帰城を祝う宴
王城の大広間で、午後の二の鐘から宴が始まった。
上層の官吏や、王国の主だった貴族が参加している。
始めに王が、フレイア王女の帰城と、共に留学していた子息子女達の帰国を祝う。
そして、新年を迎えればエルノート王子も入学するために、フレイア王女と共に、フルブレスカ魔法皇国に発つ旨が発表された。
大広間は立食形式で、壁際近くに多くのテーブルが並び、様々な料理が並んでいた。
人々はグラスや皿を片手に、優雅に笑い合っている。
赤いドレスに黒髪が映えて、一際目を引くフレイア王女の周りには、挨拶に次々と人が訪れる。
彼女は未成年ではあるが、ネイクーン王国の第一王女に相応しく、華やかで風格があった。
どの招待客ともそつなく会話し、時折少女らしい表情や仕草を見せて、人々を和ませた。
宴が始まってほぼ一刻がたち、そろそろ夕の鐘が鳴ろうかという頃。
フレイアの待っていた人物が、ようやく彼女に挨拶するために現れた。
社交用の華やかな刺繍が胸元に施された、白いローブを纏っている、魔術師長のクイードだ。
肩までの銀色寄りの金髪を、神経質そうに耳に掛けている。
「お久しぶりです、フレイア第一王女。ご健勝のこと何よりです」
「ありがとうございます、クイード先生」
クイード魔術師長は、フレイアとエルノートの魔術講義の先生だ。
彼は薄い唇を歪ませる。
「皇国に学びに行かれた今、私はもう先生ではないでしょう」
「先生はいつまでも先生ですが。……では、クイード魔術師長とお呼びします」
いつまでも“先生”と呼ばれるのが嫌なのか、難しい顔をしたままのクイードを見て、フレイアが苦笑した。
フレイアが侍女からグラスを受け取り、続けてクイードが、近くのテーブルからグラスを取った。
取ったグラスに、曇りの一つも残っていないか眺めながら、クイードは続ける。
「皇国で学ばれて、内包魔力を随分伸ばされましたね」
「はい。皇国の魔術講義は、理論も実技も驚くものばかりです。学び甲斐があります」
そのまま魔術について語り合いながら、スイと人の輪を抜けた。
オードブルが並んだテーブルで、どれも美味しそうねと迷う素振りをしながら、フレイアは脇に避けた。
「昨日、魔術士館に面会依頼を下さったようですね。申し訳ありません、公務で出ておりまして」
クイードは側にいた給仕に、持っていたグラスを渡し、新しいグラスを持ってくるよう指示する。
「何かございましたか?」
周りの人が少なくなったことを確認して、クイードが尋ねた。
「カウティスのことです」
「カウティス第二王子?」
クイードが、怪訝そうにフレイアを見た。
「魔術師長は最近、弟にお会いになりましたか?」
「いいえ? 王子の魔術講義は、魔術士館から他の者が出向いております」
本来なら王族の魔術講義は、魔術師長か魔術師長補佐が行う。
フレイアもエルノートも、講義から実技まで全てクイードが担当だ。
だがクイードは、魔術素質のないカウティスに全く興味がないのだろう。
カウティスの講義は他人任せのようだ。
フレイアは、人差し指で赤い唇の下をなぞる。
「カウティスには、精霊の加護が付いていると思います」
「加護ですって?」
思わず声が大きくなったクイードが、咳ばらいをして声を落とす。
「……水の精霊の加護ですか?」
「ええ、恐らく。小さな加護で、並の魔術士では、カウティスに触れなければ分からないと思いますが」
王族の身体は、許しなく触れてはならない。
今まで誰も気付かなかったとしても、不思議ではなかった。
精霊の加護は、欲しくて得られるものではない。
生まれつき持っているか、或いは、精霊と契約して得るもの。
ネイクーン王国は、フルブレスカ魔法皇国の助力を乞うて、王族が水の精霊の
精霊と契約を交わすことができるのは、フルブレスカ魔法皇国に存在する竜人族、そして、精霊に近い存在と言われるエルフくらいのものだ。
本来人間は、精霊を正しく見ることすらできないのだから。
カウティスは、生まれつき加護を持っていなかった。
それどころか、魔術素質もない。
王族でなければ、水の精霊の声を聞くことすらできなかったはずだ。
加護を得る契約など、出来ようはずがない。
本当にカウティスが加護を得ているのだとしたら、それは精霊が自ら与えたものなのだ。
夕の鐘が鳴り響いた。
鐘の音が鳴り終わるまで、二人は黙っていた。
「陛下に報告はされましたか」
「いいえ、まだ。……魔術師長にお話しして、確認して頂いてからと思いまして」
珍しく歯切れの悪いフレイアの言葉に、クイードは眉を寄せる。
「国益の水の精霊に関する事です。報告しないわけには参りませんよ、王女」
「……分かっています」
給仕が戻って来て、新しいグラスを一つクイードに渡すと、残りをテーブルに並べていく。
クイードはグラスを持ち上げて、曇りが全く無いことを確認してから口を付けた。
「第一王子でなく、第二王子…というところで躊躇っておられるのですか」
フレイアとカウティスは、マレリィ側妃の子。
仮に、王妃の息子である第一王子エルノートが加護を得ていたら、フレイアは迷わず王に報告したのだろう。
フレイアはクイードを見上げた。
クイードは、何処か遠くを見つめるような視線のまま、しばらく黙っていた。
そして低く、長い溜め息をつく。
「……魔術を学べば学ぶ程、神が創造されたこの世界で、如何に人間がちっぽけな存在であるか思い知らされますね」
「先生……」
クイードがフレイアに向き直る。
彼はフレイアに講義していた時のように、神経質な教師の顔で言った。
「既に起こったことは変えられないのですよ、王女。我々ちっぽけな人間に出来ることは、起こってしまったことを如何に最善に導くか考え、動く、それだけです」
楽器の演奏が始まり、大広間の中央でダンスが始まった。
クイードは露骨に顔を顰める。
「……いいでしょう。一度、カウティス王子にお会いしてみます。陛下に報告するのは、その後に」
彼は残りを飲み干し、フレイアに一礼すると広間を出て行った。
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