討伐協力

西部国境の復興拠点で、カウティス達は会議をしている。

カウティスとラードの他には、マルクを代表とする魔術士達と、兵士長と兵士代表数名、そして作業員と職人の代表だ。


今日、ザクバラ側で出現した大型の魔獣は、堤防建造の為に足場を組んでいた作業員と、それを補助していた魔術士を襲った。

魔獣が度々出現するザクバラ拠点付近よりもずっと北側で、警備兵の油断を突かれた。

戦う術を持たない作業員が多く犠牲になり、ネイクーン側から派遣された、魔術士と職人も負傷した。

その場にいた兵士だけでは、魔獣にとどめを刺すことができず、手負いで逃げられたということだった。




「……明日、討伐に手を貸す。急ぎ王城に越境の許可を得るように」

カウティスの言葉に、皆が色めき立つ。

「お待ち下さい。ザクバラには何と言うつもりです? 連絡無しで武装兵が越境すれば、問題になります」

兵士長が慌てて言う。

風の魔術陣で通信出来るのは、国内だけだ。

ネイクーン王国側に、討伐に助力する意思があっても、ザクバラ国に伝わっていなければ、武装兵が越境した時点で侵攻になってしまう。


「日の出前に早馬を出す。討伐隊は、日の出の鐘でイサイ村に待機する。ザクバラ国が討伐への助力を受け入れるなら越境するが、拒否するなら越境しない」

確認無しで越境して、休戦協定を破ることになれば本末転倒の事態だ。

そんなことは望まないが、迅速に討伐する為にはぎりぎりの線で対応する必要がある。

「一度人間を襲った魔獣は、必ずまた襲う。すぐにでも討伐しなければ、被害が拡大する恐れがあるだろう。今後の為にも、協力が必要だ。準備を頼む」


「ザクバラ国のことは、ザクバラ国に任せておけば良いのでは? 我等が危険を犯してまで手助けする必要があるでしょうか」

魔術士の一人が言った。

今日の襲撃現場にいたが、辛うじて難を逃れた者だ。

その恐ろしさを思い出してか、顔色悪く、震える拳を握っていた。

「そうです、王子。先に侵攻した、奴等の自業自得ではないですか」

その意見に同調する者が頷く。

ザクバラ国が侵攻したから自国を守るために応戦し、戦火が広がったというのが、ネイクーン王国の認識だ。



カウティスの周りの空気が変わった。


「……考え違いをするな」

その低い声音に、皆が一斉に王子を見た。


「我等が今、魔獣の襲撃に怯えることなくここで話していられるのは、全て水の精霊の恩恵に依るものだ」

カウティスは青空色の瞳に、強い力を込めて皆を見渡す。

「魔獣が頻繁に出現する程、この地の精霊を狂わせたのは、ザクバラ国だけではない。如何なる理由であれ、応戦し争乱を拡大させたのは紛れもなく我が国だ。水の精霊の恩恵なくば、我等とて同じ様に魔獣の脅威に晒されているはずだった。仲間を目の前で喰われるのは、我等だったとしてもおかしくないのだ」

カウティスは、机の上で拳を握った。

自分や仲間が魔獣に襲われることを想像して、皆の表情が変わる。


「忘れるな。決して、我等が正しいから魔獣が現れないのではない」


言ったカウティスの顔は、ラードやマルクと笑い合っている時のものではない。

簡単に近寄ることの出来ない、王族の顔だった。




カウティスは、会議の行われていたテントを出て、空を見上げる。

会議の途中で日の入りの鐘が鳴り、今は西の空で月が青白い光を放つ。

今夜の空には雲一つない。


「セルフィーネ、今夜試せるか?」

「……試せる」

カウティスの言葉を聞いて、後からテントを出て来たラードが、眉根を寄せる。

「何を試すつもりですか。もしかして……」

「セルフィーネの神聖力を試す」

以前の夜のように、浄化の光を放つことが出来るのか試すのだ。

今日セルフィーネと話した時は、今夜すぐ試すつもりではなかったが、魔獣が手負いで対岸に残っているのが分かっている以上、試してみるべきだと思った。

魔獣討伐で血が流れれば状況は悪化する一方だが、これが上手く行けば魔獣を浄化出来て、明日の討伐自体必要なくなるかもしれない。


ラードは眉間のシワを深める。

「反対です」

「分かっている。だが、やる」

カウティスの頑なな返事に、ラードは額に手をやり天を仰ぐ。

先日の魔力干渉で、水の精霊に聖紋が刻まれていたことは聞いた。

カウティスと水の精霊の二人ならば、必ず神聖力を試すと言い出すのは分かっていた事だ。


「……ならば、せめて向こうの拠点から少しでも離れて下さい。それから、念の為マルクを付けます」

カウティスがあからさまに嫌な顔をした。

マルクは人形ひとがたが見えないが、セルフィーネに触れるところを見張られるというのは、何とも居心地が悪い。

「そんな顔しても駄目です。見張ってないと、また二人の世界に入ってしまうと困りますからね」

「はっ!? な、何を言ってる!」

“二人の世界”と言われて、魔力干渉の時の事を思い出した。

我を忘れてセルフィーネを抱き締めた事が頭を過り、慌てる。

王子の慌て具合を見て、ラードは呆れつつ笑う。

「……あんまり気を張りすぎると、疲れますよ、王子」

「……分かっている」

半眼で睨みながらも、やや顔の赤いカウティスが深く息を吐いた。





「兵士の越境の許可? ザクバラにか」

王が執務室で、険のある声を出した。


日の入りの鐘が鳴って半刻してから、西部国境の復興拠点にいるカウティスから、王城の魔術士館に緊急の通信が届いた。

本日の執務を終えて、一旦自室へ戻っていた王だったが、緊急の通信を受けたと言うことで王太子エルノートと共に執務室へ戻って来た。


報告に来たのは魔術師長ミルガンだ。

「ザクバラ国側は、魔獣の出現が収まらないようです。今回は、我が方の協力人員にも負傷者が出たらしく、明日、カウティス王子が討伐に協力するつもりだと」

「カウティスが自ら出向くのか?」

辺境警備で魔獣相手に戦ってきたカウティスなら、確かに応援には適任だろう。

だが、ザクバラの代表はリィドウォルだと聞いている。


王は顔色を曇らせる。

カウティスとリィドウォルの間には、悪縁があるように思えてならない。

ギリギリまで向こうが代表を明かさなかったのも、ザクバラ国が意図的にそうしたように感じてしまう。

あの二人をできるだけ会わせたくなかった。


「現場にいるカウティスが必要だと思うなら、休戦協定に違反しない限り、任せてはどうでしょう」

エルノートが言う。

彼も自室に戻っていたので、首元の開いたシャツに、詰襟の上着を羽織っている。

「……仕方あるまい。許可を出しておけ」

王が溜め息交じりに、宰相セシウムに指示を出す。

セシウムはミルガンと共に一礼して、部屋を出て行った。


王が深く息を吐いてソファーに座った。

「……全く、状況が目に見えぬのはもどかしいものだ。セルフィーネでも寄越して、日々の事を詳しく教えろと言うか?」

「父上、カウティスが心配なのは分かりますが、セルフィーネを西部に留める事に決めたのは父上ですよ」

エルノートがやや呆れ気味に言う。

「しかし、カウティスが王城にいる時は、日に一度は顔を見せていたそうではないか。カウティスがいなくなった途端に登城しなくなるとは、現金な奴め」

口では忌々しそうに言いながら、心配で堪らないという顔の父王に、エルノートは小さく笑った。

今年、水の精霊と共に辺境警備からカウティスが戻ったのが、王は余程嬉しかったのだろう。

エルノートがカウティスを西部復興の代表に据えたと知った時は、愕然としていたものだった。



「では、自室に戻ります」

エルノートが一礼して行こうとするので、王が声を掛けた。

「エルノートよ、また無理をしていないか?」

ほんの僅か、エルノートが眉を動かした。

「いいえ? 何故です?」

「目の下にクマが出来ている」

王が自分の目の下を指で突付く。

「ああ、昨夜は少し本に夢中になりすぎて、寝付くのが遅かったので。気を付けます」

エルノートは爽やかに笑い、部屋を出て行った。





夜も更けてから、カウティスとラード、マルクは、西部のベリウム川を拠点より北上した。

街道を馬で速足程度で進む。


セルフィーネは水から離れれば姿を現せないので、結局は川原に降りなければならない。

拠点から少し離れたし、対岸に明かりは見えないので人はいないのだろうと思うが、念の為、カウティス達も明かりは持たず、月光を頼りに動いた。



カウティスが水に足を踏み入れると、側に水柱が立ち、等身大のセルフィーネが姿を現した。

マルクが少し離れたところで待機し、ラードは対岸を注視している。


セルフィーネは、神聖力を試すことに緊張しているかのように、表情がない。

「セルフィーネ、大丈夫か?」

カウティスに心配そうに声を掛けられ、目を瞬くと、小さく頷く。

そして、カウティスの胸に両手を当てると、そっと寄り掛かった。

カウティスは一度ゴクリと喉を鳴らし、彼女の右肩の下に右手を添える。


セルフィーネがドレスを着たままでも、不思議と聖紋ははっきりと見えた。

カウティスの右掌の痣と、ぴったりと重なり、完全な聖紋になる。

セルフィーネは、一度小さく身を震わせた。

しかし、いくら待っても二人の間からは光は放たれず、辺りは川が流れる音や、虫の声が変わらず聞こえるだけだ。



「何も起こらないな……」

暫くしてカウティスが呟いた。

身体を離したセルフィーネが、不安気に揺れる紫水晶の瞳を上げる。

「……すまない。役に立たなかった」

「そんな風に言うな」

カウティスが眉を寄せ、彼女の頬を撫でた。




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