魔力干渉に関する講義

翌朝、朝食中に、カウティスがフォークを持ったままぼんやりとしている。

カウティスの正面に座っているラードとマルクは、顔を見合わせた。

今朝は昨日の報告を兼ねて、マルクも朝食に同席している。



「王子、起きてますか?」

マルクに目の前で手を振られ、カウティスは目を瞬いた。

「……すまない。考え事をしていた」

ラードが口をへの字に曲げる。

「昨日のザクバラの戯れ言なら、聞き流して下さい。奴ら、嫡子の王族に恵まれないから、王子が自国の者だって主張したいだけですよ」


ザクバラ国は、王族に事故死や病死が多く、現国王の子は王太子一人しか残っていない。

王太子は長く患って後継は難しく、王太子の娘である、タージュリヤ王女が次期女王に決定している。

セイジェ第三王子は彼女の王配になる予定だ。


ザクバラ国民からすれば、後継になり得る王子が三人もいる隣国は、羨ましい限りなのだろう。

その一人が自国の血を引いているとなれば、その王子は自国の王子だと言いたくなるのも、分からなくはない。

だからこそ、カウティス第二王子を政略婚の相手に指名したのかもしれなかった。


「ああ、そのことじゃない」

カウティスは苦笑するが、その顔はどことなく吹っ切れているようで、ラードは内心驚いた。

カウティスが、ザクバラの血を引いていることを引け目に感じているのは、随分前から知っていた。

昨日は、それを抉られたようなものだったろう。

ショックを受けたように見えたが、一晩で持ち直しているとは。

ラードは一人、小さく笑った。




「……マルク。魔力に干渉するとは、どうやるのだろう」

カウティスがフォークで、付け合せの野菜を突付きながら聞く。

考え事に気を取られてか、食が進まないようだ。

「魔力干渉ですか? うーん、王子には魔術素質がないので……難しいかもしれません」

マルクが申し訳無さそうに言う。

「俺もそう思うんだが。……セルフィーネが……俺は、彼女にだけは干渉出来ると言うから……」

カウティスが目線を逸らし、やや照れ臭そうに言うので、マルクはピンときた。

「ああ! 脱がせる決意をしたんですね!」

笑顔で言ってから、あっ、と手で口を押さえる。


「はああ!?」

ラードが眉を寄せて声を上げるのと、ガタンと勢いよく椅子を倒して、カウティスが立ち上がるのとは同時だった。

「口外禁止だと言っただろう!」

真っ赤な顔をして詰め寄るカウティスに、マルクが怯む。

「待って下さい王子! フォーク! フォークは凶器ですから!」

「何だ、何だ! 詳しく教えろ、マルク!」

「言うな! 絶対言うなよ!」

カウティスの手を押さえたラードが面白がって聞き、カウティスは慌て、マルクは口を押さえて焦る。


建物の外まで聞こえる大騒ぎに、外にいる兵士や作業員達は、顔を見合わせる。

そして上空では、カウティスに共にふざけ合う仲間が出来たことを喜び、セルフィーネが嬉しそうに微笑んでいた。





むっつりと機嫌の悪そうな顔で、カウティスが椅子に座っている。

その後ろで、ラードが可笑しくて仕方ないというように、笑いを堪えた顔で立っている。


結局、説明しないと場が収まらず、浄化の光と関係があるかもしれないというところまでしつこく説明したが、ラードはニヤニヤと笑ったままだ。

「えーと……、魔力干渉の話ですが……」

口を滑らせたマルクは、一つ咳払いをして、冷や汗をかきながら説明を始める。

ご機嫌斜めのカウティスの視線が痛い。


「まず、カウティス王子が水の精霊様に干渉出来るのは確かだと思います」

「魔術素質がなくてもか?」

睨むように目線を向けられて、マルクは汗を拭きながら頷く。

「はい。まずは、魔術士が行う魔力干渉とは、どういうものか説明しますと……」

マルクが、魔術素質のない二人に説明を始める。


魔術士が魔力干渉を行う場合、自分の内包魔力と、干渉する対象の魔力を馴染ませなければならない。

馴染んで魔力が完全に繋がった状態で、魔術を発現することにより干渉出来る。

「王子の身体は、常に水の精霊様の魔力で覆われている状態です。ですから、王子の魔術素質に関係なく、水の精霊様に触れれば、同一の魔力なので繋がります。対象が意志を持つ場合、必ず多少なりとも干渉への反発があるので、それに勝たなければなりませんが、今回は水の精霊様が受け入れておられるので、そこも問題はないでしょう」


ラードは、カウティスの後ろで腕を組んで立っている。

マルクの魔術講義のようなものが始まって、ニヤニヤ笑っていた顔は、次第に眉を寄せた難しい表情に変わった。

カウティスの姿を上から眺めて、水の精霊の魔力の欠片でも見えないものかと目を眇めるが、やっぱり少しも見えない。

見えないものを繋げると言われても、全くピンとこなかった。

カウティスも同様なのか、それともまだ機嫌が悪いのか、眉間のシワは深いままだ。



「問題は、繋がった後ですね。王子は、魔術講義の実技は受けてませんよね?」

「ああ、受けていない」

魔術素質の無い者は、努力しても魔術は使えない。

それで、講義だけを受けて実技は受けない。


マルクは栗毛の頭をポリポリと掻く。

「魔術の基本は想像することなんです」

「想像?」

「はい。自分の魔力を使って、想像した通りの現象を起こす。それが魔術です。例えば……」

マルクがカウティスの側にある机を、金色の指輪をした右手で指す。

机の上には紙が束ねられ、その上に重しの石が置かれてある。


「吹け」

マルクが一言そう言って指を振ると、金の指輪が僅かに光って見えた。

カウティスとラードの前を微風が通り、紙の束がパラパラと捲れる。

「今のが基本です。現象を頭で“想像”し、言葉で“発動”して、現象が“発現”する」


理解が追い付かないという顔のラードの前で、椅子に座って腕を組んでいたカウティスは、一つ頷く。

「講義で理屈は頭に入っていたが、改めて見ると不思議なものだな」

「そうですか?」

幼い頃から魔術に触れてきたマルクには、基本通りに行うのは逆に難しい。

階級が上がると、想像する時間は僅かなものだし、発動する時に言葉も必要なくなる。

最近やっていなかった基本の流れを、上手く披露出来て良かった。



ようやく目付きが普段通りに戻ったカウティスに、マルクは内心胸を撫で下ろしたが、この後のことを説明することを考えると、顔が引き攣りそうだ。

「……話を戻しますが、王子と水の精霊様の魔力を繋げるのは問題ありません。ですから、その後王子がすべきことは……その、“想像”ですね」

「想像……」

カウティスが復唱する。

マルクはできるだけ平常を装って続きを口にする。

「はい。水の精霊様を脱がせる、想像」

ガタンと椅子を鳴らして、カウティスが身体を引いた。

マルクが、王子って可愛い、と思ってしまったくらい、あっという間に耳まで真っ赤になって、カウティスが動揺する。

「俺に、セルフィーネを…………脱がせる想像をしろと?」

「はい……」

申し訳無さそうに、身体を小さくしてマルクが言う。


もの凄く痛そうな顔をして、ラードがカウティスの後ろで呟いた。

「生殺しだな……」

カウティスは、皮手袋を着けた手で真っ赤な顔を覆って俯いた。




「どうするんですか、王子。魔力干渉するつもりですか?」

建物を出て、作業員達のテントへ行く途中、ラードが後ろから聞いた。

いつもより大股で歩いていたカウティスが、ピタリと立ち止まり、近くの木に寄り掛かって額を付ける。

全く王子らしからぬ姿だ。

だいぶ狼狽えているな、とラードは苦笑いする。


「………………する。他の者には、絶対に任せられない」

顔を上げないままのカウティスが言う。


水の精霊の人形ひとがたが見えないからといって、セルフィーネに干渉することを魔術士に任せるなんて有り得ない。

王族の中では、王太子エルノートが魔術素質を持っている。

魔術素質が高くなくても、セルフィーネの人形ひとがたが見える分、魔力を馴染ませやすいかもしれないとマルクが言っていたが、兄にセルフィーネを任せるのは我慢できない。


要するに、セルフィーネに干渉するのは自分でなければ嫌なのだ。


『 他の王族や魔術士に頼むのは嫌だ。カウティスでなくては、イヤ 』


セルフィーネもそう言った。

同じ思いなのに、躊躇う必要があろうか。



木にくっついたままのカウティスを、ラードが腕を組んで眺める。

「触れられない相手は厄介ですねぇ、王子」

カウティスが顔を上げて横目で見れば、ラードが灰色の眉を上げる。

「それでも一緒にいるって、決めたんでしょうが。少々の厄介は受け入れる覚悟をして下さい」

カウティスの目に険が籠もる。

「言われなくても、そんな覚悟はうの昔に出来ている」

セルフィーネは特別な精霊だ。

彼女と共にあれば、人間の平常から離れるのは分かっていることだ。

「じゃあ、一体何を躊躇ってるんです?」

ラードが眉根を寄せる。

カウティスは再び目線を逸らして、木の幹に額を付ける。

「………………止められる自信がない」

「は?」

「セルフィーネの素肌を見たとして、その先は?…………俺は、止まる自信がないぞ」


セルフィーネ好きな女性を前にして、想像しろと言われたのだ。

素肌の背中を見て、干渉するのを即終了出来るものだろうか。

―――そんな自信はない。



木に向かって、深い深い溜め息をつくカウティスに、ラードが目を丸くした。

「……王子、意外にも獣でしたか」



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