救出へ
イスタークと神官、聖騎士二人は、別邸内にいる負傷者の中から、魔獣に被害を受けた者を探した。
手当をした薬師や、領街の神殿の聖職者達にも話を聞く。
水の精霊が三国共有となった頃から、ザクバラ国の魔獣の出現は減っていたという。
それが先月、末に近付くほど頻発するようになり、民は“呪詛”だと騒ぎ始めた。
それは、空に広がる水の精霊の魔力が、急激に色褪せ始めた時期と合っている。
そもそも魔獣が出現するのは、世界を支える精霊が、バランスを崩すからだといわれる。
狂った精霊が“
ザクバラ国は国中の気が淀んでいて、度々そういったことが各地で起きていたようだが、カウティスが言っていたように、水の精霊が損なわれた為に頻発し始めたのだとすれば、それこそ早く救出しなければ大変な事になるのではないだろうか。
例えば水の精霊が狂ってしまったとして、ザクバラ国に集う精霊達がそれに引き摺られてしまうような事になれば……。
「背筋が凍る心地です。もしも想像通りになれば、ザクバラ国は壊滅的な被害を受けるでしょう」
共に仮説を立てた聖騎士カッツが、厳しい顔つきで窓の外を見た。
空に広がる水の精霊の魔力は、カッツには白いベールのように美しく
「それどころではないかもしれない」
イスタークも濃い眉を寄せ、厳しい表情だ。
「影響を受ける精霊が、ザクバラ国だけで済むとは限らない」
「精霊とは、本当にそういうものなのですか?」
顔色を悪くしたダブソンは、信じられないというように赤毛の頭を振る。
「過去に、精霊がそんな大規模な事件を起こしたなど、記録にありません」
聖職者であっても、准聖騎士のダブソンには精霊の魔力は見えない。
ザクバラ国の視察に来たのに、見えない存在によって話の規模が大きくなりすぎて、頭がついていかなかった。
「……ただの精霊ではないのだよ、ネイクーン王国の水の精霊はね」
イスタークは静かに言った。
こうなってしまえば、認めざるを得ない。
ネイクーン王国の水の精霊は、今も尚進化している。
その過程に全ては繋がり、精霊も含め、望むと望まざるとに拘わらず、周囲の者は巻き込まれているのだ。
「……同じ時に、同じ場所に降ろされている我々は、“見届けよ”ということだな」
首から下げた金の珠を襟元から取り出して握り込み、腹を括ったように呟くイスタークを、カッツは同意するように見詰める。
神官とダブソンは、
広間に戻ったカウティスと女司祭は、遅れて戻ったイスターク達と合流し、別邸を出て領街へ向かう事で意見が一致した。
魔獣が湧いた場所は、精霊の動きがおかしい場所ということだ。
カウティスと女司祭は、漂う精霊にセルフィーネの所へ導いてもらえないか、試しに尋ねてみたが、特に動きはない。
変わらず周辺をふわりと漂っては消えるだけだ。
「こちらの意図を汲んでくれることはなさそうですね」
女司祭が軽く首を傾げ、光を目で追う。
魔法を使うエルフでさえ、精霊を魔力として使用しても、意思の疎通が出来るわけではない。
カウティスが話し掛けたからといって、急に言うことを聞いてくれるということもないだろう。
「それならば、精霊が意思を持ったように動いていたのは、どういう時なのでしょう。カウティス殿を助けようとしていたように見えましたが」
カッツが言えば、イスタークはカウティスをチラリと見た。
「それは、カウティスを助けようとする、
カウティスはふわりと目の前を飛ぶ光を見詰め、唇を引き結んだ。
カウティスを助けようとするセルフィーネの意思に沿ったのなら、今なんの反応もしない精霊達はどうしたことだろう。
セルフィーネが無事なら、すぐにでもカウティスを探して、“自分はここだ”と精霊達に伝えてもおかしくないのに。
「……教えてくれ。セルフィーネは、何処にいるんだ」
無駄かもしれないと思いながらも、再び精霊に語り掛けた時、扉からラードと下女が広間に入って来た。
別邸を出発する為に、準備をと言いかけたイスタークが、ラードの表情を見て
「……何かあったのかね?」
「早急に邸を出た方が良さそうですが、正面から出るのはやめたほうがいいかもしれません」
開口一番そう言ったラードは、既に領街へ向けて一行が出発するつもりだった事を察していたようだ。
「ザクバラ国王の近衛騎士が二人来ていて、正門の出入りは監視されています。どうやら領主の権限は一時凍結され、行動を制限されるようです。私兵及び駐在の騎士達は近衛の支配下に置かれました」
カウティスは前庭で見た近衛騎士が、衛兵達に指示を出していた事を思い出した。
女司祭が領主と面会を出来なかったのは、それでだったのだ。
「一体、なぜそんな事に?」
カウティスが眉根を寄せて聞けば、ラードは下女に扉の外を警戒しておくように言って、向き直る。
「どうやら、領主一族に謀反に加担した嫌疑が掛かっているようです」
「謀反? ここは被災地だというのに?」
カッツが不審そうに太い腕を組んだ。
「水害自体が、故意によるものではないかと噂されています」
ラードの言葉に、その場にいる誰もが不快感を滲ませた。
間近まで国政に近い場所にいたカウティスとラードは、反応が早い。
「謀反に加担したということは、首謀者がいるということだろう。首謀者は誰だ?」
「タージュリヤ王太子だと思われます」
カウティスは奥歯を噛む。
先の政変から、まだ半年と経っていない。
ザクバラ国は、あれからまだ少しも落ち着いていないのだ。
間もなくネイクーン王国からセイジェが入国し、タージュリヤ王太子との婚約式が行われる段取りであったはずで、ザクバラ国は王太子を中心に纏まっていくのだと思われていた。
しかし、ザクバラ国王が政権に復帰したことで、中央では次期国王の王太子との対立を生んだのだろうか。
「間違いないのか」
「今は中央との通信が断たれていますが、ここ数日、王太子の側近とのやり取りが多く見られたそうです。侍女から聞いたところによれば、リィドウォル卿が暫くここに留まれるよう、離れに部屋を整えるように、領主から指示が出されていたとか」
カウティスの目に険が籠もる。
「……リィドウォル卿は、離れに留まっているのか?」
「いいえ、領主の制止を振り切って、領街へ戻ったと。近衛騎士が来る前です」
王太子の指示を聞き入れなかったというのなら、やはりリィドウォルは国王側だということなのだろうか。
だが、なぜそもそも王太子が、故意に水害を起こす必要があったのか。
どんなに計画的に行ったとしても、領地の被害は免れない。
そんな強硬策を行った理由は……。
「セルフィーネは、やはりこの領地にいる」
カウティスは右手を固く握り締める。
近くにいるのなら、間違いなくこの領内だ。
「王太子は領地の水害を理由にして、セルフィーネを中央から離したのだ」
カッツが厳しい顔で窓の外を覗き、空の魔力を確かめた。
「何故中央から離したのでしょうか」
「内情は分かりません。しかし、セルフィーネへの接し方を、中央で誤ったのは確かです」
謀反の理由など知ったことではない。
ただ、セルフィーネはそのどこかに巻き込まれて、今ここへ連れて来られている。
カウティスとラードのやり取りに、混乱した様子を見せたのは神官だ。
「我々は、どうなるのですか? 災害援助に訪れただけなのに……。しかも、本国に関係のないことばかり……」
今までずっと黙って聞いていたイスタークが、祭服の裾をバサリと鳴らして立ち上がった。
「関係ない? 今まさに国の上層部の勝手で、民が更に苦しむかもしれない時に、聖職者は関係ないと?」
「しかし……」
「神聖力で人を癒やすだけが聖職者の役割であると思うのなら、司教の権限で視察団の任を解く。君はここに留まりたまえ」
神官の顔が引き
「タブソン、君もだ。神々の眷族に導かれて進む事に不信を持つのなら、彼と共に残りなさい」
顔色悪く、壁際で所在無さげにしていたダブソンが、弾かれたように顔を上げた。
イスタークとカッツを見て、カウティスにチラと視線を向けてから、ぶると首を振る。
「私は……、猊下と共に参ります」
イスタークが頷くと、女司祭も立ち上がった。
「領街の神殿に駐在している聖職者であることにすれば、街に入りやすいのではないでしょうか」
「住居群の方へ出て、側門の方から街へ入りましょう。ラード、すぐに出発の用意を」
カッツが纏めてある荷物を手にして言えば、ラードも荷物をヒョイと背負って頷いた。
「馬は裏門の方へ引いてあります。いつでも行けますよ」
その手回しの良さに、イスタークが旅装の白いローブを羽織りながら、半ば呆れて片眉を上げる。
「確かに君は役に立つ下男だが、一体それらの情報をどうやって仕入れたのかね?」
「まあ、それは、色々とやりようがありまして」
ニヤリと笑うラードを軽く睨み、イスタークはカウティスに言った。
「この者は本国に据えたくないものだね」
カウティスとラードは顔を見合わせた。
ラードがカウティスの荷物を差し出す。
「セルフィーネ様が、きっとお待ちです」
「ああ、行こう」
荷物を受け取り、カウティスは聖紋を印された白いローブを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます