二人だけのお茶会
王城の内庭園。
メイマナ王女は、セイジェ第三王子に勧められるまま、涼しい日陰に誘われて、長椅子で寛いでいる。
マレリィは公務があるという事で、午前に予定のないメイマナだけが残っていた。
長椅子に座って花を愛でていると、母国の雰囲気に似ていて安らいだ。
フルデルデ王国では、客人を迎える時以外は、長椅子の側に背の低い机を置いてお茶をするのが一般的だ。
カウチソファのように、大きなクッションを置いて凭れ、足を伸ばしてゆったり座り、のんびりお茶をする。
セイジェがいつも座るこの長椅子にも、大きなクッションが二つ置かれてあって、メイマナはそれに凭れてお茶を飲んでいた。
周りは背の高い生け垣に囲まれていて、長椅子に座っていると、自分だけの秘密の場所にいるようだ。
セイジェ王子もそういう場所が欲しくて、ここに長椅子を設置しているのだろうか。
花の香りが心地良くて、メイマナは少しだけ、と靴を脱いで足を伸ばした。
侍女達の声がして、クッションに凭れていた上体を少し起こした。
「ハルタ、どうしたの……」
顔を上げ、王太子エルノートが近くにいて、メイマナは固まった。
エルノートもまた、素足を長椅子に上げ、しなだれるように長椅子に座っていたメイマナを見て固まる。
「失礼した!」
「失礼しました!」
一拍置いて、二人の声が重なった。
「……驚かせてしまって、本当に申し訳ありません。その、母国式の長椅子で心地良くてついつい普段のようにしてしまいまして、はしたない姿をお見せしてしまって……」
長椅子から立って、咲き誇る花を前にしたメイマナが、恥ずかしさに顔を赤らめて言った。
離宮の部屋に戻ったら、侍女のハルタに叱られるに違いない。
エルノートは額に手をやる。
セイジェがいつも内庭園で寛いでいるのは知っていたが、フルデルデ王国様式の長椅子を使っているのは知らなかった。
別に、メイマナのあられもない姿を見た訳ではない。
けれども、ネイクーン王国では普段見ることのない令嬢の格好だったので、一瞬焦ったのは事実だった。
昨日に続き、この王女には余裕のないところを見られてばかりだ。
「……私こそ、寛がれていたところを驚かせて申し訳ない」
エルノートは答えながら、チラリと隣に立つメイマナを見た。
メイマナの片方の肩から掛けられた肩掛けを見て、セイジェの言っていた意味が分かった。
フルデルデ王国様式の使い方をするならば、ネイクーン王国のレースの肩掛けは、美しさが半減する。
彼女はフルデルデ王国様式のドレスを着ているのだから、それに合うものを贈るべきだったと、エルノートは後悔した。
「素敵な肩掛けを、ありがとうございます。このように素敵なレース編みは、初めてでございます」
エルノートがどうやって話を切り出そうか考えている内に、メイマナがはにかみながら口を開いた。
「王女が昨日、心を砕いて下さった事に比べれば、これしきでは詫びにも感謝にも足りないでしょう。……本当に、何と詫びれば良いか」
昨日の事を口にすると羞恥に駆られ、エルノートは僅かに顔を歪ませた。
メイマナはエルノートの顔を見て、錆茶色の瞳を瞬く。
「王太子様、では、今から昨日の続きを」
「……は?」
突然の申し出に、意味が分からずにエルノートは眉を寄せた。
「お詫びや感謝などと仰るのなら、昨日中断してしまったお話の続きをして下さいませ」
メイマナは微笑んで、さっきまで自分がお茶を飲んでいた長椅子を指す。
「さ、少しだけでも。ハルタ、準備をお願い」
軽い足取りで長椅子に向かうメイマナを、エルノートは戸惑って呼び止める。
「メイマナ王女、お待ち下さい」
「本当は、昨日もう少しゆっくりお話がしたかったのです。今は、お時間がありませんか?」
メイマナは長椅子に座ると、エルノートを見上げて待った。
詫びなければ、と心を重くしている者に、“そんなものは要りません”と言っても、余計に重くするだけだ。
心を軽くしてやりたいならば、可能な範囲で“こうして欲しい”と提示する方が良い。
相手が望むものを叶えることで、少しでも詫びることが出来たと安堵するものだ。
エルノートもまた、メイマナがそう望んでいるのなら、と躊躇いがちに長椅子に近付く。
「……大丈夫です」
そう言って腰掛けた。
侍女達が手早くお茶の準備をする。
メイマナが一口お茶を飲んで話し始めたのは、初めて他国へ慰問に訪れた時の事で、てっきり昨日急に具合を悪くした事に言及されると思っていたエルノートは、肩透かしを食らった気分だった。
一度気が緩むと、メイマナと話すのは思いの外楽しいものだった。
王太子妃候補ではないメイマナには、会話の端々に意気込みも緊張感も感じない。
慈善活動、フルデルデ王国の美術、建築、前王の治世、他国の本……、取り止めなく続く会話が心地良かった。
用意したお茶がなくなり、侍女が新しいポットを持って来て、エルノートはハッとした。
侍従に時間を聞き、随分ゆっくりしていた事に気付いて立ち上がる。
「そろそろ、戻ります」
「はい。とても楽しい時間でした、王太子様」
メイマナが立ち上がって一礼すると、肩掛けの房が揺れた。
「…………まだ、お時間はよろしいか?」
エルノートに聞かれ、メイマナはキョトンとして頷いた。
エルノートはメイマナを連れて、王城の一角にある衣装部屋を訪れた。
普段、客人はおろか、王城の主である王族でも自らは訪れない。
用があれば侍女が来るか、職人が部屋まで出向くだけだ。
まさかの王太子の来室に、衣装部屋で働く職人や針子達は、一体何事かと戦々恐々とした。
「レース編みを使った物で、この様に片方の肩から垂らして着けるのに良い物を見せてくれ」
エルノートの指示で針子達が顔を見合わせ、メイマナを見て急いで動き始める。
「お、王太子様? あの、私は……」
言われるがままに付いて来たが、今着けているレースの肩掛けを取り替えようとしているのだと気付き、メイマナは恐縮した。
やはり、似合っていない物を無理にフルデルデ流に着用していたのがいけなかったのだと思った。
『そなたが隣りにいると、私が恥ずかしい思いをする!』
昔、婚約者に言われた痛烈な一言を思い出し、メイマナは下を向いて、キツく目を閉じた。
「メイマナ様」
ハルタの声が聞こえ、フワリと肩から柔らかい物が掛けられて、メイマナはそっと目を開けた。
正面にエルノートが立って、こちらを見ている。
エルノートの薄青の瞳が、ふと僅かに細められた。
「美しいな」
思いがけない一言に、メイマナは小さな錆茶色の瞳を目一杯見開く。
彼が長い腕を伸ばし、メイマナの肩から掛けられた布の端に、指先で触れる。
「これを、私から王女に」
そう言って指を離すと、一礼した。
「申し訳ありませんが、公務があるのでここで失礼致します。後は頼む。丁重に王女を離宮へお連れするように」
後半は侍従に言って、エルノートはもう一人の侍従を連れて部屋を出て行った。
「メイマナ様っ!?」
残されたメイマナが突然よろけて、侍女達が支える。
メイマナの肩には、帯状の布が掛かっていた。
目の覚めるような薄青の薄い布地に、小花を散らしたようにレースの意匠が縫い込まれていて、寒色であるのに優しい印象だった。
「う……」
「う?」
何か言いかけているメイマナの顔を、ハルタが覗く。
「……う、美しい……、美しいって? ハルタ! 美しいって、何!?」
メイマナは、白い指まで赤くして、真っ赤な顔を押さえた。
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