司教来訪

西部の変化

収穫祭の翌日。

土の季節、後期月四週一日。

カウティスとラードは昼に王城を出発し、西部に戻る予定だ。




午前に王太子の執務室で、今後の予定などをエルノートと擦り合わせる。


以前エルノートが、オルセールス神聖王国に精霊を鎮める方法があるか問い合わせた件で、視察団がやって来るらしい。

「実際の地を見なければ判断は出来ない、という事なのだが。……既にもう、月光神によって鎮められてしまったな」

エルノートが額に手を当てる。


最近のエルノートは、以前より顔の輪郭が鋭利になったのを気にしているのか、伸びかけの髪の毛を切らずにいる。

セイジェよりも少し強めのくせ毛のせいで、金に近い銅色の髪が耳の上でくるりと弾み、印象をやや明るくしていた。


「数日内には国内に入るようだから、王城で謁見して事情を説明した後に、西部に案内させようと思う」

聖職者ならば、間違いなく今の国境地帯を見たいはずだ。



西部には、月末にもフルデルデ王国のメイマナ王女が慰問に訪れる。

復興だけで大変なのに、他国の者が続けて訪れるとは、気が重いことだ。


メイマナ王女は今週王城を訪れ、カウティスの誕生祭の後に、月末には西部入りする予定だ。

フルデルデ王国の収穫祭は、後期月の前半に終わっているそうだが、月末の西部慰問が目的の割には入城が早い。

側妃マレリィがどうしてもと、フルデルデの使者に圧を掛けたのだという。


「では、メイマナ王女に園遊会に参加して頂く為に、母上が日程を早めさせたのですか?」

「そういうことらしい。……まあ、王太子妃選びはマレリィ様にお任せしているので、文句はないが……」

珍しく歯切れの悪い兄に、カウティスはラードと顔を見合わせる。

「気掛かりなことでも?」

エルノートは、耳の上で弾む髪を耳に掛ける。

「……メイマナ王女は、どうも正妃になることを望んでいないらしい」

マレリィの侍女から、エルノートの侍従が聞き出した情報だという。

使用人同士の情報網は侮れない。

「民の為になるのなら、私は妃が誰であっても構わないが、望まない者が収まるには荷が重すぎる座ではないか?」


『誰であっても構わない』と言い切った兄に、カウティスは頭が痛くなる。

姉のフレイア王女のように、大恋愛の末に婚姻せよとは言わないが、せめて“こういう女性と共にありたい”、くらいは考えて欲しいものだ。


「マレリィ様には、メイマナ王女を正妃にと望む理由が、何かお有りなのでしょうか」

見かねたラードが口を挟む。

「そうだろうな。……まあ、園遊会には正妃を望む令嬢が他にも集まるのだから、その者達から選べば良いだけだ」

エルノートは億劫そうに話を終わらせた。



フルデルデ王国の女王には、六人の子がいる。五人の王女と一人の王子で、メイマナ王女は第三王女だ。

末の王子とメイマナ王女以外、四人の王女は既に結婚している。

フルデルデ王国は母系制を重んじる国なので、王太子は第一王女に決定していた。


カウティスは、南部辺境警備に就いていた頃に、フルデルデ王国の慈善活動に熱心な王女として、メイマナ王女の名前を聞いたことがある。

王女と面識はないが、慈善活動に精力的なエルノートとは、気が合うかもしれないと思った。

母が推す理由も、それなのだろうか。




カウティスとラードは昼食後に王城を出発した。

今日中に西部に戻り、復興業務に戻る予定だ。

収穫祭を無事に終えて、これからは日中の外気温も下がってくる。

堤防建造をする作業員達も、少しは楽になるだろう。


途中、街道で、聖職者を乗せた馬車を追い越す。

収穫祭の祭事を終え、彼等は西部に神の御力が起こした奇跡を確認しに行くのだ。

王が許可を出した早々に、収穫祭そっちのけで西部入りを希望した神官が数名いたそうだが、最高司祭も兼ねる聖女アナリナのひと睨みで留まったのだとか。

聖職者にも不届きな者がいたものだ。




夕の鐘が鳴ってすぐ、カウティスとラードは拠点に到着する。


門を入ると、数日前に拠点を出た時と雰囲気が違うことに気付く。

祭服を着た集団がいるのだ。

「一昨日より増えてますね」

ラードが溜め息混じりに言った。


ラードが拠点から王城に向けて出発する時には、拠点に押し掛けていたのは四、五人だったとか。

収穫祭の仕事があるだろう、と散らしてから拠点を出たらしい。

出迎えに来たマルクに聞けば、西部の内地の村や町から来た者達だった。

一旦は収穫祭の祭事に戻ったが、終わらせるとすぐ舞い戻って来たという。

拠点にいる作業員達に話を聞いて書き留めたり、実際にベリウム川に出向いて感激したりと盛り上がっているらしい。


「邪魔でしかないな」

カウティスは渋面になる。

そのままツカツカと集団に近寄り、長い紺のマントを翻し、腰に手をやると目を細めた。

「聖職者は、そんなに暇なのか?」

突然降ってきた冷たい声音に、聖職者達は揃ってカウティスを振り返る。

「こ、これはカウティス王子」

カウティスは顎を上げる。

「神祭事と救済以外では、オルセールス神聖王国の特権は認められない。知らぬ訳ではないだろう」

カウティスの憤りを含んだ雰囲気に、彼等は顔色を変えた。


偉大なる太陽と月の兄妹神を祀り、フルブレスカ魔法皇国が唯一手出しのできない神の国、オルセールス神聖王国が統括するのがオルセールス神殿だ。

神殿の聖職者達には、越国境の権限が与えられている。

派遣先の国内であっても、司祭の判断で領地間を移動出来るが、それはあくまでも神祭事と救済が前提の場合だ。

許可が下りないことはほぼないが、目的によって、王や領主の許可が要る。


「し、しかし、カウティス王子。我々は西部の領地内を移動しているのみですし、月光神様が奇跡を起こされたとあっては、聖職者にとってこの地を巡礼しない訳には……」

言った神官が、なあ、と仲間達に同意を促す。

皆、一様に何度も頷いた。


カウティスは溜め息をつく。

「……確かに、そなた等の言いたいことも分かる。だが、ここは普通の村ではなく、復興拠点だ。邪魔をされては復興が遅れ、困る民も多いだろう。それは聖職者として、あってはならないことでは?」

言葉に詰まる聖職者集団に、ラードが胡散臭い笑顔を向けた。

「王子、それならば、民の為に働いて頂いてはどうでしょう。神殿の修繕作業は人出が足りていません」

「良いな。神殿の修繕ならば神への奉仕にもなって、そなた等にとっても喜ばしい事だろう。それならば、国境地帯への滞在を許可する。神殿は、ここからもう少し南だ。兵士に送らせよう」


力仕事を含む修繕作業を提示され、聖職者達の顔色がみるみる悪くなる。

カウティスは満足気に笑って言った。

「神のお導きだな」




「まったく、これから先、まだあんな奴等が来るのか?」

部屋に入るなり、マントをバサリと寝台に投げて、苛立ちも露わにカウティスが言った。

街道で追い抜いた馬車には、城下からやって来る司祭と神官が乗っていたはずだ。

ラードも溜め息をつく。

「拠点に入り込まないように、別に受け入れ先を用意した方がいいかもしれませんね」

そうしなければ、拠点の中をウロウロされては困る。

「まあ、水の精霊様から目を逸らさせる目的もあるんですから、そんな嫌そうにせずに」

そう言ってカウティスを宥めるラードも、面倒くさいと顔に書いてある。

「……仕方ない。内地の町に、打診してみてくれ」

溜め息混じりにカウティスが言う。

セルフィーネに、要らぬ目を向けさせられない。


セルフィーネは今朝、先に西部に戻っているはずだ。

日の出の鐘の前、まだ月が出ている内に戻ると言っていた。

カウティスが拠点に戻ってもガラスの小瓶に現れないのは、魔力の見える聖職者達がウロウロしていたからだろうか。


「王子、夜川原に行かないで下さいよ」

ラードがカウティスに釘を刺す。

「何故だ?」

美しくなったベリウム川で、セルフィーネが月光を浴びる様を見るつもりだったカウティスは、不満気だ。

「聖職者達の、いい見せ物になりますよ」

今から出発しても、日の入りまでに神殿の村に辿り着けないので、今夜は拠点に聖職者集団を泊め、明朝出発することになっていた。


物凄く不満気なカウティスに、声を掛けづらそうにマルクが手を上げた。

「あのう……、もう一つ頭の痛い事が……」

「何だ?」

「王子が戻られる少し前に、王城から通信があったのですが……、明後日に、オルセールス神聖王国から司教を含む視察団が来られるそうです……」

「「司教!?」」

カウティスとラードが一緒に声を上げた。



司教は、オルセールス神聖王国の聖王に継ぐ地位の者のはずだ。

十人いて、その内の一人が次期聖王に任命される。

そんな者が、西部を訪れるとは。


カウティスは無意識に、服の上から胸の小瓶を握った。



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