寒空の下のお茶会 (後編)
側に控えていた侍女達に向けて、エルノートが下がるように指示を出した。
護衛騎士は、いつもエルドが待機している花壇の脇に控え、侍女達は庭園から出て行った。
人払いをしたエルノートを、フレイアは怪訝そうに見つめる。
「それで、姉上はどのように思われましたか?」
「え?」
エルノートの質問の意図が分からない。
「カウティスの加護を気にして、今日ここに来られたのでしょう」
フレイアは息を呑む。
「貴方、知っていたの……」
カウティスが水の精霊の加護を得ていることを、誰かが気付いているだろうかと懸念していた。
しかし、エルノートが気付いていたとは思わなかった。
「私にも魔術素質があるのですよ。姉上のようには伸びないようですが」
エルノートが笑う。
「カウティスとは、よく体術の指導を共に受けるのです。ですから、度々組み合っていれば自ずと分かります」
風が吹いて、エルノートの金に近い銅色の髪を揺らしていく。
フレイアは、花の模様が付いたティーカップの持ち手を、指でなぞる。
「そうだったのね。……他に気付いている人はいると思う?」
「どうでしょう……。魔術士館の高位者なら、気付くかもしれませんが、今のところカウティスと接点はありませんからね。いないかもしれません」
クイード魔術師長が気付いていなかったのだから、そうなのだろう。
そもそも魔術素質の高い者など、そうそういるものでもない。
「姉上は、カウティスが加護を得ていることを、良く思われないのですか?」
エルノートは泉を見て言った。
泉に水の精霊はもうおらず、中央に細い噴水が小さく上がっているだけだ。
「王族が水の精霊の加護を得るのは、喜ばしいことだと思うわ。でもそれは、カウティスではなく、貴方が得るべきだったと思わない?」
フレイアは形の良い眉を寄せる。
エルノートは不思議そうな顔をした。
「何故です?」
「何故って……。王位継承者の貴方が、国益の加護を得るのが理想的でしょう」
エルノートは薄青の瞳の色を強めた。
「姉上、父上の子四人全員が未成人です。まだ誰が王位継承者であるか決まっておりません」
現在、王位継承順位は第一位がエルノートであると言われているが、成人までは公式発表されないことになっている。
フレイアは、エルノートの瞳に気圧されて口を閉じた。
「だいたい、誰の為に必要な加護です? 国益である水の精霊との契約は、“王族”が
フレイアはエルノートを見つめたまま、言葉が出なかった。
風で乱れた柔らかい髪が、ふわふわとエルノートの頬をくすぐっている。
「私はこの国が好きです。皇国のおかげで、最近では他国との大きな争いもなく、発展しています」
彼は頬をくすぐる髪を手で整え、王子然と微笑む。
「姉上、私は、この国を守り育てるに相応しい者ならば、王になるのは私でなくても良いと思っています。カウティスでも、セイジェでも」
エルノートは言葉を区切って、フレイアを正面から見つめた。
「勿論、姉上でも」
「エルノート……」
「でも、今は、私が一番相応しいと思っています」
フレイアは黒い瞳をパチパチと瞬く。
サラリと言ったエルノートは、微笑みを悪戯っぽい笑顔に変える。
「簡単に譲る気はありませんよ」
「まあ」
フレイアはくすりと笑う。
エルノートが、第一位王位継承者に相応しい王子に成長していることを、頼もしく感じた。
年が明けて、フルブレスカ魔法皇国に留学すれば、執政者に必要なことを、更に貪欲に学んでいくのだろう。
フレイアは、決してこの国の女王になるつもりはない。
それでも、やはりこの国が、この国の人々がとても好きだった。
だからエルノートが、この国を大事に思っている事がとても嬉しい。
一層強い風が吹いて、二人は身を竦めた。
「姉上、そろそろ戻りましょう」
「そうね、すっかり冷えてしまったわ」
赤茶色のショールを掻き寄せて、フレイアが手を上げると、護衛騎士が気付いて侍女達を呼んだ。
「それにしても、カウティスと水の精霊様が、あれほど近しい関係だとは思いませんでした」
侍女と侍従が戻ってきて、エルノートが立ち上がる。
フレイアも、侍女が椅子を引いて立ち上がり、ふうーっと大きな溜め息をつく。
「あの子ったら、思っていたより、ずっとおませさんだったのね」
「初恋でしょうか。微笑ましいですね。しかし精霊様が相手では、カウティスが今後、人間の女性に目を向けられるのか心配になります」
エルノートは、苦笑しながら歩き出す。
フレイアは、曖昧に相づちを打ちながら思った。
果たして、カウティスの一方的な淡い初恋、という話で済むのだろうか。
エルノートは、きっと見ていなかったのだろう。
庭園を出て行くカウティスの、後ろ姿を見ていた水の精霊を。
切ないような、寂しいような、あの紫水晶の瞳を。
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