制御不能の神聖力

園遊会 (前編)

午前の一の鐘が鳴って、たっぷり半刻おいてから、カウティスがイサイ村に戻って来た。



「あーもー。なんですかね、そのスッキリした顔は」

晴々とした顔で帰ってきたカウティスに、ラードが仁王立ちして言った。

「何か仰ることは?」

「セルフィーネが戻った」

馬から降りて、当然のように言うカウティスに、ラードが盛大に顔を顰めて見せる。

水の精霊が目を覚ましてカウティスの下に戻ったことは、マルクが空に輝く魔力を見て気付き、報告を受けていた。

「そんなことは、もう分かってますよ」

「そんなこととはなんだ」

不満気に眉を寄せるカウティスに、左胸の辺りからセルフィーネの声が聞こえた。

「カウティス。迷惑を掛けてすまなかったと、ラードに伝えて欲しい」

俯けば、小さなセルフィーネが、申し訳無さそうに見上げている。


「そなたが謝ることでは……」

カウティスは、言い掛けた言葉を飲み込む。

姿勢を正し、王子然とした態度で言った。

「ラード、昨日は取り乱してすまなかった。一人の時間を確保してくれたこと、感謝している」

ラードは、今朝もカウティスを急いで探すようなことをせず、信じて、立て直す時間をくれた。

謝るのでも、感謝するのでも、セルフィーネでなく、ラードの主であるカウティスがすべきことだ。


「ご無事のお戻り何よりです、王子」

ラードは満足気に笑うと一礼した。





ネイクーン王国、王城。


フルデルデ王国のメイマナ王女が過ごす離宮とは別の離宮の中庭で、午後の一の鐘から園遊会が行われていた。


「ハルタ。人間って、眩しいものなのね」

「そうですね、確かに眩しいです」

中庭に足を踏み入れるなり、そんな会話をしているのは、メイマナ王女と彼女の侍女ハルタだ。


園遊会の会場の中庭には、色とりどりの花が咲き乱れる。

テーブルの上にも、華やかな菓子や果物と共に、大ぶりの花器に美しく花が盛られて飾られている。


それらが霞んで見える程、この会に参加している令嬢達の気合の入った装いが、眩しい。

五人いる令嬢の誰もが、見目良く、品があり、腰を絞った曲線美のドレスを卒なく着こなしている。

華美過ぎないが、自分の魅力を引き立たせる装飾を身に着け、一人ひとりが光を放たんばかりだ。

それもこれも、あのエルノート王太子に選ばれ、王太子妃になる為だろう。



メイマナは首元と肩の大きく開いた、胴を絞らない橙色のドレスを着ている。

肩から腰へ、緑と濃緑の薄布を幾重にも斜めに渡し、複雑に編まれた腰紐からも、同じ様に薄布が垂れ、襞が美しく揺れる。


フルデルデ王国の女性は色彩鮮やかなドレスを纏う。

健康的な濃い肌色に負けない為だが、色白のメイマナが身に着けると、その陶器の様な肌の白さが際立った。


令嬢や、令嬢の親族である貴族院の者が、メイマナに近付いては挨拶をする。

他国の王族であるメイマナに、彼等は充分な礼節をもって接した。

しかし、王太子妃の座を狙う彼等の目には、メイマナは地位以外に魅力のある相手とは映らなかったようで、必要以上に牽制されることはなかった。


メイマナはハルタと共に、料理と花が盛られているテーブルを回る。

軽食も甘い菓子も、フルデルデ王国の物とは違っていて、繊細な見た目で新鮮だった。

どれを食べようか目移りする。

「メイマナ様、まさか、あれこれ召し上がるつもりではありませんよね」

「頂くつもりだけど? だって、私はお茶会に誘って頂いたのよ。王太子妃候補は辞退しているのだし」

ふっくらとした下唇に白い指を添えて、うーんと悩みながら焼菓子を見比べる。

「そうかもしれませんが、しかし……」

ハルタがまだ何か言いたそうにした時、離宮側のアーチから、王と側妃マレリィが中庭に入って来た。




中庭にいる者達は居住まいを正し、立礼する。

手を軽く上げ、貴族院の者と言葉を交わす王は威厳がある。

髪に白いものが混じるなど、年齢と共に容姿は変化したが、まだまだ若々しく凛々しかった。

マレリィはといえば、その艷やかな黒髪には、一本の白いものも混じっておらず、キツく結い上げた髪と細身の青紫のドレスで、スラリと美しい立ち姿を見せていた。


招待客の内、一番立場が上のメイマナが最初に、王とマレリィに挨拶をする。

メイマナは二人の前に進み出て、鮮やかな橙色のドレスを左手で摘み、右掌を左胸に柔らかく添え、腰を軽く落として僅かの間目を伏せる。

完璧な女性の立礼だ。


「メイマナ王女。昨晩はゆっくりと休めましたか」

「はい、陛下。お心遣いに感謝申し上げます」

三人が、挨拶に続く何気ない会話をしているところで、王太子がアーチをくぐった。



中庭に足を踏み入れた途端、エルノートは令嬢達の視線を攫った。

整った精悍な顔立ちに、切れ長の薄青の瞳が涼し気に輝く。

長身の引き締まった身体に纏うのは、裾の部分を紺で刺繍された純白の詰襟だ。

背に揺れる白いマントは、詰襟と同じ紺の糸で、肩から背中の部分に複雑な刺繍が刺されてあった。

どこか冷たく感じる雰囲気を和らげるのは、少し伸びたくせ毛で、整えていても耳の上でくるりと跳ねて、歩調に合わせて弾んでいる。


令嬢の誰もが瞳に熱を帯びる中、メイマナもまた内心ドキドキしていた。

陽光の下で見るエルノートは、着飾った令嬢以上に眩しく感じる。

金色に近い銅色の髪が、光を弾くからだろうか。

きっとそうに違いない。



エルノートはメイマナを認めると、真っ直ぐ彼女の方へ歩いて来た。

メイマナは先程と同じ様に挨拶をする。


「昨日は失礼致しました」

謁見の間での事を思い出したのか、一瞬エルノートが軽く笑ったので、メイマナは頬が熱くなるのを感じた。

「お恥ずかしい限りです。……出来れば、お忘れ下さいませ」

「あんなに笑っては失礼だと、あの後相当絞られました。私こそ、大変申し訳なかった」

エルノートが軽く目を伏せる。


一体誰が、王太子をそれ程に叱れるのだろう。

メイマナはそう思いつつも、美形は目を伏せても美形なのだわと感じ入っていた。

「……メイマナ王女?」

ぼんやりエルノートの顔を見ていたメイマナは、呼ばれてハッとする。

「いえいえ! まつ毛が長いのねとかうぶ毛まで金色に見えるわとか、そんなことを考えていた訳ではなくですね……」

ハルタが後ろからメイマナを突付いた。

「あ……」

エルノートが目を見張っているのを見て、メイマナは口をゆっくり閉じる。


エルノートは何度か目を瞬いてから、形式的な笑みを浮かべた。

「それ程見つめて頂けるとは、恐縮です。どうぞごゆっくりなさって下さい。では」

一礼して、踵を返す。

取り残されたメイマナに、ハルタが後ろから小声で文句を言うが、言われなくても既にやってしまったのは分かっていた。



メイマナは、焦ったり、戸惑ったりすると、ついつい口が先に動いてしまうのだ。

この癖で、何度も失敗した。

上手くやろうとすればするほど、緊張して、どうでも良いことを多く喋ったり、場にそぐわないことを捲し立てたりしてしまう。

成人してすぐに決まった婚約も、この癖のせいで婚約者に呆れられ、婚約破棄に至った。


顔を上げれば、エルノートは令嬢の挨拶を受けている。

美しく着飾った令嬢と並ぶと、そこだけ輝いて見えた。

自分はただでさえ、美しいと形容するのは難しい容姿だと自覚している。

その上、こんな恥ずかしい癖があっては、王太子妃など無理に決まっているではないか。


メイマナは目をギュッと閉じて、視界から美しい全てを消し去る。

そして首を振って、一度深呼吸する。

気持ちが落ち込んでいては、良い事は寄って来ないものだ。

「さ、甘い物でも頂きましょう」

「メイマナ様ぁ」

にっこり笑って、焼菓子を置いてあるテーブルに向かうメイマナに、ハルタが情けない声を上げた。





「この女性なら、と思う者はいたか?」

一通りの挨拶と会話を終え、喉の乾きを癒やすためにグラスを手にしたエルノートに、王が小声で聞いた。

「……どの令嬢も申し分無いのでは? 後ろ盾を考えるならば、辺境に領を持つ家よりは、小さくても王都により近い領を持つ家の方が……」

「待て待て。そういう意味ではないぞ」

頭が痛いというように、王が額を指で揉む。

「側に置きたいと思う者がいたかと聞いておるのだ」

エルノートが、形の良い眉を僅かに寄せる。

「どの令嬢が側にいても、問題はないと思いますが」

王が盛大に溜め息をついた。

「……どう聞けば良いものかな」

横目で側に控えていた侍従に問うと、彼等もお手上げの顔だ。

「……例えば、どの者なら抱き寄せる事を想像できるか、という事だ」

王が何とか言葉を選ぶと、今度はエルノートが盛大に溜め息をついた。

「申し訳ありません、父上。どの令嬢であっても、同じ様に抱き寄せられそうです」



頭を抱える父王を尻目に、エルノートはグラスを煽った。


どの令嬢も、整った笑顔を向けてくる。

しかし、彼女達が見ているのは、王太子妃の座だ。

エルノートの性格や好みを知って、微笑んでいる訳ではない。

そして、自分も同じ様に、彼女達に完璧な王太子妃を求めているだけだ。

それ故に、皆不足なく同じ様に見える。

どの令嬢でも必要なら抱き締められるだろう。


それの何がいけないのだろう。

フェリシア皇女との失敗を、繰り返したいとは思わない。

しかし、愛情や慈しみというものは、そもそもこんな段階から湧くものなのだろうか。



エルノートには、どうしても解らなかった。




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