一緒にいたい

西部の修繕中だった神殿は、先日修繕を全て終えた。

そして、そのすぐ側に、今後聖堂建築に携わる作業員達の仮宿舎を建てる為、修繕に通っていた作業員達が神官と打ち合わせをしていた。

聖堂建築が、とうとう始まろうとしている。




「どうして僕じゃ駄目なの?」

ハルミアンが口を尖らせて不満気に言った。

「現場監督に就くのは、本国の神殿建築担当者で、これは前々から決定していることだ」

面倒臭い様子で説明しているのは、イスターク司教だ。

聖堂建築の現場監督になりたいというハルミアンを、バッサリ断ったところだ。


「じゃあ監督補佐は?」

「そんな役職はいらないな。第一、君と組む者は揉めることが目に見えている」

今から出掛けるらしく、服掛けから上掛けを取りながら、イスタークは食い下がるハルミアンを一蹴する。


「現場監督が決まっているなら、君は何になるの?」

「私は統括責任者だろう」

当たり前のように言ったイスタークを、ハルミアンは強く眉を寄せて見る。

「統括? それって、建築に直接関係しない仕事がいっぱいあるってことじゃないの?」

「責任者とはそういうものだろう。好きな部分だけ担当する者ばかりでは、聖堂など何時いつまで経っても建たない」

好きな部分だけを掘り下げるハルミアンエルフ揶揄やゆするような言い方に、椅子の背もたれに身体を預けて、ハルミアンは再び口を尖らせた。



「じゃあ、どうやったら関わらせてもらえるの?」

ハルミアンは、どうあっても聖堂建築に関わりたいのだ。

「……作業魔術士として、登録を申し出てみればどうだ?」

「そうか! そういう手もあったね!」

「君は馬鹿なのかっ!」

パッと顔を輝かせたハルミアンを見て、イスタークは強く顔をしかめた。

「嫌味を真に受けるな! フォーラス王国の国家魔法士が、作業魔術士になれるか!」


側にいた聖騎士エンバーは、イスタークの珍しい語調とその内容に目を見張る。

「貴方は国家魔法士なのですか?」

「元、だよ。国を出る時に返上したからね。もー、いちいち国の防衛に駆り出されて大変なんだもの」

国家魔法士だと、国から研究費の援助があるが、砦の強化や何やと駆り出されて面倒なのだ。


イスタークが額に手をやって首を振る。

「どうせ勝手に返上したのだろう。受理されているか、怪しいものだな。……第一、作業魔術士は無理だ。魔術は使えないだろう」

「魔法は使えるけど?」

ハルミアンは軽く返事をするが、イスタークは腹立たし気に大きく溜め息をつく。

「ネイクーン王国のベリウム川の側で、毎日精霊を消費して魔法を使うつもりか? 水の精霊やカウティス殿下が何と言うかな」

初めてハルミアンが表情を曇らせた。


それを見て、話は終わりとばかりにイスタークは上掛けを持って扉に向かう。


「僕、諦めないよ」

背中越しに掛けられた言葉に、イスタークは再び溜め息をついたが、そのまま扉を開けた。

追い縋るようにハルミアンは続ける。

「最高の聖堂を建てたいなら、僕を外さない方がいいでしょ!」

イスタークはほんの一瞬足を止めたが、そのままエンバーを連れて出て行った。



ハルミアンは形の良い唇を噛む。

聖堂建築に関わって、落成まで見届けたいのは本当だ。

しかし何よりも、それを口実にしてイスタークと関わりたいのだ。


「また、君と一緒にいたいんだ……」

深緑の瞳を細めて、呟いてみる。

直接言っても、きっと拒絶されるだろう。


その願いを、昨日寝ぼけて口にしてしまったとは知らず、ハルミアンは閉じられてしまった扉を切な気に見詰めた。






光の季節後期月、二週五日。

午前の二の鐘が鳴る前、セルフィーネは王城に向かって空を駆けた。


辿り着いた王城の、見慣れていたはずの小さな泉の庭園には、何人もの土木作業員が出入りして作業をしていた。

石畳を剥がされた剥き出しの地面に、既に泉を中心とした、八角形の基礎が出来ている。

ハルミアンに聞いたところによると、見た目は温室のように、ガラス張りになるらしい。


ガラス張りになった内か外で、カウティスが早朝鍛練をすることは出来るだろうか。

ここで剣を振り、朝日に汗を輝かせるカウティスを見れなくなるのは、少し寂しい。


出来ると良いと願いながら、セルフィーネは王城の執務室へ降り立った。




「セルフィーネか」

部屋に降り立った魔力の纏まりに気付き、エルノート王が言った。

室内にいた文官達や侍従が、驚いて室内を見回す。

魔術素質のある数人は、セルフィーネの魔力を認めて立礼し、残りはそれを真似た。


「すまない。先代王の頃は、ちょうど今頃報告に来ることが多かったのだが、忙しかっただろうか?」

セルフィーネの気遣うような声が、窓際の水盆から聞こえた。

水の精霊が水盆に姿を現さなくなってからも、何かあった時に声が届き易い為、変わらず水は張られてあった。


「大丈夫だ。何かあったか?」

何かを書いていた書類を側に立っていた文官に渡し、エルノートがペンを置いた。

「今夜、日付が変わればフルデルデ王国へ向かうので、一度寄った。フルデルデ王国の王配殿に、メイマナ王女の様子を教えて欲しいと言われている」

セルフィーネの言葉に、エルノートも侍従達も軽く笑う。

王配のメイマナ王女への溺愛ぶりは、婚約式の立会人として訪れていた際に、王城中に知れ渡っていた。


「今は王妃教育の講義中だ。終わったら会うと良い。西部は変わりないか?」

「ない」

「セルフィーネ、そなたはどうだ?」

突然聞かれたことが理解出来ずに、セルフィーネは返事が出来なかった。

「…………私……どうだ、とは?」

「まだまだ弱い魔力のままだろう。大丈夫かと聞いている」


エルノートは薄青の瞳を細めて魔力の纏まりを見る。

先週、今にも消え失せてしまいそうに見えていた魔力は、力強いとまでもは言えないが、濃く纏まっているように見えた。


セルフィーネは瞬きして、頷いた。

「大丈夫だ。ネイクーンの皆が良くしてくれるので、回復が進んだ」

「そうか。来月そなたが戻るまでには、回復に役立つよう、庭園の新しい設備も間に合わせるつもりだ」

当たり前のように言うエルノートを見て、セルフィーネはそっと胸を押さえる。


ネイクーンでは、こうして皆が度々気にかけてくれる。

その気持ちがとても嬉しくて、胸がじわりと温まる。

そしてまた、ネイクーンの為にも、きっと早く回復してみせるという気力が湧いた。


やはりネイクーン王国この国が好きだと、セルフィーネは一人そっと微笑んだ。





日の入りの鐘が鳴って、太陽が月に替わった。

今夜の空には殆ど雲はなく、星も多く瞬いている。


毎晩、日付が変わる前まではカウティスと共にいて、その後で上空うえに行っていた。

セルフィーネは空で月光を浴び、カウティスは眠る。

西部に戻った晩に、カウティスに言われるままに側にいたら互いに休めなかったので、二人でそう決めた。



「庭園には、もう泉の周りに基礎が出来ていた」

皆が夕食を終えた頃、今日セルフィーネが行った王城の話になった。

ハルミアンが頷く。

「庭園の設備は、来月セルフィーネが戻る迄に僕も確認に行っておくよ。せめて、二国では回復出来るようにしないとね」


「温室のようになると聞いたが、庭園部分は全て覆われてしまうのか?」

「覆うのは泉だけだよ。その方が建てるのも早いからね。全部温室にしちゃう方が良かった?」

セルフィーネが何処か心配そうに尋ねるので、ハルミアンは首を傾げた。

セルフィーネは急いで首を振る。

「そうではなくて、剣の鍛練をする場所はあるだろうかと思って……」

「剣の鍛練? あそこで? まあ、素振りくらいは十分出来ると思うけど」

ハルミアンは不思議そうに目を瞬いたが、カウティスは笑って頭を掻いた。

「王城にいる時は、毎朝私があそこで剣の鍛練をしているのだ。子供の頃からの習慣だから」


何故か嬉しそうに見えるカウティスを、ふ~ん、と相槌を打ちながらハルミアンは眺めた。

やはり、あれから一度もカウティスから魔力のようなものは感じない。

あの時は疲れていたし、セルフィーネの魔力が不安定にカウティスを包んでいるから、見間違えたのだろうと思った。




「来月戻ったら、鍛練を見たい」

今月は、石畳を剥がして基礎を作っていたので、庭園で鍛練は出来なかった。

「分かった」

カウティスは微笑む。



一緒にいたいのに、この笑顔からまた離れなければならない……。



セルフィーネは思わず、椅子に座ったカウティスの側に寄り、彼の頭をそっと胸に抱く。

「わあ、セルフィ……んぐっ」

ハルミアンが何か言おうとしたのを、マルクが咄嗟とっさに手で口を塞いだ。

セルフィーネの魔力が見えるのは、ここでは二人だけだ。


「どうした、二人共。……セルフィーネ?」

側で濃く蒼い香りがして、カウティスは目を瞬く。

胸のガラス小瓶から、小さな声がした。

「……約束だ」

「ああ、約束だ」



マルクの濃緑のローブを見ること。

水の季節前期月に毎年行われる、国家式典に立つこと。

カウティスの早朝鍛練を見ること。


来月に戻った時の、小さな約束を重ねる。


そうして心の平静を保ち、セルフィーネは日付が変わる前の深夜、拠点を離れ、フルデルデ王国へ向けて発った。




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