めた。

その途端、前を歩いていたダブソンが、糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。



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