見舞い

王族の居住区。

第三王子の部屋では、寝台でぐずるセイジェに乳母と侍女達が手を焼いていた。


「どうしていつも私だけ!」

「セイジェ様、どうか落ち着いて下さいませ。またお熱が上がってしまいます」

寝台の上で、白い寝間着のセイジェは涙を溜めている。

寝台の側に膝を付いた乳母のソルは、何とかセイジェを宥めようとしていた。

しかしセイジェは、手近にあるクッションを乳母に向かって投げつけた。




風の季節になるとよく熱を出すセイジェは、数日前から微熱続きで、部屋から出して貰えなかった。


年末年始の慌ただしい時期で、祭事に向けて誰もが忙しい。

母のエレイシア王妃は、朝晩の日に二度顔を合わすだけ。

王である父に至っては、三日前に挨拶を交わした程度だ。


実際は、王は毎日公務の終わりに、セイジェの寝顔を見に寄っているのだが、そんなことは彼にとっては意味がなかった。

熱も出て心細く、とにかく寂しいのだ。

ところが、自分は寂しくてたまらないというのに、姉兄達は楽しくお茶会をしたという。

その話を聞いて、セイジェの不満が爆発したのだ。



「ずるい、ずるい! 皆楽しそうに! どうして私だけ、いつも置いてけぼりなのだ!」

セイジェの濃い蜂蜜色の瞳から、涙がポロポロ溢れていく。

「どうか、落ち着いて下さいませ」

「ずるい! いやだ!」

乳母がハンカチを差し出すが、セイジェはより一層暴れてはね退けた。


フレイアが泉の庭園に向かう時、セイジェも誘いに寄ったのだが、セイジェに微熱があったので乳母のソルが断った。

例え熱がなくても、ソルは側妃の子二人が集う場に、セイジェを向かわせるつもりもなかった。

だが、まさか第一王子も参加しているとは思わなかった。



数日後には、セイジェの5歳の誕生日だ。

まだ幼いので小規模ではあるが、昼間に祝いの宴も行われる。

王城の正面広場が一部開放され、バルコニーから、国民に向けて姿を見せるのも、王族の誕生祭の慣例だ。

それまでに何とか体調を回復させたいので、大人しく休んでもらいたいのだが、セイジェは興奮して言うことを聞かなかった。




王妃様に何とかお越し願おう。

そうソルが考えた時だった。

侍女が、カウティス第二王子の訪問を告げた。

大好きな兄の訪問に、セイジェはパッと顔を輝かせる。


「カウティス兄上が?」

「はい。お見舞いにいらしたと。どう致しましょうか?」

セイジェは寝間着の袖でぐいっと顔を拭う。

「会いたい! 通して」

ソルは心の内で眉根を寄せたが、ひとまずセイジェが落ち着いたので胸を撫で下ろす。

手にしていたハンカチで、セイジェの目元を拭い直し、寝間着と寝台を整えた。

見計らって、侍女がカウティスを部屋に招き入れる。



藍色の上下に、金糸の刺繍がされた白いベルトを巻き、同じ意匠の小振りなマントを着けたカウティスが入って来た。

「兄上!」

「セイジェ、具合いはどうだ? 熱は下がったか?」

寝台の側に用意された椅子に座って、カウティスがセイジェの額に手を当てる。

乳母が少し離れた。

この前、泉の前でセイジェを転ばせてから、カウティスはこの乳母がちょっと苦手だ。


「まだ少し熱いな。……どうした、泣いていたか?」

涙の跡に気付いて、カウティスがセイジェの顔を覗き込む。

「な、泣いていません!」

「そうか。どうだ? この衣装」

泣いていた事は内緒にしたいのだろうと、カウティスはすぐに話を替えた。

「御迎祭の衣装ですね。お似合いです、兄上」

セイジェが大きな瞳を輝かせる。


成人前は国の公式行事に参加できないが、年末の月光神への感謝を捧ぐ感謝祭と、年始に行う、太陽神を迎え入れたことを祝う御迎祭だけは参加することになっている。


「そなたの衣装を最終調整したいのに、そなたが寝込んでいては出来ないと、衣装部屋の者達が困っていたぞ。早く良くならねばな」

カウティスが、セイジェの柔らかい髪をくしゃりと撫でる。

「それに、せっかく講義も休みの期間に入ったのに、そなたが寝込んでいては一緒にカードも出来ない」

「一緒にやって下さるのですか?」

最近ではカードゲームも、乳母や侍女としか出来なかった。

カウティスかニコニコしながら頷くので、セイジェは嬉しくてたまらない。

「きちんと休んで、早く元気になろうな」

「はい」

機嫌よく返事をするセイジェに、ソルは安堵した。



カウティスが、控えていた彼の侍女のユリナを呼ぶ。

「この間、オレ……私も熱を出して、その時これが食べやすかったので、持ってきたのだ」

ユリナが、セイジェの侍女にカゴを渡す。


カゴの中には、拳くらいの大きさの、真っ黒な丸いものが数個入っている。

「あれは何ですか?」

セイジェが目をパチパチさせて、覗くように首を伸ばした。

「ヒウーイという果物だよ」

カウティスが一つ手に持って、そっとセイジェの手に乗せる。

セイジェは両手で持ち上げて、よく眺める。

「初めて見ました。どんな味がするのですか? 甘いですか?」

「外は真っ黒だけど、中は綺麗な緑色で、甘酸っぱいんだ。ザクバラ国原産の果物だ」

セイジェは首を傾げる。

「ザクバラ国?」

「そう、隣の国だ。私の母上の故郷なんだ」

「マレリィ様の? 知りませんでした。ねえ、ソル、食べてみたいな」


セイジェは、寝台から少し離れて控えていた乳母に声を掛けた。

ソルは表情なくカウティスを凝視していたが、セイジェの声にビクリと身体を震わせた。

「ソル?」

「はい、セイジェ様。すぐご用意致しますね」

乳母はすぐに笑顔を浮かべ、カゴを持った侍女と部屋を出て行った。





同じ頃、水の精霊は王の執務室にいた。

王の執務机の上には、この部屋用の銀の水盆が置かれてある。

その水盆に、小さな水柱が立っていた。


ゆったりとした革張りの椅子に王が座り、水の精霊と向き合っていた。

王の後ろには宰相マクロンが立ち、水盆を挟んで王の向かい側に、魔術師長のクイードとフレイアが立っている。

カウティスの加護について、王はクイードから報告を受け、水の精霊に話を聞くためにこの場を設けた。



しかし、王に呼び出された水の精霊が、最初に放った言葉は予想外のものだった。





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