棒付きの赤い飴

火の季節の後期月を迎え、ネイクーン王国では一層暑さが増す。

火の精霊が力を増す為、水の精霊は常に俯瞰で国中を見ている。

辺境の水源に、数日間留まる事も度々だった。





午後の休憩の時間。

カウティスは以前、この時間に庭園の泉に日参していたが、最近は数日に一度程度だ。

水の精霊が王城に不在の日が多い上、カウティスの勉学内容も増えた。

予定によっては、午後の休憩をゆっくり取れない日もある。

更に、セイジェが休憩の時間を共にしたがるので、かわいい弟の頼みを聞いて一緒に過ごすことも多い。


ただ、早朝鍛練は毎日欠かさず庭園で行っていた。

水の精霊も泉に佇んで、毎朝カウティスの鍛練の様子を見守る。

辺境に留まっている時でも、カウティスが泉に来ると、魚が跳ねるように水面を一度揺らした。


何の会話がなくても、毎朝のこの四半刻が、二人にとって特別な時間だった。





この日カウティスは、午後の休憩で三日ぶりに庭園の泉に来ていた。

縁に座り、泉の水に足を浸している。


いつもは泉の縁に座り、外側に足を垂らしていたのだが、最近の暑さに弱音を吐いたカウティスを見て、水の精霊が足を浸したら良いのにと言ったのだ。

精霊の泉に足を浸すなんて、と護衛騎士のエルドは顔色を変えていた。

しかし、水の精霊が良いと言うのだから良いのだろう。

エルドにも勧めたが、断固拒否された。

律儀に花壇の端で待機している。



カウティスは、ほっと息をつく。

火の季節の炎天下だというのに、泉の水は冷たくて心地良かった。

今日の休憩のおやつは、棒のついた飴だ。

鮮やかな赤い飴を陽に透かし、キラキラと輝くさまを見て楽しんでから、カウティスはパクリと口にする。

水の精霊は泉の縁の側に座り、隣のカウティスを見つめている。

この暑さの中、彼女一人は涼風の中にいるように、髪を揺らして涼しい顔をしていた。


カウティスが飴を口の中で転がすのを見ながら、水の精霊が言う。

「以前、そなたがここに放り投げた物だな」

「放り投げてない! 事故だ、事故」

カウティスが顔を顰めた。

情けない転び方をした事を、思い出したらしい。

「その菓子は、王城で出される菓子ではなさそうだが」

カウティスが一度口から出して、真っ赤な飴を見る。

口に棒をくわえたまま食すような菓子を、王城で出すわけがない。

しかも、王子が一度口に入れたものを、出したり入れたりして食べていれば、王妃が目眩を起こしそうだ。


「これはセブ爺に貰ったんだ」

「庭師のセブのことか」

カウティスは頷いた。

王城の庭を管理する庭師の中で、最年長のセブは、王城の皆からセブ爺と呼ばれて親しまれている。

顔の下半分が髭で覆われた老年のセブは、長年王城の庭師を務めていて、この泉の庭園もほとんど彼が管理していた。

「セブの手入れが良くて、ここはいつも心地良い」

「セルフィーネがそう言っていたと伝えたら、きっと喜ぶな」

カウティスが嬉しそうに笑う。



カウティスは、庭園を走り回る様になった、2歳頃にセブと知り合った。

髭だらけの顔に、優しげな笑顔を絶やさないセブは、いつも土にまみれて仕事をしていた。

わがままを言って、やらせてもらった土いじりがあんまり楽しくて、カウティスは何度もセブの所に通った。


父方の祖父である前国王は、カウティスが生まれる前に亡くなっており、母方の祖父はザクバラ国に存命しているが、なかなか会うことは出来ない。

いつしかカウティスは、セブの事を祖父のように感じていたのかもしれない。

あの頃程ではないが、今でも時々、庭園の管理棟に顔を見に行く。



「ここに落とした時は、セブ爺が孫にあげるんだとこの飴を持っていて、どうしても欲しくて一本貰ったんだ」

カウティスは照れくさそうに笑う。

「それを覚えていたらしくてな。久し振りに買ったのだと言って、今日も一本分けてくれた」

もしかしたらセブも、カウティスのことを孫のように思っているのかもしれない。


カウティスはもう一度飴を陽に透かす。

キラキラと輝く飴が、赤い光を白い石畳に落とした。

「キレイだな」

カウティスが嬉しそうに見上げている。


「オブリッツ鉱石から採る色素だな」

水の精霊が涼しい声で言った。

「……オブリッツ……何だそれ?」

カウティスが目を瞬いて彼女を見る。

「オブリッツ鉱石。フォグマ山の鉱山から出る鉱石だ。鮮やかな赤い食用色素が採れる」

「そうなのか。初めて知った」

カウティスが、まじまじと手に握った飴を見る。

水の精霊が小さく溜め息をつく。

「自国の主要産物を知らぬとは、勉強不足だな。剣術ばかりに力を注いでいると、頭の軽い王子になってしまうぞ」

カウティスが、頭を叩かれたような顔をして水の精霊を振り返る。

「あ、頭が軽い……」


カウティスは、うぐぐぐ、と唸って顔を赤らめた。

すっくと立つと、棒のついた飴をビシッと水の精霊に突き付ける。

「バカにするな!」

鼻息荒くそう言うと、王子らしからぬ足取りで庭園を出て行く。

護衛騎士のエルドが、大汗をかきながら追い掛けて行った。


ポツンと残された水の精霊は、ゆっくり立ち上がる。

彼女は、カウティスが出て行った花壇の小道を、暫く見つめていた。





それから五日、二人が会うことはなかった。

水の精霊は西部の国境近くで、氾濫を起こしそうな河川を抑え、様子を見るために留まっていた。

六日目に王城に戻ったのは、午後の休憩時間が終わる頃。

この日、カウティスは泉に来なかった。





日の入りの鐘が鳴る。

カウティスは自室にいた。

今日は雲ひとつない空で、月が出るととても明るい。


侍女のユリナに、魔術具のランプに灯りを入れてもらい、カウティスは机に向かった。

机上には、厚い本や束ねられた紙がたくさん積んであった。

いい風が入ってくるので、バルコニーに続く扉は空かしておいてもらう。

心配そうに、ユリナが声を掛けた。

「あまり夜更しなさらないで下さいね」

「分かっている。大丈夫だ、ランプが切れたら寝台に入るから」

カウティスは答えて、ユリナに下がるよう指示を出した。

ランプは一刻程で消えるよう、魔石を調節してある。




時々風が入ってきて、葉擦れの音と共にカウティスの黒髪を揺らす。

厚い本のページをめくろうとした時だった。

カウティスの視界の端で、何が動いた。

「うわっ!」



「カウティス王子、いかがされましたか」

入口がノックされ、部屋の外から夜番の護衛騎士が声を掛ける。

「何でもない! 窓から羽虫が入ってきて驚いただけだ」

カウティスは、あわてて返事をした。


護衛騎士の気配を窺ってから、カウティスはさっき視界の端に入った、サイドテーブルに向き直った。

そこには水差しが置いてあり、横には飲みかけの水が入ったグラスがある。



そしてグラスの水の上に、ぼんやりと小さな小さな人形ひとがたが立っていた。



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