西部慰問 (1)

土の季節、後期月六週三日。

カウティスとラードは、予定よりも遅く、夕の鐘が鳴ってから拠点に着いた。



「お疲れさまです。誕生祭はどうでしたか……って、カウティス王子! あからさまに冷たい目で見ないで下さいよ」

迎えに出てきたマルクが、カウティスからの冷ややかな視線に一歩下がった。


何のことか分からないラードが、怪訝そうな顔をしながら馬を引いて厩舎に向かうと、カウティスがムスッとしたまま口を開く。

「マルク、セルフィーネから聞いたことは他言無用だぞ」

どうやら、口付け云々をマルクが聞いてしまったことを知っているようだ。

「それは分かっています。……すみません、お二人の私的なことを聞いてしまって」

マルクが垂れ目を伏せて、言い訳せずに申し訳無さそうな顔で謝るので、カウティスは気が抜けた。

「…………すまない、八つ当たりだ。セルフィーネが自分から尋ねたのなら仕方ない」

毒気の抜けたカウティスに、マルクはホッとする。

「管理官の確認も、無事に終わって良かったです」

「ああ。心配を掛けた」

言って、ちょっと強めに肩を叩かれた。


それでマルクは、魔力干渉に関して聞きたいことがあるのは、今は我慢することにした。




「こちらを空けている間には、何もなかったか?」

部屋で旅装を解きながら、カウティスが聞く。

「はい。堤防の建造は順調です。最近は天候にも恵まれているので、予定よりも少し早く作業が進んで、このまま行くと資材の運搬の方が間に合わなくなるかもしれませんが」

マルクが国境地帯の地図を広げ、他の資料も持ってくる。

「それなら休息日を間に入れよう」

「良いのですか?」

「皆の努力で早く進んでいるのなら、労わねば」

「皆、喜びます」

マルクが笑って頷く。


下働きの男が、食事を運んで来たので、ひとまず食事をしながら話を続ける。

「それから、ザクバラ国の代表が変更になったそうです」

「変更?」

カウティスは、マルクから渡された文書に目を通す。

復興当初から代表だったリィドウォルが外れ、別の貴族になったらしく、全く知らない貴族の名が書かれてある。

「なぜ変更になったのだろうか」

「理由までは分かりませんね」


二人の会話を聞いていたラードが唇を歪め、握っていたスプーンで芋を崩す。

「ようやくザクバラも堤防建造に着手出来たのに、作業場の雰囲気が変わらないと良いですけどね」  

  

「代表が変わって、作業場の雰囲気が変わるのか?」

カウティスが疑問に思って聞き返す。

リィドウォルと同じ立場なのは、ネイクーン側で言えばカウティスだ。

だが、直接作業に関わる訳でもなく、毎日後ろで目を光らせている訳でもない。

変更で別の者が入っても、作業場で働く人々にとってはあまり影響はないかと思った。


だが、ラードは首を振る。

「例えばさっきの休息日ですよ。王子は予定よりも作業がはかどっているなら、作業員を労うべきだと考えましたよね」

カウティスは頷く。

「それが当然だと思うが」


皆が復興を目指して頑張っているから、作業が早く進んだ。

その努力を労って当然だと思う。

そして、また頑張って欲しい。


「ですが、作業が予定よりも早く進んでいるのなら、それに合わせて資材の運搬を早めなかった、資材担当者の失敗を罰するべきだと考える者もいます」

カウティスは口に入れようとしていたスプーンを止め、眉を寄せる。

そんな風に考えたことはなかったが、確かにそういう考え方をする者もいるかもしれない。


「どういう捉え方をする者が上に就くかで、下の者には随分影響が出ると思いますよ」

ラードが芋に齧り付いた。




日の入りの鐘が鳴り、カウティスは窓際にガラスの小瓶を置いて呼び掛ける。

「セルフィーネ」

一拍置いて、月光を集めるように、淡く輝く小さなセルフィーネが姿を現した。

今夜も空には雲が掛かっているが、月光を遮るほどではない。

小瓶の上で微笑むセルフィーネは、今日も美しい。



「ザクバラの代表がリィドウォル卿ではなくなったらしい」

窓際に椅子を運んできて座ったカウティスが、手を差し出して言った。

セルフィーネはカウティスの指に添いながら、ベリウム川に踏み入ったまま、食い入るようにこちらを見ていたリィドウォルの目を思い出す。

思わずぶるりと身震いして、カウティスの短く切られた爪を撫でる。


「セルフィーネ?」

「……では、もうカウティスがイサイ村に向かう時にも、一緒にいて良いか?」

リィドウォルの視線を思い出したくなくて、そんなことを聞くと、カウティスは僅かに頬を緩める。

「そうだな……。いや、新しい代表がどんな者なのか、確認してからだな」

「そうか……」

少し残念そうなセルフィーネに、カウティスが顔を近付けて聞く。

「そんなに俺と一緒にいたいか?」

「いたい。……カウティスには、邪魔か?」

からかい半分で聞いたのに、切な気に聞き返されて、カウティスは息が詰まりそうになった。

「邪魔な訳ない。本当は、一日中月光の魔力が切れないように、大きな魔石に替えたいくらいだ」

「それでは大瓶になって、首から下げていられないぞ」

セルフィーネは、ふふと楽しそうに笑う。


彼女が楽しそうに笑うのを見ていると、カウティスの胸は温かくなる。

セルフィーネが西部に留められることになり、その後カウティスが西部に派遣されて、ずっと落ち着かない日々だった。

神聖力のことも落着して、これからこうやって、ここで復興に尽力しながら、セルフィーネと穏やかに日々を過ごせるかもしれない。

そう思うと、安堵の気持ちと共に、ワクワクするような高揚感もあり、カウティスは自然と笑顔になった。


セルフィーネは、カウティスの穏やかな笑顔に、喜びを増す。

抱き合うことも口付けもないけれど、二人は満たされた時間を過ごした。




土の季節、後期月最終日。


カウティスはラードと共に、拠点から南東に位置するアスクルの町へ向かう。

今日はメイマナ王女が慰問に訪れるのだ。


メイマナ王女は、昨日の夕方に西部に入り、カウティスが準備を確認していた町で一泊し、今日アスクルの町に慰問に訪れる予定だった。



アスクルより更に南には、先代王の時代に貴族の小領地が連なっていたが、ベリウム川の氾濫に領地が荒れ、対応に追われていたところを、ザクバラ国の兵に攻め込まれた。

セイジェ第三王子の乳母の故郷も、その一帯に含まれる。

その後数年間ザクバラ国に占領され、ネイクーン王国の西部を侵攻する拠点とされていたらしい。

現在は勿論、ネイクーン王国が取り戻しているが、ザクバラ国が撤退した後の一帯はあまりにも荒廃が酷く、多くを撤去されて国の直轄地となっていた。



アスクルの町は、紛争時に多くの家屋を破壊された場所だが、カウティスが西部に派遣される前から、町の人々が力を合わせて町を再建しようと努力を重ねていて、随分新しい建物が建っている。


近隣の小さな村に住んでいた人々も多く移住していて、ベリウム川に沿って堤防建造が進めば、以前よりも大きな町として栄えそうだった。

そう遠くない場所に、修繕途中の神殿もあり、もしかしたらこの先、国境地帯で一番大きな町になるかもしれない。




アスクルの町の外周には、屋根の形に特徴のある、フルデルデ王国の馬車が並んでいる。

門を入るとすぐ、子供達の笑い声が聞こえた。

カウティスは町長に挨拶をし、最近の町の復興状況などを聞きながら、メイマナ王女がいるという町の広場を目指した。


広場が見える所まで行くと、ちょうど広場の中央で人形劇が行われているところだった。

魔物の王と人間の王子が戦い、攫われた王女を助けて幸せになる、そういう定番の内容だったが、人形劇が初めての子供達も多かったようで、食い入るように見つめている。

子供達は目を輝かせ、時には大声で人形の王子を応援し、危機に陥ると悲鳴を上げる。


「こんなに嬉しそうな子供達を見るのは、本当に久し振りです。今日をとても楽しみにしていたのです」

「そうなのか?」

カウティスの問いに、町長が目尻にシワを寄せて頷く。

「最近は随分落ち着いてきたとはいえ、やはり衣食住を優先する状況ですから、娯楽は殆どありません。子供達は自分達で楽しみを見つけますが、普段は手伝いに駆り出されますから」

まだ小さな子供も多い。

それでも、平民の子は普段から親の手伝いをして過ごす。


「……子供の人数が、多くないか?」

報告で上がっているアスクルの子供の人数より、倍はいる気がする。

「王太子殿下が荷馬車を手配して下さり、近隣の子供達が集まっております。日用品等も共に運んで下さいました」

「兄上が?」

驚いてラードを振り返れば、ラードは先に聞いていたようで、小さく頷く。



人形の魔物の王が倒されて、子供達が一斉に歓声を上げた。

カウティスは、子供達の輝く横顔を眺めた。


堤防建造を主として、国境地帯の町や村にもできる限りの復興支援をしてきたつもりだった。

だが、まだまだだ。

形を戻すだけでも、以前より立派な町村を造るだけでもいけない。


兄のように、そこに集う人々を見なければ。



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